33 悩み事
まさかまさかの山本からの告白の後、呆然としながらも図書室に向かった。
課題を前にシャーペンを持っても、ちっとも進まない。
山本が悩んでいる風だったのは、俺のことが好きだったからだったんだ。二年の佐藤といい感じなのかな? なんて思ってたから、意外すぎて心底驚いた。
ただ、思い当たる節がなさすぎる。一度だって特別な好意を感じたことはなかったし、俺のやる気がなかった情けないところを見続けていたのも山本だ。
「まさか、駄目すぎて放っておけない、とか……?」
この考えなら、不本意ではあるけどある程度納得はできる。基本山本は変わってるからな。それでも、とってもいい奴だ。
第一、ビビリな俺が素で接することができる貴重な人間だ。はっきり言って、日向以外で連絡を取る同級生は山本しかいないから、貴重も貴重、珍獣レベルなんだよな。
だから、そんな山本が俺のことが好きと言ってくれたのは、純粋に嬉しかった。山本のことは信頼してるし、こんなビビリな俺でもいいって思ってくれたのなら、そりゃ嬉しいに決まってる。
――だけど。
俺は日向への恋心を自覚したばかりだ。例え現実的には日向とうまくいく可能性なんてゼロに近いとしても、簡単に日向を諦めてその代わりに山本と――なんて自分にも山本にも嘘を吐くような酷いことはできないし、したくもない。
だから、告白されたのは嬉しかったけど、きちんと断ろうと思ってたんだ。なのに、山本は逃げるように走り去ってしまった。明日、またどこかで山本を掴まえて返事をしないとだ。でも、一日保留にされた分、正直なところとっても気が重かった。
もしかしたら、断ったら泣かれるのかも……。
考えると、気が滅入る。でも、ちゃんと嬉しかったことも伝えたら、山本も理解してくれるかな。
ただ、俺に好きな人がいることを話したら、相手は誰って聞かれるかもしれない。俺が恋している相手が同性の日向だと知ったら、山本はどんな反応を示すんだろうか。分からないから怖い。
これまでは仲良くしてくれていた山本が、俺を軽蔑して離れていってしまったら。俺の最後の砦だった映画研究部にすら行くのが辛くなるかもしれない。俺が辞めたら部の存続が危うくなるから、籍は残したままになるだろうけど。
ただの数字になり果てるくらいだったら、伝えたくない。だとしたら、俺に好きな人がいるのかと聞かれてもいないと答えるべきだろう。でも、そうすると告白を断る根拠が薄くなる。山本だから嫌なんじゃない、日向じゃないから付き合わないんだけど、それを誤魔化して円満に振る方法ってなに? 経験がなさすぎてマジで分からない。
それとも、振った癖にこれまで通り仲良くやりたいなんていう考えが甘いんだろうか。
でも、俺は友情を失いたくない。どうしよう。本気で分からないよ。
「うーん……」
知らない間に、俺はウンウンと唸っていたらしい。
ふ、と手元が翳ったのに気が付き、顔を上げる。俺の真後ろにいつの間にか立っていた日向が、真上から見下ろしていた。逆光の眼光が鋭すぎる。
「わっ」
近付いていたことに全く気付かなかった俺は、言葉通り飛び上がる。日向が、目元を小さく緩ませた。あ、この表情好き。
「井出、唸ってたけどどうしたの?」
「びっくりしたあ! 気配消すなって!」
「脅かそうと思って」
「めっちゃ驚いた」
笑顔を見せると、日向も嬉しそうに微笑み返してくれる。へへ、仏頂面の日向が俺にだけは笑ってくれるのって、なんか特別感があってすっげー嬉しい。
「今日の課題、そんなに難しかった?」
全く進んでいない課題をチラッと見た日向の問いかけに、軽く首を横に振った。
「あ、いや、課題の内容がどうっていうのじゃなくて、ちょっと悩み事っていうか」
課題と文房具をリュックの中に突っ込みながら、ヘラヘラしつつ答える。立ち上がって椅子を机側に押すと、日向の隣に立ってリュックを背負った。
俺の言葉を聞いた日向が、至近距離で俺の顔を覗き込む。
「悩み事って……どうしたの」
あ、眉間に物凄い皺が寄っちゃった。とっても心配してくれてるんだなあと思うと、何も教えないのもどうなのかという気持ちになる。
と同時に、俺が女子に告白されたことを日向はどう感じるのか、知りたくなった。……俺は狡い人間だ。山本からの精一杯の告白を、日向の気持ちを知る為に利用しようとしているんだから。
でも、そうでもしないとこれまで恋愛について一切話してこなかった俺たちだ。延々とこのまま恋愛の話なんてしないまま高校生が終わってしまう可能性だってなきにしもあらず。
ごめん、山本――。心の中で山本に謝罪した。日向の反応が、どうしても見たいんだ。
図書室を出ると、窓の外が薄暗くなった廊下を並んで歩く。話の切り出し方が分からなくて、俺は相変わらず無言のままだ。さっきから、日向の鋭い視線をひしひし感じている。うう。
「あー……えっと、そのだな」
「うん。井出の悩み、聞かせて」
グイグイくる日向は、今日も健在だ。
上履きを履き替えて、外に出る。校門に向かう最中、とうとう覚悟を決めて口を開いた。
「あの、放課後にさ、映画研究部の部長にその、呼び出されたんだ」
「……うん」
横目でちらりと見たら、眉間の皺がすっごい深かった。だから怖いって!
「ほら、俺って怪我して二週間部活に行ってなかっただろ? 一応こんなんでも副部長だし、三年は部長と俺だけだし」
「うん」
声が低いよ!? なんか怒ってない!? ビビりながらも、恐る恐る続ける。
「で、話したそうだったから、部活の悩み事かなって思って話を聞くことになったんだけど――違って」
「え? 違った?」
日向の眉間にもっと深い皺が寄った。これって俺をガン見してる顔!? それともキレてる顔!? 違いが分からない男でごめん!
「う、うん」
「教えて、井出」
やっぱり日向はグイグイくる。だけど、これって本当に日向に言っちゃっていいんだろうかと段々不安になってきた。なんか機嫌悪そうだし。あ、日向に言わないで他の奴と会ってたから!? うわ、自分で言っていて自惚れ具合がヤバすぎる! ごめん今のは嘘です、調子に乗りました!
またもや無言の中、校門を通り過ぎる。
……それに、馬鹿な俺は、話し始めてから気付いたんだ。
ここで日向が「よかったな」とかいう言葉を笑顔で言ったら、俺はとてもじゃないけど立ち直れないってことに。
こんな話、やめときゃよかった。何がどんな顔をするか見てみたい、だ。山本のことも利用して、俺は最低野郎だ。
「あの……あ、やっぱり」
「言って」
ひええ。有無を言わさない感が凄い。
心底ビビリながら、横目で窺うように日向を見た。
「ええと……だなあ……っ」
「聞かせて」
退路を断つような日向の言葉に、これ以上引き延ばせないことを悟る。
どうしよう、日向の顔を見ながら話すべきか、それとも見ない方がいいのか。
結局ビビリな性格をちっとも直せない俺は、足許をぼんやりと見つめたまま、覚悟を決めた。
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