第17話
ついに日曜日がやってきた。
「お、来たかい」
拓哉たち三人は、美絵の工房を訪ねた。できあがった刀を受け取るためである。
「ほらよ。拓哉君がこっち、妹ちゃんがこっちだね」
鞘に収まった二振りの刀が、拓哉と唯菜にそれぞれ差し出された。
「抜いてみな」
柄に手を添えて、抜刀する。
「これは……」
「イカしてるだろ?」
手に持った刀は、刀身が黒かった。夜空を映したような漆黒――。
唯菜のほうを見れば、彼女の刀は白く輝いていた。
「試し斬りなら、あれを使いな」
工房の奥に巻き藁が立っていた。
拓哉と唯菜は交互に刀を振るった。
「……いい」
「すごい! めちゃくちゃ斬れる!」
申し分のない切れ味だった。あとは頑丈さだが――。
「その点も心配無用さ。あたいが全身全霊で打った刀だからね。強度もかなりのもんだ。鬼狩りのくそったれな武器に負けるはずがない」
美絵は自信満々だったが、果たして本当に大丈夫なのか……?
「疑ってるって顔だね。――いいさ。この際、教えといてやろう」
美絵は続けて、衝撃の告白をした。
「あたいは昔、鬼狩りの武器を作ってたんだ」
「……冗談ですよね?」
「冗談? これが冗談を言ってる顔に見えるかい?」
「……いえ、正直、顔を見ただけじゃ何とも……」
美絵と会うのは、まだ二度目。彼女が冗談を言っているか判別できるほど、彼女のことに詳しくない。
「ハッハッハ! そういうときは目を見るんだ。目は口ほどにものを言うってね。それにしても拓哉君はからかい甲斐があって可愛いねぇ。あたいの助手として働くかい?」
「いえ、それは……」
「ハッハッハ! これこそが冗談ってね」
美絵はひとしきり楽しそうに笑った。
「むぅ。お兄ちゃんをからかっていいのは、あたしだけなのに……」
……空耳だろう。
美絵は遠い目をして言う。
「あたいが鬼狩りの武器を作ってたってのは本当さ。もう六年も前の話になるけどね。拓哉君たちが戦ったって言う大鎌――実際に見てないから断言はできないけど、多分あたいが作った武器さ。昔は刀以外も色々と作ってたからね」
美絵は一瞬なぜか辛そうな顔をした。
だけど、次の瞬間には明るい口調で、
「作製者のあたいが保証してやる。二人の刀――〈黒ちゃん〉と〈白ちゃん〉なら、間違いなく鬼狩りの武器と互角に戦える。もちろん、君たちが強ければ、の話だけどね」
美絵は最後の言葉を茶化す風に言った。
いや、それにしても……、
「黒ちゃん、白ちゃん、ですか?」
「そう。拓哉君の黒い刀が黒ちゃん。妹ちゃんの白い刀が白ちゃん――気に入った?」
冗談ですよね、と訊こうとしてやめた。
マジだ。この人マジで言ってる……。
拓哉は美絵の目を見て、そのことを悟った。
「……刀、ありがとうございました」
今の拓哉に言えるのは、それだけだった。
「いいってことだよ。んじゃ、鬼狩りとの戦い、楽しんできてね~」
まるで子どもを遠足に送り出すような軽い口調だった。
手を振る美絵に見送られ、工房を出ようとしたところで、
「あ、そうだ。拓哉君、ちょっといいかい?」
美絵が拓哉を呼び止めた。
美絵が一対一で話したそうにしていたので、唯菜と亜耶香には外で待ってもらうことにした。
「――悪いね。呼び止めちゃって」
二人きりになった工房で、拓哉は美絵と向かい合う。
「君には話しておこうと思ってさ。鬼狩りの武器の秘密」
先ほどまでの明るい様子とは打って変わって、美絵の声には悲壮感が漂っていた。
「……どうして俺だけに?」
「鬼である亜ーちゃんには、とてもじゃないけど聞かせられる話じゃないし、君の可愛い妹ちゃんに話すような内容でもないと思ったからね。……結構酷い話で、特に女の子は苦手だろうから」
「美絵さんは大丈夫なんですか?」
「え、あたい?」
美絵はきょとんとしている。
「美絵さんも女の子ですよね。話すのも辛いんじゃないかって」
拓哉の話を聞いた美絵は、ぶっと噴き出して笑うと、
「あたいは今年で二十三だよ。年上の女性に向かって『女の子』って……」
美絵はくすくすと笑っている。
「あ、すみません。失礼でしたか」
「いやいや、いいのいいの――そうかぁ、女の子かぁ。そんなこと言われたの、久しぶりかも」
美絵は目尻に涙を浮かべて、まだ笑っている。
「君は面白いね。話してると、なんだか胸の内が自然とぽかぽかしてくる感じ」
そんなことを言われたのは初めてだった。
拓哉としては、唯菜を除いて、周りには冷たく接しているつもりだった。
「お姉さん、君のこと、気に入っちゃった」
美絵がぐっと顔を寄せてくる。
香水か何かをつけているのか、美絵から甘い香りが漂ってくる。
美絵は拓哉の胸に人差し指を当てて、ゆっくりとその指を下げていき――、
「なーんてな。冗談だよ冗談。本気だと思ったかい?」
美絵はひょいと後ろに下がると、にやりと笑った。
「君は本当にからかい甲斐があるねぇ。高校一年生のひよっこが、あたいの心配なんざ百年早いっつうの」
美絵はそう言って、楽しそうに笑った。
からかうのは勘弁してほしい……。
「じゃあ、パパっと話しちゃうよ」
美絵は両手をパンと叩く。
「鬼狩りの武器が何で出来ているのかって話だ。ちなみに君は分かるかい? 鬼狩りの武器が何で出来ているのか」
「何って……鋼とかですよね?」
「いやいや、そういうことが聞きたいんじゃないって。ま、あたいの質問の仕方も悪かったか。じゃあ言っちゃうよ。鬼狩りの武器はね――鬼で出来てるんだ」
「…………いや、まさかそんな……」
拓哉は、嫌な想像が当たっていないことを願った。
けれど、現実は残酷だった。
「鬼の死体をぐちゃぐちゃに潰して、それを武器の原料である鋼などに混ざ合わせる。そうすると、刀や大鎌、他にも色々な武器が硬く鋭く出来上がる。硬く丈夫な鬼の皮膚も貫ける、強い武器の出来上がりってわけだ」
鬼を……潰して……。
拓哉は、込み上げてくる吐き気をこらえながら訊いた。
「……武器が喋るのは……あれは、何なんですか」
「ああ。あれは副産物みたいなものだ。鬼の頑丈な体を混ぜたら、頑丈な武器が出来上がる――これは当時の製作者が予想していた通りの結果だった。だけど、まさか武器が喋りだすとは思っていなかったらしい。まあ、誰も想像できないよな。武器が突然喋るなんて。しかも、生きてる頃の鬼とはまるで別人だっていうんだから……。製作者たちの間では〈鬼の呪い〉なんて呼ばれてたが……今思えば、ほんと虫唾が走る呼び方だ」
美絵は眉をひそめ、吐き捨てるようにそう言った。
「話は以上だ。こんな話、とてもじゃないが、あの二人には聞かせられないだろう。特に鬼である亜―ちゃんには」
「……この話を俺にしたのは、鬼狩りの武器を破壊しないでほしいと頼みたかったからですか? 奴の武器は鬼で出来ていて、壊すのは鬼を殺すようなものだから」
拓哉の問いかけに、美絵は寂しげな微笑を浮かべて、
「いや、そんな殊勝な理由じゃないさ。武器が喋るとは言っても、生きてる頃の鬼の人格とはまるで別物だからね。あたいはただ、自分勝手に話をしただけ。……誰かに話を聞いてもらいたかったんだろうね、多分。多分ってのは変か。自分のことなのに。でもまあ、あたいもよく分からないんだ。あるときから、鬼狩りの武器を作ろうとすると手が震えるようになってね。武器をまともに作れなくなったわけ。それでお払い箱ってわけさ。それこそが〈鬼の呪い〉……なんて言ったら不謹慎か」
美絵は肩をすくめる。
「幸いと言っていいのか、鬼狩りの武器以外なら何ともなかったからね。今はこうしてアパートの大家をしながら生活費を稼いで、趣味で好きな刀を打ってるってわけ」
「……手が震えるようになったのは、鬼の死体を潰して鬼狩りの武器を作ることに、罪悪感を覚えていたからじゃないんですか?」
「罪悪感か……。あたいもそうじゃないかって考えた時期はあったんだ。お払い箱にされてから、考える時間はいくらでもあったからね。だけど、あれは罪悪感のせいじゃなかったって、今では思ってる。亜ーちゃんに出会って、それが分かったんだ」
どうしてそこで亜耶香の名前が出てくるのかピンとこなかった。
「あたいと亜ーちゃんの出会いがどんなだったか、話は聞いてるかい?」
「少しだけ。意識を失ってる如月さんを美絵さんが偶然発見したと」
「亜ーちゃんと出会ったのは、あたいが鬼狩りの武器製作から離れて一年が経った頃だった。アパートの経営も軌道に乗り始めて、この工房を自作しようと思い立ち、木材を求めて山を歩いていた。そんなとき、一人の女の子が倒れてるのを見つけたんだ。小学校低学年くらいのね。鬼の死体を潰して武器を作っていたくらいだから、あたいは鬼の見た目を知っていた。額の角を見ても驚きはなかった」
美絵は一度瞼を閉じた。
ゆっくりと目を開けて、話を再開した。
「その頃のあたいは、さっき言った罪悪感が原因で、鬼狩りの武器を作れなくなったんじゃないかって考えてた。だから、その子で実験してみることにした」
「実験?」
「そ。鬼である彼女を助けて、居場所がないって言う彼女に住む場所も与えて――そうやって彼女のために色々としてあげて、手が震えなくなるかどうか――それが実験。もし鬼の死体を使って武器を作っていたことへの罪悪感が原因なら、鬼を助けることで罪悪感が薄れて、手も震えなくなるんじゃないかってね。いわゆる贖罪したら救われるのかって話だ」
贖罪……。
死んだ両親への贖罪を考えている拓哉に、その言葉は響いた。
「贖罪は……実を結ばなかったんですよね?」
「ああ。そうだな。いくら亜―ちゃんに優しくしても、あたいの症状は一向に治らなかった」
美絵は工房にあった机の引き出しから、一振りの短剣を取り出した。
「原料に鬼が使われてる。ほら、持つと未だに手が震えるんだ……笑えるだろ」
美絵は悲しげに笑った。
短剣を引き出しにしまい、彼女は話を続けた。
「それであたいは結論付けたんだ。罪悪感で手が震えるようになったわけじゃなかったって。まあ、実験と呼ぶにはあまりにお粗末なやり方だったけどね」
話を聞いていて気になったことを尋ねる。
「実験は終わったんですよね。それでも如月さんをアパートに住まわせているのはどうしてなんですか? この前も如月さんのために俺に敵意を向けていたし……俺には美絵さんが今も如月さんのために行動しているように見えました」
「ハッハッハ!」
美絵は嬉しそうに笑う。
「決まってるだろう。あたいが亜―ちゃんを気に入っちまったからさ。始めは単なる贖罪のつもりだったのにね」
「贖罪が、別の意味に変わったと」
「ああ、そうとも言えるかもね。――なんだい、何か罪滅ぼししたいことでもあるのかい?」
「ええ、まあ……」
「あんまり気負いすぎるのはよくないよ。あたいに言えることがあるとすれば、罪を感じながら生きることは、別に人生にとってマイナスにはならないってことだ」
「……マイナスに、ならない?」
拓哉は驚いた。罪悪感を持つことに対して、マイナスの感情ばかり持っていたからだ。
だけど、それは違うと言う。
「罪悪感を抱いていたら、もう二度と同じ過ちを繰り返そうとは思わないだろう? この前、国のほうから、鬼狩りの武器製作に戻ってこないかって誘いがあったんだ。人手が足りてないらしい。手が震えてまともに仕事もできなかったあたいに連絡してくるくらいだ。藁にも縋る思いだったんだろう」
「どうしたんですか?」
「即断ったね。……あたいが罪の意識を感じるような人間じゃなかったら、誘いを受けていたかもしれない。国直轄の組織ってこともあって、待遇はかなりいいからね。でも、あたいはそうならなくてよかったと思ってる。また働いてたら、今度は手が震えるどころじゃ済まなくなっていただろうさ。――あたいは罪悪感に救われたんだ」
罪悪感に、救われた……。
「それに、今みたいに亜―ちゃんと仲良くなれたのも、罪悪感のおかげだし。罪悪感がなかったら、亜―ちゃんをアパートに住ませることもなかったから。――だから悪くないよ、罪悪感を持って生きるのは。それで悲観的になる必要はない。年上らしくカッコよく話をまとめるなら、そういうことになるな」
美絵は、ハッハッハと笑った。
拓哉のためを思って話してくれたことが伝わってきた。
「ありがとうございます。気持ちが楽になりました」
「なに、礼はまた、黒ちゃんの使い心地と一緒に聞かせてくれたらいいさ」
美絵は、鬼狩りとの戦いから生きて帰ってこい、と暗に言っているのだ。
拓哉は頭を下げてから、工房を後にした。
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