第6話〈間違い〉

※お祓い済みです。

我々は心霊確認班。


この世には様々な事情が交錯し、パラレルワールドのような事象が巻き起こる。
 ただ一つ言えるのは、我々の世界はたった一つだけということ。


今回はある憑依霊から話があるというのだが?












◎軽はずみな憎悪




  フェリーに乗った事がある人間なら気付くだろうか?


 
広がる豪華絢爛ごうかけんらんな世界。

 見える海景色うみげしき



 
ただ、乗ればいいだけ。


 つまらない日常から楽しい冒険に挑みたくて選んだフェリー。




 しかし!

「久しぶりだな」



 私が搭乗とうじょうしたフェリーは料金をケチったので非常に現実的な旅路を突きつけてくる。



 
内なる世界で肉や魚介類を頬張りながら海景色を眺めようと思ったら独特な男子高校生格闘家に私は憑依ひょういしてしまったのだ。




「あのね!私は友達じゃないのよ?しかも浦泉奈だっけ?あの子に話しかけるような態度が気に入らない」




 私は生前を思い出した。
 正確には死ぬ二年前に別れた男を思い出してね。
 ただ性欲があるだけだが顔が好みで付き合ってみたのだ。



 
明らかに女遊びだけにしか興味がなかった大学生。
 まあそうなるよねえと考えながら自然と別れた。




 
そんな思い出したのに語る程の内容じゃない体験しかないのが辛いくらい、この男子高校生は魅力しかない人間なのだ。




 
だが!

「あんたが楽そうな副業ってことで心霊番組のバイトを同世代の物好きと、何らかの形で友情を結んだのはいい。でも私をさも悪霊であるかのような日本の古き悪しきマスコミの風習を利用するなんて間違っている! 」



 カメラが回っていると指をさすこの男子高校生。




「久しぶりしか言ってないのに不満が多いねえ。こちらとしては前置きが省けるし、留守中に事務所を守りながら映像も撮れる。憑依ひょういされる恩恵があるなんて他の事務所じゃあ発想が無いから、小口こぐちさんの顔も立てられる」




 廃墟でトレーニングなんかしている男子高校生に何故取り憑いてしまったのだろう?
 弁明させてほしいのだが、この男子高校生は独特の壁がある。



 
取り憑いてから日が浅いから分からないこともあるが、近年の格闘家にしてはやたら目立つ事を嫌っている。



 
異性関係も断っており、人目も世間体も気にしていない割に神経質。



 
私はあまり良い霊ではないのに取り憑いてからやたら活発になった。


 この事務所では特に。



 
ヒールキャラ?というよりミステリアスなサメだ。

 乗り間違えてるよ!



 
そもそも肝試しとかではなくて人通りの少ない曰く付きの場所でトレーニングするというそのメンタル的な強さが気に入って取り憑いたのに逆に利用されている。



 
救いなのは高校生という所。


 これが小中学生ならマセてるなんてレベルじゃない。




「そうよ!黒くて長い髪で白い肌。なが〜〜いこと畏怖いふされているあんたら人間共が誰しもが抱くスタンダードな幽霊!逞しくて如何にも近づいちゃいけないタイプのあなたに取り憑いた世の中を恨みに恨んで死んだという設定の幽霊。それが私! 」




 男子高校生は手で止めた。

「そういう本音も他の投稿映像じゃ聞いたことがない。あんた、面白い題材だ」




 もうこの子はクリエイティブをどういうことか履き違えてる。



 
無料で乗れるレフェリーに夢と期待を持つなんて、私は死んだ時に何を学んだのだろう。
 今学んだことといえば生きている人間が怖いという事。



 
ここで取り憑くのをやめて成仏されようと考えたがこの男子高校生は力が強い。



 
健全な精神は健全な肉体に宿るというが、健全過ぎる。
 計算して廃墟に来たわけではないことに若さを感じるが彼から溢れる怖さは私が惚れるには充分な理由だった。




 艶衰阿良又えんすいあらまた。
 フェリーというよりサメに取り憑いた私。



 
ただ、いつまでも見世物として男子高校生に利用されるのはあまりにも悔しすぎる。



 
かといって怨霊おんりょうでも無い上、生きてる人間にも対抗できてしまう彼の前では、私等なすすべも無かった。




◎決断の時




 浦泉奈冨安うらいずなとみやす
 彼はいつの間にか廃墟でトレーニングを艶衰とやり始めた変わり者だ。



 
聞けば親族が有名だとか。


 正直生きている人間へ関心なんて湧かない。


 あの世にいけず、この世を彷徨さまようだけの凡人の幽霊。




 
もう一人の男子高校生がなんらかの事情で寄ってきたに過ぎない。


 しかしこの二人は友人なのかバイト仲間なのかよくわからない。




 艶衰えんすいがサメなら浦泉奈うらいずなはダイオウイカだろう。



 
お互い、いつか敵視するがそれはサイズという意味で同じ海に住む多種族程度の認識だ。

 私は浦泉奈うらいずなに魅力を感じなかった。



 
それはそれで彼に失礼だが近年に適応していてやや古めな抑圧と戦う艶衰と比べると豊かに見えるからだ。



 
それに家庭が普通じゃないのに随分と尖った側面を見せない。


 反動が趣味に出ているが。




「また一人カラオケしてたのか」


 艶衰えんすいは付き合いがいい。


 
浦泉奈うらいずなも格闘家らしいが全くそうは見えない。



 
他のスタッフとよく曰く付きの場へ駆り出されているが無事であるようで、何か霊が取り憑いている様子もない。


 やっぱり平凡じゃないか。




 そう思う他の方は多いでしょう。


 しかし艶衰えんすいといる方がスリルがあって乗り間違えたという明確な私の人選ミスが逆にこの男子高校生なら面白い出来事を運び込むのかもと思ったのだ。




 でなければ、浦泉奈冨安うらいずなとみやすと特に仲良くも無く一緒には過ごさないだろう。




「俺は艶衰えんすいの分まで払ってるんだぜ?霊とばかり話してたら疲れるんじゃないかと思って」




 むしろテレワークだかリモートワークが出来ないボディガードの研究生である艶衰にとって私を求めながら稼げるというこれ以上にないハイテクノロジーは無いのに。



 
浦泉奈うらいずなは新世代でインドア派そうな割にフィールドワークも苦手ではなさそうだから肩書きと共に利用されていそうだ。


 舐められているわけではなさそうだが余裕がありすぎるでしょう。



 
そんな事を思っていたら艶衰が話を変えた。



「歌う前に気になることがある。浦泉奈うらいずなは芸能界とも繋がりがあるよな?
 一緒に霊を撃退したっていう中学生ファイター。俺にも紹介して欲しい」




 そういえば艶衰えんすいも暇を見つけては浦泉奈うらいずなを監視していたっけ。



 
まだまだお互い信用されてないのはなんか高校生っぽくない。



 
いや、スマートフォンを持つ人間なら世代差なんて変わるものなのか?



 
おばちゃん死んでるから分からないや。




「コンプラを守って高校卒業して、目立たず王座戴冠して戦いながら生きるんじゃなかったの?俺と違って、彼はまだ中学生で日本人ファイターとしては素質はあるけれど血筋からストーリーを作らざるを得ないタイプ。霊とかそういう類には勝てるけど、出来ればこの仕事に関わらせたくない」




 浦泉奈うらいずなは倫理観があるってわけね。
 けど艶衰えんすいが見逃すわけはなかった。




「俺は豪華な食事なんてたまに食うだけでいい。自分で払ってるしな。憑依している霊の映像とファイトマネーで暮らしていける。今更私利私欲しりしよくの為に誰かを利用はしない。けど、気にはなる。浦泉奈うらいずな。お前も演出補になりたいのなら、心霊関係にヒューマンドラマ有りと理解した方がいい」




 流石。


 サメ型ファイターならでは。


 私を利用するだけある。

 浦泉奈は歌うことはなく、彼については渡さないと意思を貫き通した。



 
 そこで私も浦泉奈に話してみる。
 彼は私が見えている。
 霊感じゃなくて仕事の慣れで。




「どうも廃墟からの付き合いです。俗に言う幽霊」




 浦泉奈うらいずなは「種族じゃない霊ね」


 と謎の返事をした。




「本物にしろ偽物にしろ私は廃墟で貴方達を見てますから。いや、憑いてますから」



 カラオケボックスで二人は私達を見る。




「俺達がよく知る方の霊か」



 艶衰えんすいはカメラを回していたようだ。



「ちょ、ちょっと!何撮ってたの? 」



 艶衰えんすいはいつも上手うわてだ。



 
悔しいという気持ちばかりが芽生える。




「カラオケボックスなんて定番だからな。この不穏な雰囲気で現れてくれたのは有難い。
けど、今は浦泉奈うらいずなと交渉中だ。仕事は事務所でもいいはず」




 利用されるのはいい気分ではないがドラマ作りまで怠らないとは。


 浦泉奈うらいずなは考えていた。



艶衰えんすいがあの子を利用しないというのなら偵察は許すよ。だが俺達は俺達だ。
俺達のやり方でそれぞれ成果を出す。それでいいだろう?だから引き抜きは無しだ」




 浦泉奈うらいずなは良心的だった。


 それでも彼に憑くつもりはない。


 サメの背鰭せびれは仕舞われた。




◎適応




「もう誰かを利用するのはやめることにした?」



 私は艶衰えんすいが珍しく浦泉奈の言う事を聞いて去ったので質問をしてみた。




「良いスタッフを集められれば俺もボディーガードをしなくて済む。野谷さんは浦泉奈うらいずなのフィールドワーク適正に目を付けている。あいつにはリモートワークよりも、ああやって投稿者と寄り添う事で仕事を円滑に出来る。まあ、その仕事もあいつに回される事はあるだろうが家が裕福だしファイターである以上は自分でやっていくだろう」




 信頼関係はあるんだ。


 私って死んでどれくらい経っただろう。
 別に廃墟で憑依したからって壮絶な過去で死んだわけじゃない。



 
多分病死だ。


 記憶がほぼ無くて事故にもあったわけでもなく、不整脈か何かで死んだのだろう。



 
年齢はいくつだったかなあ。


 四十路よそじ前に死んだような気がする。



「あんたのてのひらを見たら、確実に長生きするよ」




 なんて親戚のおばちゃんに言われて舞い上がっていた子供時代だったが四十路で記憶のない死に方だったのなら、長生きよりもハッピーなのでは?



 
と思った。


 現代社会を見ていると艶衰えんすい浦泉奈うらいずなも満たされることはないが渇いてばかりだ。



 
誰かを馬鹿にすることはないが、艶衰えんすい浦泉奈うらいずなもまだ高校生なのにビジネスライクだ。



 
仲良くして欲しいという意味ではないし、二人共タイプが違うのによく付き合っているというか。



 
多様性の時代は大いに賛成である。
 私は確か結婚の時に子供について対して仲良くもない両親や姉弟にうるさく言われたのが嫌な記憶だ。



 
恨む程ではないが化けて出てやりたい。
 けど今頃、全員鬼籍きせきだろうなあ。


 ポケベルが流行ったぐらいから記憶が無いし。

 艶衰えんすいが会話を避けるように長めの話をしたから私は勝手に振り返っていた。




 艶衰えんすいはきっと強くなりたいのだ。

 力だけではなく、頭もその他も。


 浦泉奈うらいずなは只ならぬ彼の殺気を放っておけなかったのかも知れない。


 BLという物を知人から聞いたことがある。


 私の世代では薔薇族ばらぞく。
  だが恋愛前提で何でも妄想するのはどこかつまらない。




 艶衰えんすい浦泉奈うらいずなは距離を保ってお互いの良さを理解しようとしている。
 つもりではなくて受容だ。



 
 浦泉奈うらいずなは兎も角、艶衰えんすいは孤独を楽しめてしまうから仕事という関係で浦泉奈うらいずなが気を遣っている関係なら割り切れるのだろう。



 
 艶衰えんすいはコンプラを守り、浦泉奈うらいずなは人情を守っているのかもしれない。




 私は恋よりもある程度ギスギスしそうでしない関係がいいと彼等を見て思う。
 私は結婚向いてないな。



 
もう死んでるから別にいいけど。

 私は艶衰に取り憑いているのに私生活は不明だ。



 
私は普段は事務所にいて、彼が来た時のみ憑依している。


 よくは分からないが艶衰の匙加減でどうにでもなるらしい。



 
 おばちゃんの方が歳上なんだけどなあ。


 今時年齢なんて関係ないかあ。



 
と考え方をアップデートしたものの、人権のない扱いをされたのは初めてだからだ。




「やっぱり生きている人間の方が怖いのよ。
艶衰えんすいなんて格闘一筋じゃない?ピリピリしているし、事務所の守る為に隣人と親睦しんぼく深めて護身術ごしんじゅつ教えたり。柄にも無くひったくり犯捕まえたり。戦いたくてしょうがないのよ。
多分、概念とか社会と」




 野谷さんが留守を預かっていて、あの男子高校生達が授業ということもあり話し合っていた。

 野谷さんは平成初期生まれだからか比較的話しやすい上に仕事柄しごとがらかあらゆる面で寛大かんだいだ。



 
小口こぐちさんは霊的な何かを見るとすぐにカメラを構えるので話すのは避けているが。




艶衰えんすい研究生の事をよく見ているのですね」



 まるで恋する乙女じゃないか。


 私は観察者のつもりだったのだが。




「私を被写体にして稼ごうってわけですから。
ロングでもないし、生気は流石に無いけれど怨念を持たない幽霊なんて少年の心を擽るのかも。どうせならしっかり儲けて、私の写真集なんてどうかしら?幽霊なんだし痛いっていう感想はなし。どう?野谷さん? 」




「どうと言われましても」




 引く必要はないでしょう?
 もう死んでるのに。



 
その話を艶衰えんすい浦泉奈うらいずなに持ちかけてみよう。
 艶衰えんすいの方が私よりも謎かつ不可解で不気味なのだが。



 
それを言うと除霊されそうだ。

 一見間違っていることが正しくて、正しいと思うことが間違っている。



 
私は幽霊だからこそしっかり現代社会を勉強しようと思う。

 けど、私は恋愛関係も友情関係も好きなんだけどなあ。



 
浦泉奈うらいずな艶衰えんすいとすれ違って仲違いしないといいけど。
 私はその時に二人を止められる先輩として頑張ろうと思ったのだった。



 


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