38 答え合わせ

 抱き締め合いながら泣きまくった俺たちは、これまで互いに秘めていた想いを伝え合った。


「俺はずっと……井出のことが好きだった」


 そう言って語ってくれたものは、これまで聞いていた内容に、思ってもいなかった日向の想いが乗せられたものだった。


 日向は中学時代、主に男にしつこく纏わりつかれ、それを見ていた女子が陰で「ビッチ」と蔑んでいたのを知っていた。俺たちが出会った頃は、かなり人間不信に近い状態になっていたらしいのは、前に聞いた話と一緒だ。


 だから俺のことも、最初は警戒していた。だけど俺は毎日、微妙に離れた位置から日向の描く絵を観察しては「凄いなーはあー」と見続けるだけで、ちっとも近付いてこない。だから、「あれ? 今までの奴と違う?」と思ったらしい。


 ビビりで自分からグイグイいけなかっただけなんだけど、この話を聞いて「ビビりな俺も役に立つ時があるんだな」とちょっと誇らしげに思った。だって、そんな俺だったから日向から声をかける気になってくれたってことだもんな。


 それでも、隣に来させた後も警戒は続けていた。だけど俺は、日向の顔は眩しそうに見もするけど、主にスケッチブックや手元を見てはモデルとなっている景色と見比べて「すげー」と言ってるばかり。会話も殆どなく、日向のこともほぼ何も聞いてこない。


 ここで、二度目の「あれ?」があった。


 次第に警戒するのも馬鹿らしくなって、もう少し歩み寄ろうかな――そう思った矢先のこと。梅雨が始まり、外でスケッチができなくなってしまった。


 そのままテスト期間に突入し、ようやく終わったまた会える、今度はちゃんと話そう――と思っていたところで、夏の工事に向けてこれまで会っていた場所が資材置き場に変わってしまった。


 え、どうしよう、と戸惑っている内に、今度は夏休みが始まってしまう。日向は、自分から俺に会いに行って連絡先を聞かなかったことを、酷く後悔した。


 夏休みの間、絵を描いても脳裏に浮かぶのは俺の横顔ばかり。これまで恋らしい恋なんてしてきたことがなかった日向は、「自分は一体どうしてしまったのか」と悩みに悩んだ末、二つ年下の仲のいい妹、春香ちゃんに相談した。


 その結果、「お兄ちゃん。それは恋だよ」としたり顔で言われたんだという。なんか想像ができちゃうな。


 とにかく、二学期になったら連絡先を聞こうと決めた。だけど、夏休み期間で終わる筈だった工期が伸びてしまう。しかも、お互い部活動が本格的に始まってしまったので、放課後も擦れ違うことすら減ってしまった。


 意を決して直接話しかけてみようとした日向だったけど、話しかけた途端俺が怯えて逃げてしまい――失意のどん底に落ちた。ごめん。本当ごめんね。


 春香ちゃんは日向の話を聞いて怒ってくれたけど、兄のあまりの強面への変貌の効果も理解はしていた。いいアドバイスも思い浮かばなかったみたいで、慰めのように「時間が解決するかもよ」と言われたんだという。


 だけど結局二年生に上がっても、気持ちはちっとも萎えなかった。むしろ話せなかった分、想いは募るばかり。


 ウジウジ悩んでは俺を目で追い、遠目から見た俺をスケッチブックに描き写して気持ちを必死で宥めた。何故なら、また不用意に近付いて、怖がられて嫌われたら立ち直れそうにないから。


 なにその可愛い理由。にしても日向って、大分愛が重いタイプだったんだな。


 そんな一向に進展のない毎日だったけど、三年に上がって転機が訪れた。


 そう。三年目になってようやく、同じクラスになったんだ。


 日向は、春香ちゃんと手を合わせてそりゃあ喜んだそうだ。クラスメイトなら、どう考えたってこれまでより接点は増える。会話のチャンスだって訪れやすい筈だ。


 同じクラスになった日の夜は、興奮して寝られなかったんだって。だからどんだけ可愛いの?

 

 だったけど。


 予期せぬことが起きた。


 まさかまさかの念願の隣の席になったというのに、俺が全く日向の方を振り向かなかったんだ。原因は、日向本人にも自覚はあった。


 上がりすぎて、俺に話しかけられても上手く返せなかったからだ。まさか自分の顔が睨んでると思われているとは思わなかったらしいけど。


 ……いや、メンチ切ってたよ?


 その内俺から話しかけてこなくなり、後は以前日向が説明した通りの流れだ。


「……そんなにずっと俺のこと好きだったんだな」


 嬉しくてどこかふわふわしながら尋ねると、日向はやっぱり睨んでいるような目つきで頷く。


「井出と接点ができてからは、必死だった。何とか一緒にいる理由を作ってた」

「……昨日は避けた癖に」


 唇を尖らせると、日向は目を見開いて「も、もう、離れない……!」と約束してくれた。へへ。


 今度は俺の話も聞かせることにした。兄である日向の心境を考えると複雑かもしれないけど、一時春香ちゃんをいいなと思ってたことも、全部。


 日向は最初はショックを受けた顔をしていたけど、「日向の面影を見つけて好きになったんだと思う」と言った途端、滅多に見せない満面の笑顔を見せてくれた。


 その後は当然、山本についても話した。お互いを『戦友』と認識しているって伝えると、「そういうの……いいね」と微笑んでくれた。


 大分時間を置いてから帰宅してきた春香ちゃんに、報告しながら鍵を返す。すると春香ちゃんは、ぐしゃぐしゃの顔になって「お兄ぢゃん、よがっだねえ……!」と日向の二の腕をバンバン叩いていた。痛そう。


 こうして日向と俺は想いを通じ合わせ、晴れて付き合うことになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る