第20話

 何だ、あいつは……。

 拓哉は突然現れた女に目を向けた。顔の右半分だけを覆う仮面を身に着けている。胸や腰に赤く輝くプレートを身に着け、黒のマントを羽織っていた。へそや太ももなどが露になっていて、まるで下着にマントを羽織っただけの格好のようにも見える。

 女は不気味な笑みを浮かべたかと思うと、マントの内側から細身の片手剣を抜いた。

 そして、倒れていた男の左脚に突き刺した。

「――ぐっ!」

 男が苦悶の声を上げる。

「ちゃんと~鬼は始末しないと~」

 女は、刺した剣をぐりぐりと回して、男の左脚の肉を抉っている。

「――ぐっ! がっ!」

「特級だった頃の先輩は~もっと歯ごたえがありましたよ~」

 特級……。

 美絵から聞いた覚えがある。超エリートの鬼狩りで、全国を飛び回って鬼を退治している。そして――仮面を着けている、と。

 まさか、あの女は特級? それに、男も元は特級だった?

 まるで拓哉の内心を読んだみたいに、女はぐるりと拓哉たちのほうへ顔だけ向けると、

「せんぱいは~レイナに負けて~特級じゃなくなったんだよ~」

 仮面に覆われていない顔の左半分が、にやりと笑みの形をとる。ぞっとするような笑いだった。

 彼女の名前はレイナと言うらしい。

「……どうして、お前がここに……」

 男が痛みを滲ませた声音でレイナに尋ねた。

「そんなの~決まってるじゃないですか~。せんぱいの後を~つけてたんです~。最近~せんぱいの様子がおかしいから~監視してくれって頼まれて~」

「……別に私は何も――」

「はい、嘘~」

 レイナはそう言って、剣を男の左脚から引き抜くと、反対の右脚に突き刺した。

「――がっ!」

「嘘は~いけませんよ~。証拠は~あがってるんですから~」

「……」

「あれ~都合が悪くなったら~だんまりですか~? レイナ~怒っちゃいますよ~」

 レイナは頬を膨らませる。

「まあ~レイナは優しいから~、今のはノーカンで~許してあげます~」

 そう言いながらも、レイナは剣を握った手をぐりぐりと回している。

 レイナはふと手を止めると、拓哉たちのほうに顔を向けた。

「そうだ~。君たちにも~教えてあげたほうがいいよね~。せんぱいが~どんな悪いことをしたのか~。君たちも~立派な関係者だし~」

 関係者? どういう意味だ。

「君たちの~親の死体についてだよ~。なんとせんぱいはね~死体を勝手に燃やしちゃったんだ~。許されないよね~。大切な材料を~処分しちゃうなんて~」

「……鬼の死体を持ち帰るのは、義務ではない。あくまでも、持ち帰れと言われているだけだ」

 鬼狩りの武器は、鬼の体を潰して、鋼などに混ぜ合わせて作られる。

 鬼狩りたちは、殺した鬼の死体を可能な限り回収するように言われているのだろう。

 にもかかわらず、男は母の死体を燃やして処分してしまったと言う。

 一体なぜそんなことを?

 父の死体は、母の死体と一緒に、ついでに持ち去って燃やしたのだろうが……。

「あれ~? レイナに口答えですか~? もう一本、お注射したほうがよさそうですね~。しかも特別痛いやつ~」

 レイナは男の右脚から剣を抜くと、股に勢いよく突き刺した。

 男が断末魔の叫びを上げた。

「どうですか~レイナのお注射~? 気持ちいいでしょ~」

 レイナは笑いながら剣を回して、男の股にあるものを抉っている。

 この女は狂っている、と拓哉は思った。

「情けないせんぱいの相手をするのも~疲れちゃいました~。そろそろ鬼~殺しちゃお~」

 レイナは男の股から剣を乱暴に引っこ抜く。男の体が小魚のようにぴくりと小さく跳ねた。

「鬼は~どの子かな~?」

 レイナは舌なめずりをしながら、拓哉たちにねっとりとした視線を送ってくる。

「みーつけた」

 レイナは亜耶香のところで目を留めて、にやにやと笑みを深めた。

 嫌な予感がした。レイナを亜耶香に近づけるべきじゃない。

「唯菜!」

 それだけで言いたいことが伝わったのか、唯菜が頷く。

 拓哉と唯菜は抜刀し、地面を蹴った。レイナへと接近する。

 レイナはその場から動かない。剣を持つ手もだらんと下げたままだ。隙だらけである。

 不審に思ったが、チャンスであることも確かだった。

「はあぁあああ!」

「やあぁあああ!」

 拓哉と唯菜の鋭い刃が、レイナを左右から斬り刻む――はずだった。

「君たちに~用はないの~」

 レイナの動きが見えなかった。

 気づけば、拓哉たちの刀は空を切っていた。

 そして、地面すれすれから見上げてくるレイナの嘲り顔――。

 腹に衝撃があった。

 遅まきながら、レイナに蹴られたのだと分かった。向かいでは唯菜の腹にも蹴りが入っている。レイナはカポエイラみたく体を上下逆さまにしながら刀を躱し、両脚を広げて蹴りを繰り出したのだ。

「――ぐっ!」

 ものすごい威力の蹴りだった。

 車に跳ねられたと錯覚するほどで、拓哉はあっけなく宙を舞い、地面に体を打ちつけた。

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