パンが無ければ異世界転生すればいいじゃない
ちとせ氏
第1話 ギロチンと転生
「王妃様が居るのはこの離宮かなっと」
男はそう呟くと辺りを見渡し、なれた手つきで窓の鍵を開け建物の中に侵入した。
プチ・トリアエズ宮殿、守衛になけなしの金を握らせ聞き出した情報によると、ここに目下国民からのヘイトを買いまくっている我儘王妃様がおられるはずだ。
「せっかくここまで来たんだ良いネタ拾って記事にしないと、ここ数日まともに食事もとれていない」
男は王妃がいるにしては警備の薄い宮殿内を息を潜めて歩みを進めた。突き当たりの部屋に人の気配を感じた男は部屋内の会話にそっと聞き耳をたてる。
「マリエ様、民の生活はますます困窮を極めております。小麦の不作、流行り病、不満を募らせた農民が領主の館を襲うといった事件も頻発している模様です」
マリエ様と呼ばれた女性はふう、とため息をつき答えた。
「ああ、とても嘆かわしい事ですわ。クロウド、宮殿に備蓄の食料はまだあるかしら、民に少しでも配給ができたら…」
クロウドと呼ばれた初老の男は答える。
「ある事にはありますが、私の権限で動かせる食料はマリエ様への割り当て分しかありませぬ、それではマリエ様の食事が…」
マリエは首を横に振り答える。
「私は良いのです、クロウド。民あってこその国、私がいなくても国は成り立ちますが、民がいなくては国は成り立ちません」
マリエは毅然とした態度でそう答えた。
「承知しました。今回も国王様からの配給ということで手配すればよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いするわ」
クロウドは軽くため息をついた。
「しかしマリエ様、国王様に不満が向かないようにされたいのは理解しますが、民の間で王妃様は宮殿に引きこもりで贅沢三昧の我儘姫だとの評判が広まっています」
「言いたい方には言わせておけば良いのですわ、この国家の危機を乗り越えるには国王の指導のもと一丸とならなければなりません。私の悪い評判など些末な事ですわ」
クロウドは今にも泣き出しそうな表情で答える
「素晴らしいお心がけですマリエ様、国王様にもこのお気持ちが届いてくれれば良いのですが…」
マリエが話を遮る
「それ以上はおよしなさいクロウド、きっと国王には国王のお考えがあっての事、形式上とはいえ私の夫です。悪く言わないでください」
しかしクロウドはまだ言い足りないようで
「いいえ、私はあくまでマリエ様のお付きです。あの国王に考えなどあるものでしょうか、巷でのマリエ様の評判は全て国王の悪行によるもの、馴染みの新聞社に圧力をかけてある事無い事書かせているのでしょう」
マリエは軽く目をつむり、
「この程度の事、政略結婚でこの国に嫁いだ以上覚悟の上ですわ、あら」
クロウドの腹からぐう、と音が鳴った。
「クロウドちゃんと食事はとっていらして?今日の昼食の残りのパンがあるからお食べなさい」
クロウドは首を横に振り
「そんな、頂くわけにはいきません。マリエ様だって十分に食事をとられていないのでしょう、私なんかが頂くわけに…」
再びクロウドの腹が鳴る。今度は先程よりも大きな音だった
マリエはくすと笑いながら
「体は正直ねクロウド、あなたにはもっともっと働いてもらわなければならないのです。お給料というには寂しいかもしれませんがこのパンを受け取ってください」
「しかしそれではマリエ様が…」
クロウドの言葉を遮りマリエが答える
「私は良いのよクロウド、パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない、なんてね」
クロウドは苦笑して
「ケーキなど国王の食卓でしか見られないでしょうな、参りましたマリエ様、ありがたく頂戴させていただきます」
「こりゃ参ったな、聞いていた話と違うじゃないか。どうしたものか」
扉の前で男は小さく呟いた。実は王妃は良い人でした。なんて記事を書いたところでこの時世ではだれも見向きもしないだろう、かといって記事を捏造なんてのは記者としてのポリシーに反する…いや、あるぞ、事実のみを書いて大衆の興味を得られる記事が。
「こうしちゃいられない、おっと」
扉に袖がひっかかり、バタンと音が鳴る。
「これはいけねえ、引き上げるとするか」
「侵入者?!衛兵!衛兵は何をしている!!」
クロウドが声を上げる。
「いいのよクロウド、泥棒とかでは無いみたいだし行かせてさしあげなさい」
「しかし、マリエ様…」
「さあ、今日はもう遅いし休みましょう。明日から食料配給の手配を進めましょう」
「承知しました。それでは失礼いたします」
「おやすみなさい。クロウド」
クロウドが退室し、部屋にはマリエ一人となった。
「わたくしが頑張って民を導かなくては…」
夜の空間に虫の音が悲しげに響き渡る。
「マリエー!出てこーい!」
「処刑だー!ギロチンだー!」
「こ・ろ・せ!こ・ろ・せ!マリエを殺せ!!」
宮殿に大量の人間が押し寄せる。皆が皆猛り、怒り狂い、尋常ではない空間が形成されている。
「いったい何事か!」
クロウドが声を荒げ、通りがかりの従者の腕を掴む。
「それが、どうもこの新聞記事に激昂した人々が暴徒と化し、こちらに押し掛けて来ているようです」
「新聞記事?いったい何を書かれて…これは…」
クロウドは新聞を見て絶句し頭を抱えた。
ーマリエ、困窮する国民に対し発言、「パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない」ー
あの侵入者め新聞記者だったか、クロウドは唇を強く噛み締めた。
「なにかあったのですか?」
マリエがすこし間の抜けた声でクロウドに訪ねる。マリエは非常に朝に弱いのだ。
「マリエ様、とりあえず奥にいてください」
マリエもただならぬ雰囲気に目が覚めたようで、クロウドが手にもつ新聞記事が目に入ると全てを察し、軽く目をつぶった後、覚悟を決めた面持ちとなった。
「私が出て話をしましょう」
「危険です!お止めください!」
クロウドがマリエの前に立ちふさがる。
「いいえ、このままでは直にここまで民が押し寄せてくるでしょう、そうなれば皆も巻き込んでしまいますわ」
「それでもです。この状況が国王様に伝われば兵を手配して鎮圧していただけるしょう。それまでお待ちください」
「それは…あまり期待できないですわね、それに、兵をもって鎮圧なんてしたら民も無傷ではすまないでしょう、そんなことになったら私は…」
宮殿の門の方でがこん、と大きな音がなった。門が破られたようだ。
宮殿の扉の前まで民衆がなだれ込む音が聞こえる。
「もう一刻の猶予もありません。私がいきますわ」
マリエがクロウドの横をすり抜ける。クロウドが手を伸ばすもマリエはするりと入り口の方へ向かう。
「誰かマリエ様をお止めしろ!」
数人の衛兵がマリエの前に立ちふさがるも、マリエの覚悟を決めたただならぬ気配に気圧され思わず道を譲る格好となってしまう。マリエは入り口の扉を開き、民衆の前にその身を晒した。
「皆様聞いてください!」
マリエは精一杯の声を振り絞り民衆に訴えかける。
「マリエだ!捕まえろ!」
「処刑だ!処刑!ギロチンだ!」
「コンコラ広場まで連れていけ!」
暴徒と化した民衆にマリエの声は届かず、瞬く間に民衆の波に揉まれ、縄で手を縛られ人波に担ぎ上げられるような格好でコンコラ広場に連れていかれた。
「ああマリエ様、なんということだ、とにかく国王様にお伝えしなくては」
クロウドは衛兵に声を掛け国王のもとへ使いを送った。
「処刑!処刑!マリエを殺せ!」
「ギロチンだ!火炙りだ!」
広場に移動して尚、民衆の感情はヒートアップを続ける。民衆の積もり積もった憎悪の感情が雲のように上空に広がる。憎悪の中心には後ろ手に縄を縛られたマリエとギロチン台が鎮座していた。
「なにか言い残すことはあるか」
処刑人の役回りなのであろうか長身の男がマリエに声を掛ける。
マリエは正面を見据え民衆に訴える。
「皆さんの怒りはよくわかります。信じてください、パンが無ければケーキを食べれば良いというのは皆さんに向けて言ったものではございません!」
「嘘をつくな!!」
「さっさと処刑しろー!」
駄目だ、とても声が届くとは思えない。
「せめて裁判を受けさせてください。こんな形で処刑はおかしいでしょう!」
「ごちゃごちゃ言うなー!」
「国王の許可もとってあるぞー!」
そんなまさか、国王の許可が?こんな短時間でそんなことはあり得ない。マリエは驚き絶句した。処刑人の男が書面をこちらに見せる。確かに王の署名で私の処刑の許可が出ている。
おかしい、あまりにもスムーズに私にとって最悪の方向で話が進んでいる。仕組まれた?一体誰に?どういう事なのか、マリエは思考を巡らせるがとても考えがまとまりそうにもない。その間にも民衆の憎悪の感情は益々高まり、空を暗く覆い尽くす。そのとき、空から一筋の光が差しこみギロチンの刃が輝きだした。
「神だ、神の加護だ!」
「神も処刑を望まれているぞ!」
民衆の盛り上がりは最高潮に達した。この処刑はとても止まりそうにない。戸惑い、悲しみ、憎しみ様々な感情がマリエの胸のなかを渦巻く。そしてマリエは覚悟を決めた。
「わかりました。これが皆の望みであるのならば受け入れます」
マリエは自らギロチン台に向かって歩をすすめたが処刑人の足を踏みつけてしまった。
「ごめんなさい、わざとではないのよ」
処刑人は黙ってマリエの頭を掴みギロチン台の上におき、首を固定する。
「ただいまより、民を裏切った極悪人マリエの処刑を執り行う!神の名のもとに!」
処刑人がギロチン台の取っ手を引くと、光り輝く刃がしたにすとんと落ち、マリエの頭と体が切り離された。あまりにもあっけない最後であった。
すると、そのマリエであった物体を光が包み込み、次の瞬間その物体はどこかに消えてしまった。まるで最初からなにも無かったかのように。
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