第5話 戦争前夜


 もう何日拘束されているのだろうか。俺は依然として留置場にいた。裁判中なのか、それとも何かの取り調べが終わっていないのか。食事や衣服の搬入は全てロボットが行うため、誰とも会話することができず、言葉の交わし手がいない。白一色のこの部屋には、調べるべきものも何もなく、ただの清潔な空間と化している。ここは精神が崩壊しそうなほど孤独ではあるが、居心地自体は悪くはない。


 感覚ではあるが、ここに来てからおよそ3ヶ月が経過しているように思う。犯罪者の待遇や処罰については、特に深く学んだことはなかったため、自分が今どのような状況にあるのかは掴みかねている。ただ、殺人を犯したことは事実で、極刑を逃れる望みは薄い。だが俺は裁判に一度も出廷しておらず、弁護士や検察官との面会もない。


 ――Dlの処罰問題は非常に複雑だった。もちろん、単なる極刑で終わるのが望ましかった。基本的に、人類は殺人を行うことができず、先のレイプや傷害事件すら起こすのは困難である。安全装置が世界に普及しており、例外は宇宙や自然保護星のみ。自然保護星の安全装置に関しては長期間にわたり議論されており、最終的には、適性を持つ者のみが居住や訪問を許されるという条件で、全ての決定はPOPIDが下した。POPIDは全宇宙のパソコンからアクセスが可能で、何千億もの議論を同時に行うことができる。このスーパーコンピュータは、惑星並みの大きさを持つ人工衛星であり、宇宙の謎多き存在だ。


 処罰の決定をPOPIDに委ねたことが、珍しくも時間を要していた。そして3年の時を経て、その決断が下った。この難解な事件に裁判を行うこと自体が難しいため、結果は恩赦という驚くべきものであった。留置所の責任者も、この全く予期せぬ展開に驚きを隠せなかった。さらに、この地域全体の留置所や懲役塾にいたB級以下の犯罪者たちは、条件付きで全員が釈放されることとなった。俺たちはこの疑問を抱えつつも、その流れに身を任せた。


 恩赦の報せを受け、俺は喜びと不安、そしてなんとも言えない怒りが交錯した。あのような大事件を起こしての釈放は、自分自身でも納得がいかなかった。しかし、処刑されるか、何百年もの間、人間ロボットとして労働を強いられる運命からは逃れられた。ただし、釈放の条件は、偵察部隊への配属であり、以前の軍隊経験を活かし、B級の兵曹長として特進した。犯罪者でありながら、多くの部下を率いるリーダーへと変貌を遂げるのは、まさに異例中の異例だった。船内に配属された日、俺はその光景にただただ驚愕した。ドーム型の船が2000隻、指揮艦であるコロニー型が2隻という、巨大な師団級の編成だった。


 この大師団の一部として、Dlは第2偵察大師団のB級偵察1020大隊に配属された。彼が配属された船は新型で、内部はピカピカに輝いていたが、留置所の記憶を思い出させるような、やや薄暗く狭い空間だった。驚いたことに、この中隊のほとんどが突如釈放された元犯罪者だった。彼らの顔を一目見れば、その事実をすぐに理解できるほど歪んだ顔が並んでいた。彼らを指揮する役割を任されていたが、特に上官の顔は酷く、普段こんな者が隣にいたら気が気でないだろう。近づきがたい存在であった。


 彼との初対面では、傲慢な態度が目立った。できることならば避けたかったが、直属の上官として避けることはほとんど不可能だった。部下たちの間では、常識が欠けている者が多く、どう接して良いかわからないほどだった。この部隊内での教育方法にも頭を悩ませた。


 幸いにも船内には安全装置が装備されており、この中の人々は互いに反目したり、暴力を振るうことができなかった。口すらきけない状況も時折あった。幸運なことに、俺の部屋は他の小隊長と比べても小さいながら、別の空間に隔離されており、彼らの顔を見ずに済んだ。


 船内では奔放な振る舞いをする者も多く、どのような矯正システムを整備しても、それを乗り越えることは困難だった。それでも、安全装置が限界まで機能するかのように見えた。この環境下で、彼らの中で一人だけ肉体的にも優れた部下がいた。その顔は他の者ほど歪んでおらず、体格の良さがさらにそれを補っていたようだ。


 この部下は、話が理解でき、不気味なほどコワモテな者たちとの橋渡し役ともなってくれた。男たちからは尊敬され、女たちからは愛される存在だった。俺にとっては興味の対象外であるかもしれないが、いざ偵察任務になると、この部下が中心的な役割を果たすことだろう。彼の名前はサンタだった。


 最近はほとんど部屋に籠もりがちのだが、監視カメラを通じて部下たちを見守っていた。時折、サンタを呼び出して命令を下すことがあったが、船でできる訓練は限られており、主に長距離走や短時間での筋肉増強が可能だった。格闘術の指導をするために、師範が一人か二人乗船していた。


 船内の大浴場は使用時間が決まっており、男女別に分けられていたが、それ以上に士官と兵卒で区切られていた。噂では、正規軍とこの偵察部隊を構成する元犯罪者たちも隔てられていると言われていた。そう設計されていたのかもしれない。


「もういやだ」と顔に似合わず泣き言を言う者も出てくる。毎日同じ風景、同じ訓練に耐えることで、肉体よりも精神が鍛えられていく。根性のある者もいれば、そうでない者も多い。彼らは指示に従わず、しばしば道を踏み外してしまう。しかし、途中で脱落する者に対する罰はそれほど厳しくなかった。


 およそ1か月後、目的地となる惑星の3AU手前で編成し、全体訓練を終えた時、突如命令が下された。上官の悪面がさらに歪んで、唾を飛ばしながら指示してきた。これは本当か? 最初はこの上官が少しくるってしまったかとDlは考えた。しかし、この不快な部隊が編成されたこと自体が、そのためだったのだと彼は受け入れざるを得なかった。


 時が来た。その目標となる星は、以前Dlが犯罪を起こした自然保護惑星だった。ここでは前回の事件が起こったように、安全装置が浮遊していない。Brynkや防護服で簡単には傷害を受けることはないだろうが、事実、死ぬ可能性もある。あの時は錯乱していた。死というものがどういうものなのかも想像ができなかった。


 そういえば、あの娘は今どうしているのだろうか。時折、血にまみれた顔で恨めしく睨まれる夢を見る。その眼を直視することができず飛び起きでは体を震わせた。その夢を見た日は一日中憂鬱だった。それがあの釈放された日にも見たのだ。そして、今日……出陣の当日にも。

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