14 佐藤
そんなこんなで、帰り道。
ゆっくりと駅までの道を歩きながら、俺はようやく日向に尋ねた。
「あのさ、日向。さっきの『
「あ、あれは……っ」
いつもドーン! と構えている日向にしては珍しく、端整な男臭い顔には焦りが見える。
はっきり言って、俺は佐藤兄妹が何を話していたのか理解してないし、一年女子がああも興奮していた理由もさっぱり分かっていない。
山本も訳が分かってなさそうだったのでぼっち感は多少は薄れたけど、だからと言ってあまり気分のいいものじゃなかった。俺のように疎外感を極端に恐れるタイプには、特に。
沈黙したまま日向の返事を待っていると、とうとう観念したんだろう。ポツリ、ポツリと語り出した。
「あの……俺と井出、一年の時に会ってたの、覚えて……ない?」
「え? 一年の時?」
意外な内容に、首を傾げる。ええ、一年の時? こんな目立つ上に怖そうな雰囲気の日向に、ビビリな俺から話しかけたとは考えられにくい。とすると、日向からコンタクトがあった? いやでも、こんなインパクト大な日向に話しかけられたら絶対暫くは心臓がバックバクいってた筈だから、覚えてないなんてことはなあ。
「ええと、その」
「……覚えてないか」
「ちょ、ちょっと待って! 今思い出すから!」
俺は焦りに焦り、必死で記憶を呼び起こそうとする。だけど、どうしよう! 全く記憶がない!
「ええと、クラスは別だっただろ? 部活だって違うし、え、ごめん……分かんない」
申し訳なさで一杯になったけど、思い出せないものは思い出せない。素直に謝る他なかった。
すると日向が、「はあ……」と悲しげな溜息を吐く。居た堪れない罪悪感になんとか思い出してやりたいと願うも、ポンコツな俺の記憶力は過去に会っている筈の日向の片鱗すらも見せてはくれなかった。
眉間に皺が寄っているのにどこか悲しそうに見える日向の横顔を見て、俺は自分のアホな記憶力を呪った。折角友達になってくれたばかりなのに、早速これだなんて駄目すぎる。俺は日向という友達を早々に失いたくはないよ……!
「わ、悪い! 本当にごめん! 悪気はないんだけど、でも、え、どこで!? 学校だよな?」
「……うん、そうかもしれないなって思ってた」
「え、どういうこと?」
マジで日向が言いたいことが分からない。春香ちゃんが日向のことを「言葉足らず」で「遠慮なく突っ込んじゃっていい」とは言っていたけど、さっきちゃんと友達になったばかりの相手にそれは厳しいと思う。そんな大胆にいける性格だったら、とっくに友達に囲まれてるって。
なので代わりに、頼んでみることにした。
日向の袖を摘み、ツンと引っ張り、注意を俺に向けさせる。
「なあ日向、頼む。ちゃんと言ってくれないと、分からない」
「!」
何故か目を見開き、眉間にギュギュッと皺を寄せる日向。……日向が眉間に皺を寄せるのには、一体どういう意味があるんだろう。もう少し仲良くなったら、いつか聞いてみたい。
日向が、こくこくと小刻みに幾度も頷いた。
「せ、説明、する」
この作戦は効いたらしい。ほっとして、安堵の笑みが勝手に浮かぶ。
「うん、頼む」
「く……っ」
なのに、俺の笑顔を見た日向は、何故か反対側に顔を背けてしまったじゃないか。え? 俺の笑顔を見てその態度ってどういうこと? 春香ちゃん、言葉足らず以前に君のお兄ちゃんの行動の意味が全く分からないよ。教えて、佐藤先輩。
「ひ、日向?」
何か気に食わないことでもあったんだろうか。縋るような気持ちでもう一度ツンと袖を引っ張ると、日向が「わ、あ、うん」とようやくこちらに顔を向けた。顔が真っ赤になっている。大丈夫か?
「お……っ、俺と井出は、一学期の頃によく校庭で会っていたんだ」
「え? 校庭で?」
必死で記憶を手繰る。一年生の一学期といえば、クラスに馴染もうと思ってなかなかうまくいかなくて、中心グループの明るさに愛想笑いをするのも疲れて休憩時間になると外に出てた記憶がある。
そこで必ずと言っていいほど見かけたのは、小柄で可愛らしい顔をした男子がスケッチブックを広げて写生をしているところだった。
春香ちゃんに「絵が上手な人ってどう思います?」と聞かれた時に思い出した、梅雨の時期以降は見かけなくなって、結局どこのクラスの誰だったかも分からないままだった子だ。
最初の頃は、少し離れた場所から彼が絵を描く様子を眺めていた。それが何日も続いた時、ふと彼が振り返って、「……見る?」と意外にも低い声で声を掛けてくれてからは、会う度に隣に座っては華奢な手が見事な絵を描く様を夢中になって見続けた。
だけど、梅雨が始まると外では会えなくなる。梅雨が終わったらすぐに試験があって、「終わったー!」と思っていたら、そのまま夏休みに突入。最近会ってないなあ、でも二学期には会えるよな、と思っていたら、校庭の工事が夏休み期間中に終わらなくて二学期も続行。
結局そのまま、会わずじまいで終わってしまった。
その頃には俺も部活で映画研究部に入り浸るようになっていたから、相手も部活で忙しくなったのかな、なんて少し残念な気持ちになった記憶がある。それでも気になって、一年生の教室もそれとなく覗いて回ったけど、彼の姿は見つからなかった。
もしかしたら引っ越しちゃったのかな、なんて可能性も考えた。だったら、寂しくはあったけど仕方ないと徐々に諦めて、次第に記憶の片隅に追いやった。
彼の描く絵は、力強くて好きだった。鉛筆一本で真っ白な画用紙に景色が浮かび上がってくる様をワクワクしながら眺めているのが、クラスに馴染めず行き場がなかった俺の楽しみだったんだ。
彼の顔を思い出してみる。髪はちょっとボサボサ気味で、しかも大抵スケッチブックの方を向いて俯いていたからあまりはっきりは見ていないけど、かなり可愛い顔をしていたと思う。そう、丁度春香ちゃんみたいな――。
「……あれ?」
そうだ。忘れてたけど、「描いてるところ、見ていていい?」と聞いても無言で頷くだけで「凄いね」と聞いても無言のまま小さく笑うだけだった彼が、珍しく声を発したから印象に残っていたんだ。
「俺井出っていうんだ。お前名前は?」と尋ねたら、彼は言っていた。「……佐藤」と。
次の瞬間、俺の中で全てが繋がった。
「あ」
目を見開いて、不安そうな表情で俺を見下ろしている日向を見上げる。
「あ……あ、ああああ!? あの絵を描いてた、ちっこい佐藤!?」
日向が、こくりと頷いた。
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