第21話――亜耶香side――

 亜耶香は、拓哉と唯菜がレイナの蹴りで瞬く間にやられるのを見て、戦慄した。死神との戦いではあれほどすごい戦いを見せた二人が、容易に返り討ちにされたのだ。

「ねえ~。どんな風に~遊ぼっか~」

 レイナがにやにやと下卑た笑いを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。

 亜耶香は恐怖で後ずさり、そのまま逃げ出したい衝動に駆られた。

 だけど、逃げるわけにはいかない。

 亜耶香は必死に恐怖を押し殺し、足で地を踏みしめる。

 さっき誓ったのだ――大切なものは、自分の力で守ってみせると。

「ふ~ん。逃げないんだ~。あたしの力を見て逃げない鬼は~君が初めてかも~。ちょっと生意気~」

 剣先で地面をカツカツと軽く叩きながら、レイナが言う。

「一思いに~殺してあげようと思ってたけど~やっぱやーめた。とっておきの~ネタもあるし~、ぼろぼろになるまで~痛めつけてあげる~」

 死神が先ほど言っていた。鬼狩りもあくまで人間。鬼の攻撃をまともに食らったら、無事では済まないと。

 であれば、亜耶香にもチャンスはあるってことだ。さっきみたいに相手の動きをよく見て、掌底や蹴りを命中させることができれば――。

「いくよ~」

 レイナは瞬時に距離を詰めてきた。途轍もない移動速度だが、ぎりぎり目で追える。

 勝てない相手じゃない!

 亜耶香は自らを鼓舞して、レイナと対峙する。

 レイナの攻撃は、歪だった――そう、歪という言葉が正しいだろう。

 動きは変則的で、先が読めない。猫のように身軽な体捌きでパンチやキックを繰り出してきたかと思えば、次の瞬間には一流の剣士と見紛う洗練された型で剣を振るってくる。

 レイナの隙を探ろうにも、攻撃のバリエーションが多すぎて、それが隙なのかどうか判断できない。

 レイナの猛攻は続き、亜耶香はついに片膝をついた。

「はい、どーん」

「――がはっ!」

 がら空きの胴に拳を叩き込まれる。

 強烈な痛みが腹部を襲い、亜耶香は両膝をつく。地面に蹲り、腹を抱えた。

 稽古の時に攻撃を受けたことは何度もあったが、これほど激しい痛みは初めてだった。それほどレイナの攻撃が強力なのだろう。

「もう終わり~?」

 頭上から声が降ってくる。

 亜耶香は痛みをこらえながら顔を上げる。

「いい顔~」

 レイナはニタニタと笑っている。

「どう~? 今の気持ちは~?」

「……」

{あれ~? 無視~? 悪い子には~お仕置きが必要だよね~」

 レイナは剣を逆手に持ち替えると、全く躊躇いを見せることなく、亜耶香の左の太ももに突き刺した。

「――うっ!」

 痛みで声が漏れる。傷口から赤い血が出て、太ももを伝う。

「いいよ~。もっと声出して~。いい声聞かせてよ~」

 ――痛い! 痛い! 痛い!

 刺したままで剣を回されると、半端じゃなく痛かった。ピンク色の肉がぐちょぐちょと嫌な音を立てて、真っ赤な血が噴き出している。

 悲鳴を上げて、地面をのたうち回りたいくらい痛かった。

 だけど――、

「ちょっと~どうしちゃったの~? 急にだんまりしちゃって~。もっといい声聞かせてよ~」

 亜耶香は歯を食いしばって、悲鳴を上げないようにする。

 悲鳴はレイナを喜ばせるだけだ。

「え~。つまんない~」

 レイナは剣をぐりぐりと回して肉を抉りながら、頬を膨らませる。

「はぁ~。こうなったら仕方ないね~。とっておきのネタを~披露しちゃお~」

 とっておきのネタ――レイナはさっきも同じことを言っていた。

「それはね~この剣についてだよ~。〈銀ちゃん〉起きて~」

 大鎌のときと同じように、剣に口が現れる。本物の人の口みたいで、気持ち悪い。

「……なんだい、お嬢。人が気持ちよく寝てたってのに」

「ごめんね~。もう一度聞いておきたくて~。そこにいる女の子なんだけど~」

 口がもぞりとかすかに動いた。亜耶香のほうを見たのだろう。亜耶香はぞっとした。

「……ああ。彼女が娘だったって話かい」

 ……娘?

 何だか嫌な予感がしたけれど、話の内容が気になって、耳を傾けてしまう。

「そうそう~。〈銀ちゃん〉が~あの子の母親から作られたって話~」

 どうして母が出てくるのか。それに、作られた、とは一体……。

 レイナは亜耶香のほうを見て、首を傾げる。

「あれれ~。もしかして~知らないのかな~。だったら教えてあげるね~」

 レイナは語った。

 鬼狩りの武器には、すりつぶされた鬼の死体が混ぜられていると。そうすることで、武器が強くなるのだと。

 そして――、

 今レイナが手にしている剣には、亜耶香の母の死体が使われている、と。

「……そん、な……」

「いいよいいよ~。その絶望した顔~。レイナだーい好き。それが見たかったの~」

 ニタニタと笑うレイナの顔や、その声が、やけに遠くに感じた。

 母は十中八九死んでいるだろうと、覚悟はしていた。

 それでも、やっぱりショックだった。

 それに……。

 亜耶香はレイナの持っている剣に目を向ける。

「……お母、さん……」

 剣には……母が……。

 ということは、あの口は……ひょっとして……。

「ざ~んねん」レイナの笑みが深くなる。「この口も人格も~、ぜーんぶお母さんとは関係ないよ~。武器を作る人たちが~実験で確かめたんだって~。ねー、銀ちゃん?」

「ああ。あの子が娘だっていう記憶は、確かにオレの中にある。だけど、それだけだ。言うなら、他人の記憶を覗き見してるって感じだな。あくまでもオレはオレだ」

「ありがと~銀ちゃん。もう眠っていいよ~」

「ああ」

 口が消えた。

 レイナが亜耶香のほうを見る。

「どう~? 今どんな気分~?」

「……」

「ねえ~。絶望した顔は~見飽きたんだけど~。何か喋ってよ~」

 母の死体がぐちゃぐちゃに潰されるところを想像した。気持ち悪くなった。

「うわ~! 吐いちゃったの~。汚いな~」

 亜耶香の太ももに刺していた剣を、レイナが慌てて引っこ抜く。

「ちょっと~汚れたじゃ~ん。どうしてくれるの~」

 レイナが剣を横に振るって、ついたゲロを払い落そうとしている。

 左の太ももに目を落とすと、酷い有様だった。

 だけど怪我は割と早く治るほうだから、一週間もあれば元通りになるかな……。

「ぼーっとしてないで~何か言いなさいよ~」

 あ、だけど稽古はお休みしないといけないかも。怒られるかな……。

 そしたら、練習後のアイスもお預けかな……。ちょっと……かなり残念……。

「はぁ~。もう面倒になっちゃった~」

 花火……綺麗だったなぁ。特に線香花火。ちっちゃくて、パチパチ光って、可愛かった。

 また、できたらいいな……。

「ばいば~い」

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