32 告白

 二人とも鼓動が滅茶苦茶速いのってどういうことだよ!? とパニックになってしまった俺だったけど、日向の心音を聞いている内に少しずつ頭が冷えてきた。


 俺の鼓動が速いのは、日向にぎゅっとされてしまったからだ。


 だけどよく考えたら、日向の鼓動はいつも小動物並みに速い。つまりこれは日向のいつもの鼓動のスピードなんじゃないかって気付いたんだ。途端、自分でも驚くくらい凹んだ。


 そもそも、俺は日向が好きだけど、きっと日向の好きの種類は俺とは違うんだから。一瞬でも期待して喜んだ自分が馬鹿みたいだ。


 いくら日向が驚くほど俺に優しくて好意を惜しげもなく見せてくれていても、同性の友達である俺から恋愛感情を向けられていると知ったら、これまでのように抱き締めたりしてくれなくなるんじゃないか。いや、それどころか、「気持ち悪い」って思われて友達すら止めようと言われたら――。


 さっきまで呑気に「日向と一緒にいれば好きになってもらえるかも」なんて浅はかなことを考えていた自分が、心底嫌になった。


 だって、一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、俺を偽る時間は増えていくじゃないか。俺がずっと日向に嘘を吐いていたと日向に知られたら、日向はきっと悲しむ。友情だと思っていたものが恋愛感情だったと気付かれたら、俺は裏切り者として好きな相手の信頼も友情も同時に失ってしまうことになってしまう。


 そんなの、絶対嫌だ。


 でもじゃあ、どうしたらいいんだよ。


 当たって砕けろで日向に告白して、ようやく手に入れた幸せな時間を失うか。それともこのままずっと黙って日向の隣に居続けて、自分の恋心が消えていくのをただひたすら待つか。


 だけど日向の隣にいたら、諦めるなんて無理だ。絶対にもっと好きになる未来しか見えない。


 悶々と考え込んでいたら、日向が「井出、次だよ」と教えてくれたことで、一気に現実に引き戻される。


「あ、うん」


 どんな表情をしたらいいのか分からなくて微妙な笑みを浮かべると、日向の切れ長の目が驚いたように見開かれた。


「井出、具合が悪くなった!?」

「え、いや別に――」


 どうやら俺は、大分浮かない表情をしていたらしい。友達思いの日向は、俺の些細な変化も瞬時に見分けて、こうして心配してくれる。凄くいい奴だ。こんないい奴を俺は騙し続けないといけないのか? 罪悪感が半端ない。


 それでもやっぱり、嘘を吐いてでも日向の隣にいたい。もう日向がいない生活になんて戻りたくなかった。

 

「降りたら休憩しよう、何だったらおんぶしても――」


 慌てた様子で提案してくる、日向の優しさが嬉しい。おんぶは嫌だけど。


 今度はちゃんとした笑顔になった。


「おんぶは嫌だってば。日向ってすぐに俺のことを持ち上げようとするよな、あは」


 明るくなった俺の表情を見たからか、日向がホッとしたような顔で小さく笑う。


「……うん。そうだね」

「認めるのかよ!」

「うん。持ち歩いた方が安心するし」

「俺は物か!」


 あははと笑い合うと、やっぱりどうしてもこの時間を失いたくはないと思ってしまった。それによく考えたら、俺たちは高校三年生だ。頭がよくて絵も描ける日向の進路と、可もなく不可もなくな平凡の王道を行く俺の進路は、多分違ってくるだろうから。


 だったらせめて、卒業までは友達のままでいいから一緒に過ごしたい。それで卒業式に告白をするんだ。どうせ振られるだろうけど、今度こそちゃんと伝えられたら、きっと新たな一歩が踏み出せる筈だから。


 電車がホームに滑り込む。


 重力で、日向の身体に俺の身体が押し付けられていく。日向の体温をできるだけ感じたかった俺は、静かに瞼を閉じた。



 放課後。


 美術部に向かう日向と別れて、旧校舎にある映研部の部室、視聴覚室に足を向ける。


 日向とは、部活が終わった時点で図書室で落ち合うことになっていた。課題が出たので、いい機会だから今日の内に片付けてしまおうと考えている。まだいつモデルをやるかは決めてないけど、日向が描きたいと言った時に課題が終わってないと悪いし。


 それにモデルになれば、日向と長い時間一緒にいられる。だったら課題の提出期限はまだ先だけどさっさと済ませてしまおうという魂胆だった。


 部活に力を入れ始めた時と全く同じ下心満載なやる気ではあるけど、動機はどうであれ課題が片付くのはいいことだからいいんだ。きっと。


 卒業までの間に日向との仲をもっと深めていったら、もしかしてひょっとしたら何かの奇跡が起きて日向が俺を恋愛的に好きになってくれる可能性だってゼロじゃないかもしれない。だって、あんなに俺のことが好きだと言い切ってるんだから。


 問題の先送りをしているだけなんじゃないかって思ったりもした。だけど、今焦って失敗の確率を上げるよりも、ギリギリまで関係をよくし続けて告白した方がいい気がした。


 そうしたらまだ暫くは日向のことを好きでいられるし、日向とも楽しく過ごすことができる。だからいいんだ、日向の心を手に入れられなくても。今を楽しみたいなら、欲張り過ぎちゃ駄目だから。


 そんなことを考えながら歩いていると、視聴覚室の前でドアにもたれかかって俯いている山本の姿を発見した。


「山本! 待った?」


 笑顔で駆け寄る。山本はハッとしたように顔を上げると、辺りを確認するようにキョロキョロした。


「場所はここでいい?」


 にこやかに尋ねると、緊張した面持ちの山本が、こくりと深く頷く。


 壁に寄りかかっていた山本の隣に、俺も同じように寄りかかった。ほら、正面を向いて話を聞くとプレッシャーかもなって思ってさ。


 ……なんだけど、山本が一向に話し始めない。どうしよう、言い出すまで待った方がいいのか、それともつついた方がいいのか。


 と、山本がごくんと喉を鳴らした後に、横目で俺を見た。


「い、井出」

「うん、聞いてるよ」


 顔を山本の方に向けると、山本の顔が真っ赤になっているのが分かった。あれれ? もしかしてこれって恋愛相談だったりして? そういや山本と二年の佐藤って仲がよさそうだし、そういうこと? とどこか期待して次の言葉を待っていると。


 真っ直ぐな眉をキリリとさせた山本が、意を決したように言った。


「じ、実は私」

「うん」

「いっ、井出のことが好きなんだ!」

「うん――……えっ!? お、俺!?」


 驚き過ぎて飛び上がると、山本は拳を握り締めながら続ける。


「だからっ、で、できたら付き合ってほしい!」

「あの、俺――」

「あ、返事は明日でいいかな!? 今日はもういっぱいいっぱいで聞けないと思うからっ!」

「え、山も――」

「じゃっ、また明日!」


 山本は勢いよくパッと離れると、そのまま凄い勢いで渡り廊下を走って行ってしまった。


「……え、えええええっ!?」


 全く予想だにしていなかった展開に、ひとり残された俺はぽかんと口を開けて叫んだのだった。

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