04 ブレイクタイム

 放課後、交番に付き合ってもらう必要はなくなったという話を智花にするにあたって、都築のことを話さないわけにはいかなかった。


 駅前のハンバーガーショップでポテトと飲み物だけ注文すると「実は……」と朝と体育の授業で会った青年――都築のことをぼそぼそと話すと、智花はぱあっと顔を輝かせた。


「なんということでしょう。咲綾ちゃんにもついに春が!」

「や、やめてよー、もう」


 ポテトをつまみながら思わず大きくなってしまった声のボリュームを落とす。

 智花は幼い頃から婚約者がいるらしく、恋愛というものに憧れているらしい。私には生涯縁がなさそうだもの、となんでもなさそうに笑う智花を見ていると申し訳ないような心地になる。それでも「だから、咲綾ちゃんには幸せな恋をしてほしいの」と力強く言われた。


「藤堂都築、さん……どこかで聞いたことがあるようなお名前だわ」

「そうなの?」


 うーん、と考え込む智花の前で咲綾は都築のことを思い出していた。

 さらりと柔らかそうな髪と、穏やかな微笑みを浮かべたあの整った顔立ち。頭に思い浮かべただけで胸が高鳴り、頬が熱くなってしまう。

 滲んだ汗を拭おうとバッグからタオルを取り出そうとしたとき、都築から手渡された巾着が指に振れた。何気なく取り出して中身を掌に載せる。


「あれ……?」


 真っ赤な、まるで血のような色だった鈴は、淡いピンク色に変わっていた。つまんで持ち上げてみてもやはり音は鳴らない。


 ――これ、結局何なんだろう。


 首を傾げていると、智花が「思い出した」と呟いた。


「その、藤堂都築さんという方――どうやら、伍菱高校の生徒会長を務めているみたいよ」

「えっ」


 スマートフォンで開いた伍菱高校のWEBサイトを智花が見せてくれた。

 文武両道、とかいかにもな標語が掲げられたページの中段辺りに「生徒会」についての紹介があった。確かに生徒会長の役職のところには藤堂都築という名前と見覚えのある好青年の写真が掲載されていた。

 困ったことがあれば何でも相談してほしいです、とにこやかな笑顔の写真の下には書かれている。


「そうそう、思い出した。伍菱高校の藤堂兄弟、と言えば鷺宮学院でもファンクラブが出来るくらい有名なの」


 ファンクラブ、という言葉にも驚いたが咲綾が引っかかったのは「兄弟」というところだった。智花の指で示された都築の写真の隣には副会長の肩書の人物も掲載されている。そこには――。


『藤堂 榮』


 険しい顔でカメラのレンズを睨んでいる……そんな雰囲気の青年がいた。

 顔立ちこそ都築に似ているが、眼鏡をかけていることや不機嫌そうな顔のせいで印象がかけ離れている。それでも美形であることは間違いない。一見冷たそうで近寄りがたくはあるが、そこが魅力だと感じる女の子は少なくないだろう。


「ふふ、頑張ってね」

「ん、何を?」


 ストローでアイスティーをすすりながら咲綾は首を傾げた。


「藤堂兄弟のお兄さまとお近づきになったわけだから……親衛隊の子たちにバレたらやっかまれそうだもの」

「ちょっと……何なの、親衛隊って。それにわたし、そういうつもりじゃ」


 怖い。そしてなんだか嫌な予感がする。困惑する咲綾をよそに智花は饒舌に語った。


「いわゆる抜け駆け禁止、っていうやつね。藤堂兄弟に必要以上に接近しない、話しかけない、遠くから見守るだけで良しとしましょう、っていう。内向的な鷺宮学院の女の子らしい取り決めではあるけれど」


 つん、と智花は咲綾の手の中の鈴をつついた。


「こっそり贈り物まで貰った、なんて。羨ましがられるわね、きっと」

「智花ぁ……」

「勿論、私は秘密を守るわよ」


 おどけたように肩をすくめた友人を前に、咲綾は息を吐いたのだった。

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