第16話

 コンビニに戻ると、唯菜と亜耶香が店の前で待っていた。

「お兄ちゃん!」

 拓哉に気づいた唯菜が駆け寄ってくる。

「心配したんだから! どこ行ってたの? 急にいなくなっちゃうんだもん」

「悪い。鬼狩り――あの男に会ってた」

「……え? ええ!? ど、どういうこと!? あいつがいたの!?」

「詳しい話は歩きながらにしよう」

 拓哉は唯菜と亜耶香とともに、帰路に就いた。

 道中で、男と話した内容について語った。

 唯菜の生存を保証してほしいと話したことだけは伏せた。唯菜の実力を疑うような発言に、唯菜が気分を悪くすると思ったからである。

「え!? お兄ちゃん、亜耶香が鬼だって話しちゃったの!?」

「如月さんに許可もとらずに話したのは悪かったと思ってる。――如月さん、ごめん」

 拓哉は頭を下げた。

「い、いえ! 拓哉さんのことだがら、何か理由があったんですよね?」

「ああ。如月さん、言ってただろ。いずれ男と戦うつもりだって。つまり遅かれ早かれ、如月さんが鬼だという情報は、男の手に渡るわけだ。であれば、如月さんが鬼であるという情報をできるだけ有効活用したかったんだ」

「有効活用……?」唯菜が小首を傾げる。「討伐を次の日曜日以降に――ってやつ? だけど、なんで?」

「次の日曜日には何がある?」

「何って……何だろ?」

「……刀だ。美絵さんのところに取りに行く約束だろ」

「あ! そういえば!」

 どうやら唯菜はすっかり忘れていたらしい。

「その刀で、あいつをやっつけるってことだね?」

 唯菜がシュッ、シュッと刀を振るう真似をする。

「ああ。刀が準備できる日まで待ってもらおうってわけだ。勝率はできるだけ上げておきたいからな」

 男には、亜耶香との別れの時間がほしい、などと言ったが、もちろん嘘である。

 みすみすと亜耶香を殺させるつもりはない。

「で、でも、それだったら、一か月後とか、もっと後にしたほうがよかったんじゃ……」

 亜耶香が自信なさげに言う。

「如月さんの言いたいことも分かる。もっと稽古をして強くなってからのほうが、男に勝てる可能性が上がるって言いたいんだろ?」

「は、はい」

 亜耶香の疑念を払拭できるよう、拓哉は力強く答えた。

「男が一か月も待ってくれるとは思えない。対戦日を一か月も後にすると、おそらくどこかのタイミングで痺れを切らして襲ってくるに違いない。不意打ちされると、こちらが全滅する危険もある。その可能性をなくしたかったんだ」

 本当の理由は、美絵の打った刀を早めに試したかったからだ。

 果たして美絵の刀が男に通じるのか。

 もし通じなければ、他の刀鍛冶師を探すなど別の手を考える必要がある。

 刀が通じなかったくらいで、唯菜が男への復讐を諦めるとは思えないからな。

「な、なるほど、そうだったんですね」

 どうやら亜耶香は納得してくれたようだ。

 亜耶香に嘘をついたことに、心がチクリと痛んだ。

 ――考えるな。

 拓哉は気づかなかった振りをする。

 拓哉にとって最も大切な存在は、妹である唯菜だ。亜耶香は……。

 亜耶香は?

 亜耶香は、拓哉にとっての何なのだろう?

 出会ったばかりの頃は、初めて惹かれた異性だった。

 この一週間ほど、そばで彼女のことを見てきて、彼女に惹かれた理由について考えもした。

 けれど、未だに理由は分からない。

 彼女のことが、他の女の子よりも気になることは間違いない。ふと気づけば、亜耶香に目を向けている自分がいた。

 これが恋――?

 分からない。

 ――これ以上考えるな。男との戦いは近い。気を引き締めろ。

 拓哉は気持ちを切り替えるため、ふぅと小さな息を吐いた。

「お兄ちゃん? どうかしたの?」

「……いや、何でもない」

 拓哉は首を横に振った。

 それから亜耶香のほうを見て言った。

「次の日曜日まで男が襲ってくることはないと思うが、絶対ないとも言い切れない。できるだけ一人でいる時間はさけるべきだろう。特に就寝中は身を守れないから危険だ。今日から俺の部屋で一緒に寝るといい」

「……ふぇ!? ふぇ~!」

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!? いきなり何言ってるの!?」

 亜耶香と唯菜が過剰な反応を見せる。

「なにって……。唯菜は如月さんのことが心配じゃないのか?」

「そ、それは心配だけど……って、今はそんな話をしてるんじゃな~い! お兄ちゃん、一体何考えてるの。年頃の男女が、い、一緒の部屋で寝るなんて――」

「ご、誤解だ!」

 俺は慌てて否定する。どうやらとんでもない誤解をされているらしい。言葉が足りなかったか。

「俺はただ、如月さんの情報を渡した責任をだな――」

「せ、責任!? お、お兄ちゃん、一体どこまで――」

 あー、ダメだ。全然話を聞いちゃいない。

 唯菜は昔から思い込みが激しいところがある。

「――お兄ちゃん、もっと冷静になるべきだよ! まだ高校一年生だよ。将来のことを考えて慎重に――」

 拓哉は内心でため息をつきながら、唯菜の口を手で覆った。

「――ん! んっ!」

 口を塞がれた唯菜がくぐもった声を上げる。

「落ち着け唯菜。俺の話を聞いてくれ」

 唯菜は上目遣いでゆっくりと首を縦に振った。どうやら正気に戻ってくれたようだ。

 拓哉は唯菜の口元から手を離した。

 ……唯菜が名残惜しそうにしているように見えたのは、気のせいだろう。

「俺は鬼狩りに、如月さんが鬼だという情報を与えた。俺には如月さんの身の安全を守る責任があるんだ。それは分かるな?」

「それは……そうかもしれないけど……」

「取引はしたが、次の日曜日までに絶対に襲ってこないという保証はない。だからこそ、俺は如月さんのそばにいて、彼女を守らないといけないんだ。夜に俺の部屋にと言ったのは、二人なら男も躊躇して襲ってこないと考えたからだ。納得してくれたか?」

「……亜耶香が一人きりにならなければいいんだよね?」

「ん? ああ、そうだが……」

 なぜそんなことを訊いてくるのだろうと思っていると、

「だったら、あたしが亜耶香と一緒に寝る」

 唯菜は力強い眼差しを浮かべている。拓哉が何を言っても譲らないぞ、という意思を感じさせた。

「……分かった」

 自分の責任を他人に押しつけるようで気が進まなかったが、拓哉は頷いた。

 

 帰宅して晩御飯を食べた拓哉たちは、庭で花火を始めた。

「綺麗です……」

 亜耶香がうっとりとした目つきで線香花火を見つめている。普通、線香花火は最後にやるものだが、亜耶香の満ち足りた表情を見ていると、順番なんてどうでもいいと思えてきた。

「――お兄ちゃん! 見て! 二刀流!」

 唯菜が二本の花火を両手に持って、ブンブンと振り回している。

 カラフルな火の粉が夜空に弧を描く。

 はしゃぐ唯菜を見て、花火を提案してよかったと思った。

「お兄ちゃんも早く!」

 拓哉は花火を二本ずつ両手に持つ。計四本だ。

「俺は倍の四刀流だ!」

「あっ! ずるい! あたしも!」

 今だけは――今だけは、戦いのことを忘れよう。

 花火の数が見る見るうちに減っていき、夜は更けていく――。

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