15 育った日向

 小柄で可愛らしい顔立ちをしていた絵が上手だった佐藤と、高身長で体格もよく、いつも大体睨んでいるような目つきの日向。


 正直言って、あの時の彼が目の前にいる強面男子と同一人物だとは信じ難い。だけど確かに、あの子は春香ちゃんによく似ていた。なんせ顔が俺の好みだったから、俺の記憶に間違いはない。


 勿論あの子が男なのは分かっていたけど、なんか好きな顔って同性の芸能人でもあると思う。あの子の顔は、そういった意味でバッチリ俺の趣味ど真ん中だったんだ。


 ただ、俺は最初はあの子の描く絵に目を奪われたのだけはちゃんと主張しておきたい。すげー! と思って見ていたら、描いてる子の顔が好みだっただけの話だ。そもそもあの子の顔をまともに見られるようになったのは、隣に座る許可を得られてからだし。


 彼の姿を見かけなくなってしまってから、二年。春香ちゃんが映研部に仮入部してきた時、彼女の顔にどことなく懐かしさを覚えた。どこかで見た顔だな、というのが第一印象で、そのせいもあってか、最初から春香ちゃんのことが気になった。


 ――つまり俺は、日向の面影を春香ちゃんに重ねていた、ということになるのか?


 ぽかんと口を開けて、大分上の方にある日向の顔を改めて見つめる。


「……大きく育ったね」

「ふ……っ、第一声がそれ?」


 日向が、口許を手の甲で押さえながら小さく吹き出した。俺の素朴な感想のどこが面白かったのかは分からないけど、この感じを見る限り、忘れていたことに関して怒ってはいないみたいだ。よかった、と肩を撫で下ろす。


 言われてみれば、笑うとどことなくあの頃の面影があるかもしれない。滅多に見られない日向の笑顔に妙に惹かれると思ったら、そういうことだったのか。……俺はどれだけ日向の顔が好きなんだ。ブレない自分がおかしいやら小っ恥ずかしいやらだ。


 やがて笑顔を引っ込めた日向が、説明を進める。


「でも、そうだな。高校に入学した頃は、凄いチビだった。梅雨が始まって、なかなか校庭に出られなくなって、井出と会えなくなった。あの頃の俺……殆ど喋ってなかっただろ?」

「うん、そうだな」


 それは三年生になっても変わらないだろ、とは思ったけど、俺と過ごすようになってからの日向はそれなりに喋ってる方だと思う。比較の話だ。


「小中の頃は、あの見た目でチビで、私服を着てると女子に間違われることもあったんだ」

「まあ……普通に可愛かったし、分からなくはないな」


 日向は、目元を緩ませながら続ける。


「……喋るのは苦手だったし、趣味が絵だろ。からかう奴は相手にしなければ済んだけど、学年が上がるにつれて周りの人たちが変に絡んでくるようになってきて……それが凄く嫌だった」

「え? 絡まれるって?」


 眉を顰めて問い返すと、日向は少し苦しそうに答えた。


「その……色々な。だから高校に上がった時は、髪の毛を伸ばして顔が目立たないようにしてたんだ」


 色々というのが気になるところではあったけど、日向は詳細を語るつもりはないみたいだ。言いたくないようなことがあったんだろう。俺も無理に聞き出すことはしたくなかったので、そのまま流す。


「あ、そっか。だから髪の毛がモジャモジャな感じだったのか」

「うん。顔、よく見えなかったでしょ?」

「確かに」


 折角整った顔をしてるのに勿体ないなあと思っていたら、そんな理由だったのか。世の中、顔がよければいいってもんじゃないらしい。


 確かに可愛かったり綺麗過ぎると、望んでもない相手に言い寄られてストーカー行為もされて――とかもネットニュースで聞いたりする。平凡であることは、案外素晴らしいことなのかもしれない。たとえぼっちだとしても。少なくとも、望まない感情をぶつけられる機会は、美形よりも絶対平凡の方が少ないだろうし。


 目元をリラックスしたように緩ませたままの日向が、穏やかに続ける。


「だけど……井出は、俺じゃなくて絵を見てた。俺はそれが嬉しくて、井出のことは信用できるって思ったんだ。ただ、これまでのことで警戒心がなかなか薄れなくて……迷ってる間に、会えなくなった」


 なるほど、あの無口にはそういった理由があったのか。だとしたら、今も決してお喋りではないけど、あの頃に比べたら遥かに喋るようになっていることに納得できる。


 だけど正直なところ、俺は日向の言葉に戸惑っていた。


「ええと……だって、凄い上手かったじゃん。たださ、信用できるって言ってくれたのは嬉しいけど、俺だって日向の外見が大人しそうだなって思ったから近付いたのはあるよ。その……そんな買い被られても」

「でも、俺が声を掛けるまでは近付いてこなかった」


 きっぱりと言われて、迷いながらも肯定する。


「それはそう……だけど」


 でもそれは、俺がビビりな性格の持ち主で、他の奴らみたいに気軽に知らない人に声を掛けられない人間だったからに過ぎない。


 折角日向と友達になったのに、後でがっかりされて離れていかれるのは嫌だ。だけど、誤解されたまま仲良くなっていくのはもっと嫌だと思った。


 中学時代、俺は友達によく思われたくて、周りに合わせまくっていた。明らかに下に見られているような発言をされても、俺だけ連絡をもらえてなくて後でみんなで集まったと聞かされた時も、愛想笑いで全部誤魔化していた。


 心の中で、「なんでだよ!」と叫びながら。


 高校に入ってからは、中学時代の反省を活かして、媚びへつらうのはやめることにした。結果、ただの意見を言わない存在感のない奴にしかなれなかったけど、中学時代よりは遥かにマシだと思っている。


 だから、日向にこんなことを言えたのは、もしかしたらどこかで諦観があったのかもしれない。「これで離れていくなら仕方ない。またぼっちに戻るけど、下に見られるよりマシだし」って。


 なけなしの勇気を振り絞って、伝えた。


「俺……日向が思ってるような立派な人間じゃないんだ。単にビビりなだけの小心者だし、その……お前の考えてたような俺じゃなくて、ごめんな?」


 中学の頃は、どうしてもひとりになるのが怖かった。でも高校時代になってからは基本ひとりだったし、今の俺には映研部がある。例えあそこに失恋した相手と恋敵がいようとも、確かにあそこには俺の居場所があるから。

 

 日向が首を横に振る。


「井出は違う。だって、俺は知ってる。そもそも下心があって俺に近付いてくる奴は、俺の絵なんてどうでもいいんだ。褒めたら俺が喜ぶだろうとしか思ってないよ」

「そんなこと――」


 今度は強めに、日向がもう一度首を横に振った。


「ううん、あるんだ。それが透けて見えた瞬間、『またか』って毎回思った。そりゃあ井出だって、俺の顔を見てるなとは思ったけど」

「うっ」


 しっかりと把握されていたらしい。これは恥ずかしい……!


 俺が俯き加減になると、日向がくすりと笑った。


「でも、井出はやっぱり違った。この間スケッチブックを落としてばら撒いた時も、必死に追いかけてくれた。踏んだら物凄く謝ってくれた。それは井出が絵を道具だと見てない証拠だと思う」

「だって……大事なものだと思うだろ、普通」


 ううん、と日向は微笑みながら答える。


「落とす方が悪いって怒る奴だっているよ。見て見ぬふりをして通り過ぎる人も」


 そんな井出だから、今度こそ仲良くなりたいって思ったんだ。


 そう、日向は言った。

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