第13話

 道場で十分ほど待っていると、唯菜と亜耶香が姿を見せた。

 二人とも運動着に着替えている。

「お兄ちゃん、遅くなってごめんね」

「いや、気にするな。全然待ってない」

 唯菜と亜耶香が道場の真ん中で向かい合う。ちなみに、一か月前にボロボロになった床や壁は、業者に頼んで修理してもらった。今の道場は新築並みに綺麗だ。

「如月さんは、これまで戦ったことがないんだよな。当然刀とかの武器は使ったことないよな?」

「は、はい。ありません」

「唯菜が竹刀を使っても問題ないか?」

 拓哉や唯菜は、竹刀がなくとも人並み以上に戦えるが、やはり竹刀――もっと言うと、刀を手にしたときのほうが強い。

「え、えーっと……」

 拓哉は唯菜のためにと、手に竹刀を持って待機していた。

 その竹刀に亜耶香はチラチラと目をやりながら、怯えた表情を浮かべている。ひょっとすると、竹刀で叩かれたときのことを想像して、恐怖を感じているのかもしれない。

「唯菜。寸止めでお願いできるか?」

「もちろん」

「如月さん。竹刀が当たりそうなときは、唯菜が直前で止めてくれる。だから竹刀ありで頼めるか?」

 リビングでの亜耶香の咄嗟の動きを見た感じ、竹刀なしの唯菜では太刀打ちできないと、拓哉は見ていた。

 亜耶香はそれでも迷っているようだったが、最後には頷いてくれた。

「それでは――試合始め!」

「はぁあああ!」

 先に動いたのは、唯菜だ。

 竹刀を上段に構え、一直線に距離を詰める。まずは単調な攻撃で、相手の反応を見ようという考えだろう。

「――わっ!」

 亜耶香はびっくりした声を上げつつ、脇に飛び退く。

 ブンッと竹刀が音を立てて空を切る。

「まだまだぁああ!」

 唯菜は素早く体の向きを変えて、亜耶香に追いつくと、垂直斬り、袈裟斬り、水平斬りなど、様々な角度から竹刀を振るった。一般人であれば、太刀筋を目で追うことすら不可能な次元の攻撃だった。

 しかし――、

「あわわわわ――!」

 亜耶香はそのすべてを躱している。

 躱し方そのものは素人だが、太刀筋が見えているのは間違いない。それに、素人の躱し方でも躱せるほど、亜耶香が高い身体能力を持っているということでもある。

「やるじゃない」

 唯菜がバックステップで距離を取る。

「でも、次の攻撃はどう?」

 唯菜がぐっと姿勢を低くして、抜刀の構えを取る。

 一瞬の静寂。

 その直後――、

「やぁあああ!」

 瞬く間に亜耶香との間合いを詰めた唯菜が、横薙ぎに竹刀を振るった。

 このときの竹刀の速さは、今回の戦いにおいて最速を誇っていた。

 亜耶香の首筋に、迅速の竹刀が迫る。

 もはや躱す術はない――唯菜の勝ちを拓哉が確信した、次の瞬間、

 ゴッ!

 ものすごく重たい音がした。

「あ、亜耶香!?」

 竹刀を振るった唯菜が慌てている。

 それもそのはず。

 首の真横で寸止めするだったはずの竹刀を、亜耶香が前腕でガードしたのだ。

 竹刀とは言え、かなりの速度が出ていた。

 防具なしの腕で防いだら、骨が折れて当然の攻撃だった。

「如月さん、大丈夫か!?」

 拓哉は亜耶香のもとへと駆け寄って、腕の具合を診る。

「……折れて、ない」

「え、お兄ちゃん、ほんと!?」

 唯菜も驚きを隠せないようだ。

「唯菜。確かに竹刀は直撃したよな?」

「う、うん。寸止めしようとするよりも早く、亜耶香が腕で防いじゃったから」

 拓哉は亜耶香を見る。

「如月さん。腕、何ともないのか?」

「え、えーっと、少しジーンとした感じがあります」

「痺れだな。……それだけなのか?」

「は、はい」

 どうやら鬼の体は、拓哉たちが思っていたよりもずっと頑丈らしい。普通の武器では鬼の肌を傷つけることすら難しいという祖父の言葉を思い出す。あれは誇張でもなんでもなかったのだ。

「あ、あの。攻撃を防いだらマズかったですか? つい手が出てしまって」

「……いや、正しい反応だ。急所である首を狙われたんだからな。如月さんの実力はだいたい掴めたし、模擬戦は終わりにしよう」

 亜耶香の潜在能力は、拓哉や唯菜を遥かに凌駕している。稽古を積めば、間違いなく心強い仲間になってくれるだろう。

 拓哉は、先ほど亜耶香を仲間にするのを躊躇ったもう一つの理由について、亜耶香に話を振った。

「如月さん。鬼狩りに復讐するということは、鬼狩りと戦うということだ。鬼である如月さんが、鬼狩りの前に姿を見せる。これが何を意味するかは、きちんと理解しているのか?」

 拓哉や唯菜は、鬼狩りの討伐対象ではないと前回の戦いで判断されている。そのため、もし戦いが不利になって逃走することになったら、おそらく鬼狩りも深追いはしてこないだろう。

 つまり拓哉たちには、不利になれば逃走、という手も残されているのである。

 だけど、鬼である亜耶香はそうじゃない。

 鬼狩りの討伐対象である彼女は、たとえ逃げようとしても、見逃してもらえない可能性が高い。いや、鬼狩りは間違いなく地の果てまで追ってくるだろう。

 幼い頃の亜耶香が逃げ切ることができたのは、彼女の母親が時間稼ぎをしたことや、アパートの大家が倒れている彼女を鬼狩りよりも早く発見したことなど、偶然にも好条件が重なったからに過ぎない。二度目も同じように逃走が叶うとは思えない。

 亜耶香の場合、拓哉たちに同行するということは、自ら死地に赴くことと言える。

 逃走の手段が残されている拓哉たちとは、リスクが雲泥の差なのだ。

 拓哉の問いに、亜耶香は一度目を閉じてから、答えた。

「……母親と別れた五年前から、ずっと考えてきました。生き延びた私に何かできることはないのかって。拓哉さんたちの復讐の相手が、私の村を襲った男と同じかもしれないと分かったとき、運命を感じました。ここで何もせずに引き下がったら私、一生後悔すると思うんです」

 亜耶香の目には、確かな覚悟が宿っていた。

「鬼狩りに殺されるかもしれないってことは、ちゃんと理解しています。……もちろん死ぬのは恐いです。でも、このまま何もせずに漫然と生きていくのは、もっと恐い。いつか母と別れた日のことを思い出さない日が来るんじゃないかって。村を襲った鬼狩りに対して、何も感じなくなる日が来るんじゃないかって」

 亜耶香は拳をぐっと握りしめる。

「だから、私は戦います」

 彼女は辛い過去と向き合い、前に進もうとしている。

 拓哉は彼女の心の強さを知った。

 拓哉は手を差し出す。

「これからよろしく。如月さん」

「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 こうして亜耶香が仲間に加わった。

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