28 トュンク

 月曜日になった。


 今日から日向が家まで迎えに来てくれることはなくなったけど、代わりに電車の中で落ち合うことになっている。


 これまでは怪我をしていた俺の歩みが牛の如しだったので、それなりに早い時間帯の電車に乗っていた。その時、怪我をするまではかなりギュウギュウの箱詰め状態の通学だったけど、三十分早めるだけでかなり空いていることに気付いた。


 ということで、日向と時間を決める際、「喋りながらのんびり行こうよ」という話になったんだ。


 今となっては、それでよかったと思う。


 だってさ、よく考えてみたら、ギュウギュウの電車に乗ったら、間違いなく日向は俺を庇おうとするだろ? そうしたら絶対、俺は日向の腕の中に包まれてぎゅっとされることになる。そんな時、俺のドキドキしているのが日向に伝わったらどうする!? 無理だ。更にドキドキが酷くなって、呼吸ができなくなって酸欠になる未来しか見えない。


 窓際から、日向の住む町がどんどん近付いてきている様を眺める。日向のことだから、きっともうホームで待っている筈だ。


 日向が乗ってきたら、俺はどんな顔をすればいいんだろう。母さんに指摘された時みたいに、顔が真っ赤にならないか心配で仕方なかった。


 日向が俺に恋をしているかもしれない、という可能性に気付いた先週末。


 思い返せば返すほど、日向の距離感は「そうなんじゃないか」と俺に思わせるものばかりに思えた。「あれ!? まさかあれもそうだった!?」「あれももしかして!?」と気付く度に悶絶しては、ベッドの上で転げ回り、最終的にベッドから落ちた。


 だけど、これは確証じゃない。だって、春香ちゃんが言っていた。日向は物凄い口下手だと。俺だってそう思う。うまく言葉がぽんと出てこないから、ああも突飛な行動ばかりが突然飛び出してきてるんじゃないかというのが俺の推測だ。


 つまりだ。裏を返せば、いや実際は裏返ってるのかもよく分からないけど、俺のことを好きだと言っている言葉に嘘はないとしても、本人はあくまで俺のことを友達として好きな可能性だって十分にあり得る訳だ。好きの言葉の前に、「最高のマブダチとして」って実は括弧が入ってるかもしれないだろ。


 ふたつめ。日向の口下手具合を見ると、俺に負けず劣らずのぼっち具合だということが分かる。二週間一緒に過ごしてみて分かった。学校に、日向が親しくしている人間は俺以外にいない。俺に付き添う為に休んでいた美術部にはもしかしたらそれなりに仲のいい人がいるのかもしれないけど、教室に様子を見に来るとかいった人間は皆無だった。


 そこで有力になってくるのが、日向に友達になりたいと言われて有頂天になった俺の経験から可能性に気付いた、「日向も友達がいなさすぎたせいで距離感がよく分かんなくなってる」説だ。


 だってさ、考えてもみろよ。強面だろうが無口だろうがどこからどう見てもイケメンの日向に対して、俺はどこからどう見ても平凡の王道を行くぼっちだぞ。


 百歩譲って友達としては大大大好きでいてくれているとしても、恋愛っていうのはまた別の話だ。俺がイケメンな日向を恋愛的に好きだと言っても世間は納得できるだろうけど、逆はお前自惚れ過ぎんなよってことになると考えて間違いない。だって俺だぞ?


 そう考えると、日向が俺を恋愛的に好きなんじゃないかなんて考えるのは図々しいにもほどがあるし、そんなことを一瞬でも俺に思われてしまった日向に会わす顔もない。


 でも、やっぱり理由はよく分からないけど思わず勘違いしちゃうくらいには俺のことを気に入ってくれてるのは確かみたいだし、またああいうゼロ距離の接触があった時、俺は平常心を保てる自信が一切なかった。


「――出」


 俺だけが赤面したら、日向は俺のことを自意識過剰だって思うかな。あの距離はどう考えたって近すぎるから、日向に「近いよ」って言ったらどうかとも思う。だけど、それもまた自意識過剰って思われそうだし、うーん、迷う。


 そんなことを考えながら悶々としていると。


「井出!」


 突然目の前に、たった今この瞬間まで考えていた相手の顔のアップが現れて、ギョッとする。


「えっ? あれっ、もう駅に着いたの!?」

「どうした? ぼーっとして」


 日向は心配顔だ。うわ、電車がホームで止まっていたことすら気付いていなかった。


「えっ!? いや、あはは、き、昨日ちょっと夜更かししちゃって!」


 これは嘘だ。日向との待ち合わせに絶対遅れたくなくて、万全を期して昨日は十時台に就寝している。


「あ、おはよ、ひな――どぅあっ!?」


 いつもは大して混まないのに、どこかに登山にでも行くのか、登山ルックをしたおばさまの集団が乗り込んできた。小さいのにパワフルで、俺も日向もどんどん中へと押し込まれていく。


「井出っ」


 俺がバランスを崩すと、日向が慌てた様子で俺の腕を掴んだ。そのまま、日向の胸元に引き寄せられる。だけど、おばさま方の勢いは凄かった。


「あらー! 奥が空いてるじゃない! ほら、みんなこっちこっち!」「すみませーん! 詰めて下さーい!」なんて賑やかに喋りながら、通路の方に移動した俺たちを更に押していく。すげえ、遠慮のえの字もない……!


 おばさまのひとりに、背中に背負ったままの登山リュックで、背中を思い切り押された。


「ぐえ」

「井出……! 掴まって!」

「うう、悪い……」


 日向は片手で手すりの上のバーを余裕で掴むと、もう片方の腕を俺の背中に回してぎゅっと力を込める。日向ってば、やっぱり頼りになる、格好いいな……!


 日向のイケメン具合に、俺のハートがトュンク……と主張した。……て待て、俺の心臓! 何勝手にときめいてるんだよ!? 待て、待て待て待てってば!


「井出、しがみついて。足場がないからバランス悪い」

「わ、分かった……!」


 考える暇も与えられないままくっついていると、気恥ずかしさから叫びたくなってくる。でもそれをやったらどう考えたってヤバい奴だ。俺は日向のやっぱり小動物っぽい早い鼓動を布越しに聞きながら、心頭を滅却する為に他のことを考えることにする。


 そ、そうそう。ネットでは、男同士はハグも不快に思う率高しとあったよな。わっかるー。電車内で知らないおっさんと腕がくっつくだけで怖気が走るもんな。ということは、俺も漏れなくそうだってことだ。


 電車がガタンと揺れる。ぐらついた俺を、日向が力強く抱き寄せた。


「わ、悪い……っ」

「大丈夫」


 ……俺は今、とんでもないことに気付いてしまった。


 どうして俺は、同性の日向とくっついていてもちっとも嫌じゃないんだろう――? と。

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