11 強引な奴

 学校に到着して早々、クラスメイトたちに奇異の目を向けられた。


 まあそうだろうな。俺だって、高身長強面寡黙男子の日向が、これまで殆ど会話すらしたことのなかった男子オレの脇を恭しく支えながら登校してきたら、「何事か」とガッツリ見ると思う。


 でも、俺はふんわりぼっち、日向は完全ぼっちなので、誰も尋ねてきたりはしない。クラスに馴染めてないともいう。ま、まだ六月だし!


 日向に付き添われつつ俺の席まで無事に辿り着き、着席する。相変わらずの仏頂面で俺を見下ろしている日向に向かって、軽く手を上げた。


「日向、サンキュ。助かった」

「うん」


 ほんの少々だけど、日向の強面に笑みが浮かぶ。はじめは「下僕と呼んで」とか言われてビビったけど、話すようになって気付いた。こいつは実は、滅茶苦茶いい奴なんだ。わざわざ家にまで迎えに来て移動にも付き添ってくれるなんて、普通ほぼ顔見知り程度の相手にできることじゃない。


 こいつは絶対、雨の日に捨て猫に遭遇したら傘を差し出すか連れて帰るタイプだ、と確信する。


 勿論、こうやって俺が急に日向を見直したのには相応の理由があった。


 日向の突飛とも思える行動は、結果として大助かりだったのだ。


 最初、『送迎』すると宣言された時は、そこまでさせるほどのことじゃないと思った。それに、言葉を交わすようになったとはいえ、他人と距離を縮めるのはどうしたって抵抗がある。日向のような厳つい雰囲気の持ち主なら尚更だ。


 だけど、自分が怪我をしてみて、初めて気付いたんだ。エレベーターやエスカレーターのない場所が、如何に多いことかと。


 世の中バリアフリー化だなんだと謳っている割には、階段じゃないと進めない場所が多すぎる。日向の助けがなかったら、遅刻間違いなしだった。


 だから、余計に思ったんだ。日向が強引な奴でよかったと。


 医者によると、最初の三日間は固定して安静にすべし。腫れが収まってきたら、今度は少しずつ動かすといいらしい。今回、足首の靭帯に損傷はなかったので、無理をしなければ二週間ほどで完治するとのことだった。


 俺の場合、二段階で怪我をしてしまったので、一応今日で三日目となる。だから朝、頑張って自分で固定しようと試みていた訳だ。まあ、結局うまくいかなかったんだけど。


 週末の間はほぼ動かず安静にしてたお陰か、腫れも痛みも大分治まってきていた。この調子なら完治までそうかからないかもしれない。


 リュックから教科書類を出していると、ツン、と右腕の肘の辺りを引かれる。


 お、デジャヴ? と思いながら横を向いた。眉間に皺を寄せている癖にどことなく心配そうな表情にも見える日向が、ボソボソと尋ねてくる。


「井出。学校に連絡は?」

「あ、母さんが朝の内に電話を一本入れておいてくれる話になってるから大丈夫!」

「そうか」


 日向が、安心したような息を吐いた。


「あ、でも部活だけは自分で連絡を入れないといけないから、今日授業が終わったら言いにいかないとなんだけどな」


 日向がこくりと頷く。


「分かった。付き添う」

「悪いな」

「いや、全然」


 映画を観るだけの緩い部活だ。参加しようと思えばできた。だけど、送迎すると言い切っている日向を延々と待たせるのはさすがに気が引ける。


 それに正直なところ、失恋したばかりで付き合っている当人たちと同じ部屋で過ごすのは、メンタル的にきつかった。どんな拷問だって気持ちになるだろうなって思ったから、日向のお世話になる間は潔く部活を休むことに決めたのだ。と言っても、たかが数日のことだけど。


 頬杖を突きながら、ぼんやりと窓の外を眺める。


 昨日並べられていたテントはなくなっているものの、応援旗はまだ飾られたままだ。兵どもが夢の跡っていうか、終わってしまった感が漂っていて物悲しさを誘う。


 ホームルームの時間を告げるチャイムが鳴ったので、前に向き直った。体育祭で活躍を見せていた陽キャたちが、教師が来ていないのをいいことに立ったまま楽しそうにお喋りを続けている。周りの女子生徒も、「先生来ちゃうよー?」と呆れた声を掛けながらも、どこか楽しそうな雰囲気でそいつらを見守っている。


 ……あいつらは悩みなさそうでいいなあ。


 青春を謳歌とは、正にあいつらのような人間を指す言葉なんだと思う。できることなら、俺だってあいつらみたいに呑気に笑ってみたかった。


「こんなことを言ったらハブられるかもしれない」なんて不安を覚えることもなく友達とはしゃげるなんて、一体どれだけ心臓が強かったらできるんだろう。俺だって小学生の頃はできていたことだけど、最早どうして平気でいられたのかすら思い出せない。


 虐められた訳じゃない。いてもいなくてもいい、金魚のフンだと思われただけだ。嫌われたくなくて、切り離されたくなくて、からかわれたと分かってもヘラヘラ笑って媚びる自分が心底嫌だった。だけど、ひとりになるのは怖かった。だから情けなく縋った、中学時代。今思えば、あいつらもさぞやうざかったと思う。


 うざい奴から卒業したくて、誰かに固執しちゃ駄目だと思って過ごした高校生活。廊下で会ったら立ち止まって話す程度の仲の奴はできたけど、彼らの隣には決まって俺以外の誰か、もっと仲がよさそうな奴がいた。


 俺がビビりなままでグイグイいかない限り、この先一生彼女や親友なんてできないのかもなあ……。


 考えていたら、虚しくなってきた。


「はあ……」


 思わず溜息を吐くと、ふと視線を感じて真横を向く。


 やっぱり眉間に皺を寄せている日向が、俺をガン見していた。だからさ、怖いから。


「……痛む?」


 俺の溜息を、足首が痛むせいだと思ったらしい。ふは、本当いい奴。


「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」


 登校するだけで体力を消耗したのは事実なので、笑顔で誤魔化しながら答える。


「……痛かったら言って。保健室に連れて行くから」

「ん。分かった。ありがと」


 睨んでる癖に日頃はキリリとした眉が八の字に垂れるのを見ていたら、ドーベルマンがキュンキュン言っているような錯覚に陥った。あ、何かに似てると思ったら、ドーベルマンか。なんかスッキリ。


 現金なもので、心配の声を掛けられたからか、さっきまで落ち込んでいた気分がふわりと浮上してくる。


「ほらー! 着席しろー!」


 担任の教師が入ってきた。立って喋っていた陽キャたちが、笑いながら急いで席につく。


 教師の点呼が始まった。頬杖を突いたまま、ぼんやりと前方を眺める。


 楽しそうに目配せしたり、小声で会話を交わすクラスメイトたち。俺はいつだって傍観者でしかなくて、体育祭の時に輪に入れたと思ったのは、特殊な場で起きた妙な一体感のお陰だったんだろうと思う。


 グイグイ強引にいけるような図太さが俺にもあればな――と諦観のように、それでも未練がましく考えていると、ふと「グイグイ」と「強引」のワードに既視感を覚えた。……うん、そのワード、最近よく俺が使ってるよね。


 ……目だけを動かして、横の強面男子を見る。


 姿勢良く座り前を真っ直ぐに見ている日向の姿は、なんというか、生真面目な武士を思わせる感じって言えば近いかもしれない。


 そして、俺は気付いたんだ。


「すぐ隣にいるじゃん、グイグイきて強引な奴が」と。

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