第24話
拓哉は目を覚ました。
どうやら意識を失っていたようだ。
「――ね――し――しね――死ね! 死ね! 死ね!」
周りの音が輪郭を取り戻し、不快な声が聞こえてきた。
ぼんやりとしていた視界も、徐々に鮮明になっていく。
――亜耶香がレイナに蹴られていた。
そうだ……亜耶香を殺そうとするレイナを止めようとして、蹴りを受け、意識を失ったんだった。
現状を理解しようと記憶を掘り返す。
けれど、どうしても分からないこともあった。レイナの両肘から先がなかったのだ。
意識を失っている間に何かあったのか……?
いや、今はそんなことを考えるより、優先すべきことがある。
「……如月さんを、助けないと」
血を流し過ぎたのか、全身がやけにだるい。血の代わりに鉛でも流し込まれた気分だった。
拓哉は両手を地面について、少しずつ体を起こす。
「蹴り殺してやる!」
レイナが叫んでいる。
亜耶香は頭部を両手で守り、地面で丸くなっている。どうやら太ももに酷い怪我をしているみたいだ。反撃しようにも、立てないのかもしれない。
拓哉は手に持っていた刀を支えにして、立ち上がる。レイナは亜耶香ばかりに目を向けていて、拓哉が目覚めたことには気づいていないようだった。
ふと亜耶香たちから目を離して辺りを見ると、遠くで唯菜が仰向けに倒れていた。
一瞬取り乱すが、彼女の胸が規則正しく上下しているのを見て、安堵の息を吐いた。どうやら先ほどまでの拓哉と同じように、意識を失っているだけのようだ。
唯菜のもとへ駆けつけたい気持ちをぐっとこらえて、亜耶香のほうへと歩を進めた。
刀を杖にして、一歩ずつ近づいていく。歩みは亀のように遅い。レイナはまだ気づかない。
このボロボロの体で行って、何ができると言うのか……。
重たい体を引きずるようにして歩きながら、拓哉は思った。
歩みを止めて、地面に寝転がりたい。そのまま目を閉じて休みたい……そんな気持ちが湧き上がってきた。
だけど――、
「痛い? 苦しい? どう、レイナ様の蹴りは! ハハハハハッ!」
亜耶香は今もレイナの攻撃を耐え忍んでいる。
見て見ぬふりをすることなんて、できるはずがなかった。
レイナが拓哉の接近に気づいた。
「――っ! 邪魔するの? クソ虫が! ぶっ殺されたいの?」
亜耶香を蹴っていた足を止めて、レイナが鬼の形相で叫んでくる。話し方も殺伐としていて、別人のようだった。
「生意気な目、しちゃって! 先にお前をぶっ殺してやる!」
レイナは走って目の前にやってくると、拓哉に蹴りを浴びせてきた。
刀を支えにして何とか立っていた拓哉は、あっけなく地面に倒れ、サンドバッグ状態になる。
「ハハハハ! 弱すぎる! とんだ雑魚!」
レイナはしばらくゲラゲラと笑いながら腹や背を蹴っていたが、
「いいこと思いついちゃった」
今度は拓哉の手を蹴り始めた。
「ほら! さっさと放せ! 虫けら!」
拓哉の手は刀を握っていた。どうやらレイナは拓哉から刀を取り上げようとしているようだった。
刀を失えば、レイナを倒す術をなくしてしまう。
拓哉は刀を強く握りしめ、決して刀から手を放さなかった。
「チッ! ほんと生意気」
レイナの蹴りがやんだ。
諦めたのか……。
いや、違った。
「だったら、こっちを使えばいいだけよ」
レイナは離れたところに落ちていた自分の両腕を片足で踏みつけると、反対の足で手の部分をがしがしと蹴り始めた。
両手が握っていた剣が、零れ落ちる。
レイナはかがんで、その剣の柄を口に咥えようとした。
「……仮面が邪魔ね」
レイナは躊躇いもなく、己の顔面に目掛けて膝蹴りを繰り出した。
パリンと音がして、仮面が割れた。
顔には傷一つなかった。的確に仮面だけを破壊したのだ。体捌きに自信がなければできない芸当である。
レイナは今度こそ剣を咥えた。ちょうど刀身が水平になる形だ。
そのまま頭を何度か振った後、満足げな笑みを浮かべた。剣を咥えながら笑う姿は不気味だった。
レイナは剣を咥えたまま、拓哉のところに戻ってくると、横向きに倒れていた拓哉の足首に剣を突き刺した。
「――ぐっ!」
「――ぷはっ。これなら今のレイナでもいけそうね」
柄から口を放したレイナが、ニタリと笑う。
それからレイナは、柄を咥えて拓哉の体から剣を引っこ抜き、別の部位に刺すことを繰り返した。痛めつけるのを楽しんでいるのか、わざと急所は外しているようだった。
「――飽きてきちゃった」
しばらくして、レイナはそう言った。
「次で最後にしよ」
レイナは剣を咥えると、体と顔を今までよりも大きく反らした。剣を刺すのではなく、振るう構えである。
顔を反らしている方向を見るに、狙いは拓哉の首のようだ。斬り落とすつもりなのだろう。
拓哉は回避行動をとろうとするが、思うように手足に力が入らない。
レイナが一段と体を反らし、剣が振るわれる。
ここまでか……。
拓哉が死を覚悟したとき、バッと音がして頭上に何かが覆いかぶさってきた。
続いて、「うっ」という痛みを押し殺すような声が聞こえた。
ああ……そんな……。
拓哉の首を守るように覆いかぶさっていたのは、唯菜だった。
レイナの剣は拓哉の首ではなく、唯菜の背中を斬り裂いたのだ。
「……お兄ちゃん、大丈夫……?」
痛みをこらえながらも健気に笑う唯菜の顔が目の前にあった。
レイナの攻撃は続いているようだった。先ほどから剣が肉を斬り裂く音がひっきりなしに聞こえているし、時折べちゃっと拓哉の視界に赤い血に濡れた小さな肉片が落ちてくる。
唯菜は背中を何度も斬られているのだ。
とんでもない激痛のはずだ。
にもかかわらず、目の前の唯菜は笑みを崩さない。
「……よかったぁ……お兄ちゃんが生きてて……。目が覚めたとき……ボロボロのお兄ちゃんが見えて……死んじゃったんじゃないかって……。ほんとに……ほんとによかった……」
「あ、あ……」
拓哉は何も言えなかった。
「わがままな妹……だったでしょ。……ごめんね。いっぱい迷惑かけて……。あたし……どうしてもお兄ちゃんに……あたしのことを……見てほしかったの……。だってあたしは……お兄ちゃんのことが……」
唯菜の体が、ふっと魂が抜けたように、横に倒れていく。
どさっと音がして、砂埃が舞った。
「…………ゆ、唯菜……?」
声をかけるが、反応はなかった。唯菜は瞼を閉じ、穏やかな顔を浮かべているだけである。
「あ、あ、――あぁあああああああ!」
悲しみ、怒り、絶望――あらゆる感情が体の中でごちゃまぜに混ざりあって、それらがマグマのごとく噴き上がってきて、喉の奥からほとばしる。
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