第2話 マリエ、はじめての異世界
「どうも~神でーす。神だよー」
「おーい、起きてるー?起きてるよねー、ねー」
頭の中に声が響く、先程までの出来事はなんだったのだろうか、ギロチンに掛けられた所までは確かに記憶にあるが、生きている?夢?そもそもここはどこ?周りには何もない、ただ黒につつまれた空間、なにか正面に光っているものが見える。これが死語の世界というものなのだろうか。
「おーいってば、聞こえてるよねー」
先程から頭に響く声は何なのだろうか、頭の中に響くからどの方角から来ているものかもわからない。
「無視してしまってごめんなさい。どちら様ですか?いったいどこから話しかけているのですか?」
マリエはどこへ向くとなく虚空に向かって訪ねる。
「やっと気づいてくれた、さっきから言ってるじゃん、僕は神だよ、ここは…まあ死語の世界って言えばわかりやすいかな?あ、君はたしかカトリックだったっけ?僕はまあヤハウェだったりそうでなかったりする存在みたいなものさ、ギロチンに神の力を宿して死んだら僕のもとに来るようにしたんだ」
どうやら正面で光っているものが声の発生源のようだ、
「死語の世界…やはり私は死んでしまったのですね。神様がお導きになるという事は、私は天国に行けるということですか?」
「そうだね、君は民に誤解されていたようだけど色々と良い行いをしていたようだし、天国に連れていってあげても良いよ。でも君はそれで満足かい?」
「おっしゃる意味がよく分かりませんわ。」
「そうだね、分かりやすく言えばもう一度人生やり直してみないかってこと。君みたいな素晴らしい心がけの人間が民に誤解されたまま処刑で人生終了なんてもったいないじゃないか、人類の損失だよ、損失。生き返って愚かな民を導いてあげようよ」
「そういっていただけるのは誠に光栄ですわ。ですが私がいなくても国王様がこの難局を乗り気ってくれると信じています」
「あー、そっかー。気づいていなかったんだー、どうしようかなー、言っちゃおうかなー」
マリエは神の間延びしたしゃべり方にすこしイライラしてきた。そもそも本当にこの人(?)は本当に神なのだろうか?
「おっしゃる意味がよく分かりませんわ」
「あーごめんごめん。えっとー、その国王様だけど君が処刑された2日後に処刑されたよ」
マリエは訳がわからないといった様子でその神を名乗る光を見つめる。
「えっ…どういう事ですの?」
「まず君が処刑された件ね、あれ、国王様に仕組まれていたんだよ」
「そんな馬鹿なことがあるわけ無いですわ、愛のない政略結婚だったとはいえ私の事を殺す必要なんてないはずでしょう?」
「その親愛なる国王様は国外逃亡しようとしていたんだよね、それで君にヘイトをむけて騒ぎになっている内に逃亡しようとしたんだけど結局ばれちゃったって訳。あーそうそう、君もよく知るクロウド君が逃亡しようとする国王を見つけたのがばれちゃったきっかけみたいね」
「クロウドが…そうですか、にわかに信じがたいお話ですがなぜでしょう、それが本当のお話なのだと思わされてしまっていますわ」
「まー僕神だしー、で、どうする?生き返ってみる?」
「ありがたい申し出ですけどお断りさせていただきますわ、国王亡き国に私が戻った所で何ができましょう」
「あ、ごめんごめん。言葉が足りなかったね、もといた世界に行き交えるって訳ではなくて、君がいた世界とは全然違う世界に生き返してあげるんだ。転生ってやつだね。」
マリエはぽかんとした顔をしている。
「えっと…どういう意味でしょうか、だれも知る人のいない世界に私が生き返ってなにができるでしょうか、民を導くなんてとても無理ですわ」
「そこらへんは大丈夫だから気にしないで、生き返ったらわかるから、ほらほら、生き返りたくなってきたでしょ?いまならこの洗剤も付けるからさあ一ヶ月だけ、一ヶ月だけだから、ほらほら」
光がマリエの回りをぶんぶんと飛び回る。マリエは迷惑そうな顔をして、
「結構ですわ、神様にそう言っていただけるのはありがたいのですが…」
マリエの言葉を遮り神は話し出す。
「あ、そうそう、君の転生先の国さあ、美食で有名でねえ」
マリエの体がぴくんと震える。
「君しばらくまともに食事もとれていなかっただろう?」
それは事実だった。国が困窮してからというものも自分の食事は臣下やその家族などに分け与えていて、マリエ自身は飢えない程度の食事しかとっていなかった。
「天国行ってもケーキなんて無いしさあ、正直つまらないよ」
ぐうとお腹の音がなった気がした。いや死後の世界でお腹が減ることなんてないはずだが、マリエは国が財政難に陥る前に食べていた様々な食事を頭に思い浮かべる。元来美食家のマリエにとってここで人生が終わりになるのは非常にもったいないといつのまにか思うようになっていった。
「そんなに食いしん坊なのに、ここまで我慢して偉かったねえ、やっぱり君は僕が見込んだ人間だよ、じゃあ生き返るって事で良いね」
「か、勘違いしないでください。迷える民を導くためですわ」
「はいはい、誰も迷える民がいる国だなんていってないんだけどね、まあでも実際優秀な指導者が必要な国なんだ、まあ詳しくは生き返ったら分かるよ」
神が言い終えると同時に体が光りにつつまれ、マリエは意識を失った。
「成功ですぞ」
ローブを羽織った老人がそう告げると怪しく光る魔方陣が徐々に光を失い、その中央に人らしきものが倒れている。
「明かりをつけろ」
老人が手から光を放つと薄暗い部屋が明かりに包まれる。命じた男が倒れている人間に向かって数歩歩いたところでなにかに気づき歩みを止める。
「こ、これは…」
中央に倒れている人、いや人であったであろうモノは首と胴体が切り離された状態で横たわっていた。血が流れていないこともあってか、それともその顔立ちの美しさからかなぜかは分からないが、不思議と凄惨さは感じない、むしろ芸術的とすら思える。
「これで成功というのか?」
男は老人に問いかける。老人は眉間にシワを寄せ少し考え込み答えた。
「こんなはずでは…この術では生命力のないものを呼び寄せる事などできませぬ」
男は少し皮肉めいた笑いを浮かべ、
「ではこれが生きているとでも?美女のデュラハンでも呼び寄せたのか?」
老人は何か言いかけたが口をつぐんだ。そのとき、その物体の胴体部分が立ち上がり、何かを探すような素振りで周囲をうろつき出す。
「やはり魔物か!?構えろ!」
男は周囲の兵士に命じた。兵士は槍を構える。
「あのー、すいませーん」
緊張した空間に、すこし間の抜けた、か弱い女の声が部屋に響く。
「こちらが転生先の世界でしょうか?」
部屋に戸惑いの空気が流れる。それもそうだ、女の生首が急に喋りだしたのだから。うろついていた体の足が頭にコツンとぶつかった。
「いたっ」
体が頭を拾い上げ首の上にのせる。すると首が不思議な光につつまれ頭と体が繋がりだした。
「よかった。ちゃんと繋がりましたわ。あの神様適当な状態で生き返らせてくださいましたわね」
「ごめんごめーん、良い感じに治しておいたからー」
どこからともなく不思議な声が響いてくる。
戸惑いの空気がさらに部屋に拡大する中、女が口を開く。
「何度もすいません、こちらが転生先の世界でしょうか?私はマリエと申しますこちらの世界に民を導くため転生しました」
「成功だ!成功したぞ!」
部屋中が歓喜につつまれた。
男が数歩前に歩み、マリエに話しかける。
「ようこそいらっしゃいましたマリエ様、私はホサと申します。あなたのサポートをさせていただく者です」
「よろしくお願い致しますわホサ。早速この世界の事を教えていただきたいのですが」
「承知いたしました。それでは部屋を変えてお茶でも頂きながらお話しましょう。こちらへどうぞ」
「こちらです」
ホサに先導されて入室した部屋はマリエにとってはじめて見る様式の部屋だった。薄茶色の線異質の床に一部穴のように空いた部分があり、そこに鍋というか壺というかよくわからないものがおかれている。その他にも何か細かいものが置かれている何の道具だろうか?マリエが戸惑っていると、
「失礼しました。先代がこちらで茶を飲む事を好んでいたのでこちらに案内したのですが、お気に召しませんでしたでしょうか?」
「いえ、ごめんなさいホセ、はじめて見る部屋だったものだから、折角ですからこちらの部屋にしましょう。椅子はどちらに?」
「はっはっは、茶室ではこの畳の上に座り茶を頂くのが作法でございます。このような感じです」
ホセは畳と呼ばれる床の上に足を折り畳み座った。マリエもそれに習い座る。
「少し足が窮屈ですわね」
「いずれ慣れましょう。それではお茶を点てますので少々お待ちください」
ホセは椀に粉をいれ湯をそそぎ、不思議な道具で椀のなかをかき混ぜる。マリエは椀を除きこみ、
「あら、緑茶かしら珍しいわね」
「こちらは抹茶というもので緑茶とは茶葉が異なるものでございます。どうぞ」
「ありがとう。頂くわ。なにか作法とかはあるのかしら?」
「まあ色々とありますが、とりあえずお気になさらずお飲みください、お茶菓子もご用意いたしております」
ホセが小皿を差し出す。皿の上には花を模した菓子のようなものが乗っている。
「こちらの楊枝を使って召し上がってください」
と、先のとがった小さな木を渡すと、マリエは受け取り、皿の上の菓子に楊枝を押し当て切り分ける。少し興味深そうに菓子を眺めた後、楊枝をその一辺に突き刺し口に運ぶ。
「とても美味しいですわ」
マリエの頬が緩む。甘味など頂いたのはいつぶりだろうか。
「お茶もどうぞ」
ホサに勧められマリエは椀を口に運ぶ。
「これは…とても滋味深い味ですね。美味しいですわ」
口にいれた瞬間は少し苦味を感じたが、徐々に口のなかに旨味が広がる。そこにまた菓子を一口食べ、茶を頂く。ああ一生これを繰り返していたい。マリエはいつの間にか満面の笑みを浮かべていた。がハッとした顔となり、ホサに話しかける。
「失礼いたしました。この世界のお話を聞かせて頂くのをすっかり忘れていましたわ」
ホサも満足げな表情で答える。
「喜んでいただけたようで何よりです。それではこの国について説明させていただきます」
ホサは神妙な面持ちとなり語り出した。
「この国は代々国を導く代表を異世界から召喚した方にお願いしております。」
「ちょっとよろしいかしら?」
マリエが話に割って入る。
「どうぞ」
「国の代表を異世界からの人間に任せるというのってとても不安じゃないかしら?それに悪いことを考える方が国の代表となるかもしれないでしょう?」
ホサが答える。
「その心配はごもっともです。代々こちらに来られた方も同じような事を気になされていたようです。これについては私どもも正直な話よく分からないのですが、これまで異世界から来られた方は皆が皆素晴らしいお方たちでありました。ですので民もすっかり転生者の方を信頼しておられます。まあ少し変わり者な方もおられましたが…」
ホサが苦笑いを浮かべる。すると、マリエの頭の中に声が響いた。
「ちなみに代々の転生者は僕が選んだんだよー」
成る程そういうことか、そもそも不適な人間は神に選ばれないと、自分にその資格があるのだろうか?
「あー、まあ大丈夫だよ、いざというときは僕も少し手を貸したりするからさ」
何か奥歯に物が挟まったような物言いだが、まあ今さら後悔しても始まらない。マリエはホセの方に目を向けた。
「失礼、続けてください」
「かしこまりました。これよりマリエ様には国の代表者として国を導いていただきます。まずはマリエさまがどのような立場で国を導いていくのか決めていただきたいなと思います」
「その前に、先代の転生者という方はご存命で?色々お話を伺ってから考えたいのですが…」
ホサは小難しい顔立ちになり答える。
「先代はもうおられません。なぜなのかはよく分かりませんが転生者様がいらっしゃって国を導き、国の運営が安定してしばらくすると、急に消えてしまうのです」
マリエの頭の中に声が響く、
「あ、それ僕がやってるんだ、まあ大体10年から15年くらい?良い感じに国がなった所でね、そっちの方が面白いでしょ」
「消えてしまった方はどちらにいかれるのでしょう?」
マリエは神の言葉に答える形で言葉を口にした。すると、神の声が聞こえていないホサが自分への質問と受け取り答え出す。
「それはよくわかっておりません。おそらく別の世界に転生しているのでは、と学者連中は言っておりますが…」
少し後にマリエの頭の中に声が響く、
「こいつの言ってる通りだねー、僕が転生させてあげるよ、お望みとあれば君が死ぬ前の世界にだって、何なら前世の君が生まれる位まで時を戻してあげても良いよ」
マリエはホサに向かって、
「あー、ごめんなさいホサ、独り言です気にしないでください」
と言い少し考え込む。
ー聞こえるかしら神様?ー
「聞こえるよー」
ーよかった、頭のなかで念じるだけでお話できるのですね、少しあなたのお言葉に引っ掛かるところがあったのですがー
「なにかなー」
ー私の死ぬ前の世界に戻れる、しかも時を遡ってとおっしゃられてましたが、それならばこちらの世界に転生するのではなく、最初から前の世界に戻らせていただけても良かったのではなくて?ー
「ギクッ、ま、まあそれについては、この世界で頑張ったご褒美だと思ってよ。決してそっちの方が面白そうだとかそんな話じゃないからねー。ほら、それにこの国の食べ物は美味しいよ、さっきも食べたでしょう」
「それは確かにそうね」
思わずマリエは声を発していた。ホサははて、といった顔でマリエの方を向いている。
「ごめんなさいホサ、先代がおられないのはよくわかりました。それならば先代がどのような政治を執り行っていたか教えていただいてもよろしくて?」
ホサは首を横に降り、
「それが、先代がどのような政治を執り行っていたかをお伝えするのは厳しく禁じられているのです。この禁を破ったものには大きな不幸が訪れると言い伝えられております」
ーこれも神様の仕業でして?ー
「まーねー、先代の政治をそのまま引き継ぐなんて面白くないじゃないか」
マリエはため息をついた。
「わかりました。それならば私はこの国の王女となり政治を取り仕切ります。ホサ、まずは官僚の任命と常備軍を設立します。人選は任せてもよろしくて?」
「かしこまりました。所謂マリエ様を王女とする絶対王政でございますね。進めさせていただきます」
「あ、それと、この世界のことをよく知りたいわ、この国や周辺国のこととか色々と教えて頂戴」
「かしこまりました。学者を何人か手配いたしましょう。しばしこちらでお待ちください」
ホサはそう言うと立ち上がり部屋の外へ向かう。
「お待ちくださいホサ」
ホサが振り向く。
「足が痺れてしまって、どこか椅子のある部屋にしていただけます?」
ホサはマリエの手を取り立ち上がらせる。
「かしこまりました。ご案内いたします」
ー私が王女となる。これでよかったのかしら?前世で絶対王政の悲惨な結末を身をもって味わったばかりじゃない…でも今の私には他の選択肢はありませんわ。私がこの国を正しく導いて差し上げますわ。あと美味しいお菓子もー
「なんか動機が不純だなー」
「んっんん」
マリエは咳払いをし、覚束ない足取りでホサの後についていった。
パンが無ければ異世界転生すればいいじゃない ちとせ氏 @chitosesi1025
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