31 気付いてしまったかもしれない
家に帰って落ち着いてから、改めて山本にメッセージを送ってみた。
すぐに既読がついて、『明日の放課後に少し時間ない?』と返事がくる。
明日は映研部は活動がないけど、美術部はある。元々日向を待つ間は図書室で過ごすつもりだったので、問題はなかった。
『いいよ。場所はどうする?』と返すと、これまたすぐに既読がつく。
『部室の前で待っててくれる?』
『分かった。じゃ、明日な!』
そう返すと、画面を切り替えた。これでよし、と。どんな悩みかは分からないけど、とにかく誠心誠意聞いてみよう。女子は話を聞いてあげるだけでもいいって聞いたこともあるしな。
指を動かして、未読メッセージを確認する。さっき日向からメッセージが届いているのは知っていたけど、まだ確認していなかった。
二人の人間から同時に連絡があるなんて、ぼっちだった俺にはこれまでならあり得ない状況だ。要はどういうことかと言うと、つい慌てて誤爆する可能性が高い。まあ間違えたからといって拙い内容はないと思うけど、慣れないことをして慌てたくはなかった。
頭の中を切り替えてから、日向からのメッセージを開く。ニヤリとした白猫が『お疲れ様!』と腰を振っているスタンプだった。
「ブハッ、何だよこの顔! ていうかどんだけ種類あるんだよ、白猫スタンプ!」
ニヤニヤしながら、『日向のスタンプいいな、俺も欲しい』と送る。すると早速日向から、『モデルの報酬に新しく描くよ』返ってきたじゃないか。えっ、マジで!?
『白猫は春香に描かされたから、女子向けなのも多いから。こんなのとか』
と届いた次の瞬間、ハートを沢山浮かばせて『好き!』と身体をくねっている白猫のスタンプが送られてきた。うお……っ、ま、まさかこれ、相澤に送る為に……?
今度機会があったら相澤に聞いてみようか。でも滅茶苦茶照れそうだからやめておこうかな。
『確かに』
とさらりと返す。
『殆どこんなのばっかりだよ。俺が使ってるのはごく一部』
そうなんだ。て、何種類春香ちゃんに作らされたんだよ。本当、この兄妹って仲いいよなあ。というか、妹の方が強いというか。
『そっか! じゃあ大変かもだけどお願いしたい!』
と送ると、ぽんと返ってきた言葉は、こんなものだった。
『井出の好きなキャラとか動物教えて』
ええっ!? 急に言われても思いつかない! て、スタンプのオーダーメイドって凄くね!?
まさかの展開に、その瞬間俺の頭の中は真っ白になってしまった。そして、咄嗟に打ったのは。
『ドーベルマン!』
あ、しまった。これじゃまるで俺がドーベルマン好きみたいじゃないか。
『ドーベルマンが好きなの? 意外』
あ、うあ、す、好きなのか俺……? そりゃキリリとした顔をしてるのにきゅうん、と凹んだように見える瞬間とかは思わず撫でたくなるくらいは可愛いとは思うけど……!
パニック状態になってしまった俺は、とにかく何か返事をしないと、と焦りまくる。
『すげー好き!』
短い言葉を打って送信した後、自分で自分の行動に驚いて、思わず両手で口許を押さえた。えっ!? 俺ってそうなの!? え、でも、だって日向は友達で、距離が近いと思ってたのも今どきは当たり前の距離感だった訳だし、その、その……!
日向から、『了解! ほしい台詞とか、また明日教えて』と返ってきたので、俺も『わかった』と短く返した。
お互いにお休みを言い合って、会話を終了させる。
スマホを凝視しながら、俺は心臓をバクバク言わせて固まっていた。
「は……っ、は……っ」
息をすることすら苦しい。
心臓の高鳴りの意味は、恋をしているということを指すって書いてあった。
俺は日向にぎゅっとされても、ちっとも嫌じゃない。物凄くドキドキはするけど、むしろ温かい体温を感じられるのが好きだ。
そして、咄嗟に答えた『ドーベルマン』。
これらを全て統合して導き出される答えは――。
「俺……日向に恋しちゃってるじゃん……」
震える呟きが、空気中に消えていった。
◇
翌朝、例によって俺は日向の腕の中に包まれていた。
なんでいつもは空いてる時間なのにこんなに混んでるんだよ! と心の中でブチブチ文句を言いまくる。原因は、ちょっと前に踏切で立ち往生した車があったせいらしいけど。あー、もう!
日向への恋心を自覚してしまった翌日からいきなりこれなんて、世の中は俺の心臓をぶっ壊すつもりなのか。マジで心臓が口から飛び出してきそうだった。
くっつきすぎて心臓の音がバレたらと思って隙間を作ろうとすると、日向が抱き寄せてくるのは本当に勘弁してもらいたい。学校がある駅までの間に俺の心臓が耐えられなくなったら、原因は日向との密着のせいだ。
くそう、俺の心臓は日向と世の中に殺される運命にあるのか……!
俺の頭頂を、いつぞやのように日向の顎がトントンノックする。
「井出、潰れてない?」
「むぐ」
四方八方から押されて日向の弾力のある胸筋に顔面を押し付けられている俺は、そう返す他なかった。
上を向くと、漏れなく日向の睨みを利かせたご尊顔がお目見えする。ただでさえ密着しまくって息苦しいっていうのに、顔を見上げながらハアハアいってたら完全にヤバい奴じゃん、俺。
ということでせめて日向の顔を見ないで済むよう正面を向いたら、これはこれで色々と拙かった。
問題は、これだ。
夏服開始日の指定が特にないうちの学校は、天候に合わせて夏服と冬服を選ぶことができる。
日向は今日から、半袖の黒いポロシャツ姿だった。俺はというと、「去年着たポロシャツどこだったっけ? あ、あった、でもなんか小さい! 母さーん!」ということが昨日の夜にあったので、まだ長袖のままだ。あるあるな確認不足ってやつで、もうたっぷり母さんに叱られている。
まあそんな訳で、この前まではアンダーシャツにシャツに更にブレザーとそれなりにあった日向との距離が、今日からポロシャツ一枚になってしまっている。
つまり、日向の体温がもろに伝わってくる。日向が呼吸をすると上下する胸に、恋を自覚したばかりの俺が平常心でいられる訳がないんだよ!
だって日向は男だし、でも春香ちゃんのことを好きだと思ったのだって昔の日向の面影があったのが原因みたいだし、じゃあ俺って昔から日向が大好きなんじゃんと気付いたら、もう叫びたいくらい堪らなくなってしまった昨夜。
実際に枕に顔面を押し付けて叫んだけど、ドキドキは収まらなかった。
そして、恋心に気付いた次に気になってくるのが、日向の気持ちだ。
日向は、俺のことが好きだ。でも多分、それは友達として。だけど、俺だって最初は日向のことは別に好きと思っていなかった。だけど今はこんなに大好きなんだから、もしかして日向だって俺のことを恋愛的に好きになる可能性はあるんじゃないか――と考えたんだ。
なら、これから先、毎日過ごす時間を積み重ねていけば、もっと好きになってもらえるかも。
だったら、ここは焦らず慎重に――と考えたところでの、この密着だ。もう無理。嬉しいんだけど苦しい。
「うう……っ」
「井出、大丈夫?」
心配そうな声が優しく降ってくる。
「う、うん……」
いや、心臓が飛び出しそうで酸欠になりそうです。
このままだと、まじで酸欠になるかもしれない。正面を向くのをやめ、顔を横に向けることにした。うん、これなら少し呼吸はしやすいかも。
耳と頬に押し当てられている日向の熱が、恥ずかしくて仕方ないのに嬉しいなんて、俺はおかしいのかもしれない。
トクトクトクと小動物のような心音は、きっと俺のだろう。あー、日向に聞こえたら嫌だなあ。
その体勢のまま、心頭滅却しようと目を閉じる。
……すると、トクトクトクという早い鼓動がふたつ存在していることに気付いたんだ。
ひとつは当然俺のだ。もうひとつは、日向の――と考えるのがこの場合は自然だろう。
思い出されるのは、『その人といるとドキドキしていたら、それは恋です』という言葉だ。
「え」
「どうした?」
「あ、いや、大丈夫……! 忘れ物したかなって思ったけど平気だった!」
「そっか」
「うん」
……え、やっぱりもしかして、もしかする!?
気付いた可能性に、俺の脳みそは完全にパニック状態になってしまったのだった。
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