2 映画研究部
訳の分からないクラスメイト、佐藤
モヤモヤはずっと消えちゃくれないが、そんなことよりも、俺にはもっと大事なことがあるのだ。――そう。夢で見たあの場面を春香ちゃんと再現する、という超重要ミッションだ。
放課後になるとすぐ、映研の部室、視聴覚室へ足早に向かう。
これまでの二年間は、正直惰性で参加していた自覚はあった。要は熱心でない部員だったけど、今年の俺はひと味違う。
動機が不純だけど、理由はどうあれ熱心に参加しているなら別に問題ない筈だ。俺は春香ちゃんに凄いって褒められたい。
教室のある四階から階段を一段飛ばしに下りていき、三階の渡り廊下から旧校舎側に入る。旧校舎にある視聴覚室は、今は映研しか使っていない。備え付けのプロジェクターはかなり年季が入っていて、使うと異音がする。多分、寿命は近い。
ちなみに新校舎に新たに作られたレクリエーションルームには大きなプロジェクターがあって、そちらは新しく、性能もいい。
部活に必須な道具なんだからうちにも予算を回してほしいもんだけど、予算の大半はサッカーとかの所謂花形に大半を振り分けられている。悲しい。
そんなとりとめもないことを考えている内に、視聴覚室に到着した。
ガラ、と扉を開ける。
「こんちはー」
一年女子三人と女部長の山本が、一斉に俺を振り返った。
早速、春香ちゃんが俺に笑いかける。
「あっ、井出先輩、お疲れ様です!」
一年生女子である、ショートヘアの俺より背の高い通称「王子」こと姫野さんと、眼鏡におさげという如何にも文系な八坂さんが、少し遅れてペコリと会釈してきた。そしてすぐさま、二人で目配せをして頷き合う。
……この二人、俺を見た後によくこういう態度を取るんだよな。気になるけど聞けない。だってしつこい男って嫌われるって聞くし。
嫌われている感触はなく、むしろなんとなく生暖かさを感じるから、「もしかして春香ちゃんが恋愛相談をこの二人に……?」なんてちょっと期待してたりして。
ボブ頭のキリリとした眉が特徴的な山本が、満足そうに頷く。
「最近はちゃんと時間通りに来るようになったじゃん。偉い偉い」
「一応、副部長だしな」
春香ちゃんの存在に浮かれていることを悟られないように、何気ない表情で鞄を机の上に置いた。
「今日はこれで全員か?」
俺の質問に、山本が答える。
「そう。二年は今日は校外学習でいないからね」
「あ、そうだっけ」
あれ、あの一年の男子はまだ来てないのかな? と思ったら、女子に紛れて一年の唯一の男子、
相澤は、大人しそうな、ちょっとばかり可愛い顔をした細身の男子だ。身長も俺より低く、一年女子からは「あいちゃん」と呼ばれて可愛がられている。正直言って羨ましいが、かといってあまり男として認識されないのもなあ。
できることなら、俺は格好いいと言われたいんだ。
「じゃあ今日は何を観ようか」
山本の叔父さんの私物だというDVDの束を、山本が鞄から取り出す。結婚を機に独身時代に溜め尽くしたDVDを処分するにあたり、山本がその殆どを譲り受けたらしい。山本の叔父さんは洋画好きらしく、コレクションの大半が洋画だ。
みんなで並べられたDVDを覗き込んだ。その中に、昨夜観て夢にまで出てきた赤い髪の人形が出演する作品もあるじゃないか。
これはチャンスだ! 俺は極力偉ぶって聞こえないように細心の注意を払いながら、「これなんだけどさ」と映画『チャイルド・プレイ』を指差す。シリーズ第一作目のものだ。
「俺、これ観た」
と、春香ちゃんが反応良く尋ねる。
「え、どうでした? 私ホラー映画は興味あるんですけどどうしても怖くて、まだ海外ホラーは観たことないんですよね……」
きたー! と俺は心の中で拳を握り締めた。よくぞ聞いてくれた! 俺に聞いてくるってことは、俺と喋るの嫌じゃないってことだよね? やっぱり脈アリ? ね、ね、脈アリ?
俺はできるだけ興奮を抑えながら、答える。
「うーん、このシリーズって段々コメディ化してくるんだけどさ、正直最初のこれはかなり怖いよ」
「え……っ」
春香ちゃんが避けるように少し仰け反った。と、丁度春香ちゃんの斜め後ろに立っていた一年男子相澤の胸に肩が当たり、「あ……っ、ごめんっ」「いや……大丈夫」なんてやり取りが交わされる。
おい、相澤……その配置は狡いぞ!
できることなら思い切り睨み付けてやりたかったけど、俺は懐の広い博識な先輩の印象を与えたい。ぐっと我慢して、微笑を浮かべた。
「この人形がチャッキーって言うんだけどさ。主人公のアンディって子供が追い詰められていくところが、誰にも信じてもらえなくて悔しくもあり可哀想でもあり。焦燥感が凄くよかった」
だから俺はオススメかな、と締め括る。
さあ、どうだとばかりに一同を見渡した。
一年女子たちは、「そんなに怖いんだ……」「私、明るいのがいいな」なんて怯えてしまっている。よしよし。俺が詳しいことも印象付けられたし、正直俺も怖くてもう二度と観たくないから、いい流れだ。
うーん、と山本が困ったように腕組みをする。
「明るい……明るい……一応これはコメディかなあ」
そう言って指差したのは、かの有名な名画『フォレスト・ガンプ』だった。うん、未履修。
「これはどんな内容なんですか?」
礼儀正しい相澤が、山本に尋ねる。
「簡単に言うと、主人公のフォレスト・ガンプが走りまくる話?」
「え……と……?」
「アメリカ大陸を走る映画だよ。アメリカの歴史とか知らないと難しく感じるかも?」
「はあ……そうなんですか」
相澤は真面目に相槌を打っているが、俺は遠い目をしていた。山本はいい奴だし面倒見もいいが、残念ながら感想を述べることに対する能力が欠如している。
要は、「聞いてもよく分からない」のだ。今さっきの説明で分かったのは、主人公がアメリカ大陸を走るフォレスト・ガンプという名前の持ち主だということだけだ。壊滅的な説明能力と言えよう。
ここで、何となく「どうしたらいいのこれ」な雰囲気になってしまったのを察した麗しの春香ちゃんが、笑顔で肯定し始める。
「えー、そうなんですね! 私、自分が鈍足だから、足の速い人って憧れます! もう足が速いだけで二割増しに見えるっていうか!」
物凄いこじつけ感が満載だが、山本以外の全員が春香ちゃんの後に続いた。
王子こと姫野さんが大きく頷く。
「分かる! 私も付き合うなら自分より足の速い人じゃないとって決めてるし!」
これに文系女子八坂さんがすかさずツッコミを入れた。
「ちょっと王子、あんた中学では陸上部だったでしょ。なかなかあんたより速い人はいないって」
「でも私も足の速い人がいいかも! 逃げる時に引っ張ってもらいたい!」
春香ちゃんが乗ると、王子姫野さんと「意見合うー!」と両手タッチをする。
文系八坂さんが、ニヤつきながら春香ちゃんの脇腹を肘で突いた。
「そうだよね、春香は足が速い人がいいんだもんねー。逃げるシチュエーションがやってくるかどうかは知らないけど」
と、何故か突然慌て出す春香ちゃん。
「ちょ、ちょっと! そんなこと言ったら、ヤッシーは二年の……」
「わー! 馬鹿春香!」
二人が突然じゃれ出す。よく分かんないけど女子って華やかだなあと眺めていると、ふと静かに突っ立っている相澤に目がいった。
何故か照れくさそうに俯いている。どうしたんだこいつ?
にしても、え、春香ちゃんて足が速い奴がいいのか。俺は速くも遅くもないけど、もし六月の体育祭でいいところを見せたら――? と思いついてしまった。
八坂さんが、突然俺に話題を振る。
「そういや、井出先輩のタイプってあります?」
「え? 俺?」
と、何故か春香ちゃんがパッと目を輝かせながら聞いてきたじゃないか。
「あ、たとえばなんですけど、絵が上手な人ってどう思います!?」
「え? 普通に尊敬するかな」
一年の頃、校庭の片隅で小柄な男子がスケッチブックに絵を描いているところをがっつり見学したことがあるくらいには、描いているのを見るのは好きだ。これは、俺の絵レベルが画伯だからかもしれない。
そういや、途中からあの子の姿を見かけなくなっちゃったなあ。だけど何だって突然絵の話が?
「え、やった!」
と、何故か喜ぶ女子三人。え? やった? どういうこと?
と、ここで、山本がパン! と手を叩いて俺らを黙らせた。
「はい、お喋りはおしまーい! じゃあホラーはもう少し初級編を次回選んでくるから、今日は『フォレスト・ガンプ』を観ましょ!」
山本がヘソを曲げると、暫くブチブチ言われ続ける。既にそれを知る俺たちは、「はーい」と気持ちのいい返事をした。
以下、『フォレスト・ガンプ』の感想。
よく寝られて、睡眠不足が解消されました。以上。
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