強面な同級生は、俺の横顔が好きらしい

ミドリ/緑虫@コミュ障騎士発売中

1 昼寝日和

 うららかな春の日差しに、思わず大きな欠伸がひとつ出る。


 これはどう考えても、教室の一番後ろで窓際という特等席に座っているせいだ。単調なトーンで進められる社会の授業は、昼休み直後なことも相まって、起きている方が難しかった。


 現に、一瞬前を見ただけで、船を漕いでいる奴が何人も確認できる。つまり俺だけじゃない。この眠さは、俺だけが悪いんじゃない……。


 だけど、我慢できない睡魔には、実はもうひとつ理由があった。


 俺は映画研究部に所属している。ただ映画を観て感想を言い合うだけの、緩さしかない文化部だ。


 卒業生に脚本家になったり映画監督の卵だとかいう人がいるお陰で、「この緩さをキープすべし」の方向で現在もいた。偉大な先輩方には、感謝しかない。


 昨年は男ばかりが四名入部してきたけど、今年はなんと女子が一気に三名も入ってきた。ちなみに男も一人入部してくれて、部活の最低必要人数十人をギリギリクリアしている。三年は俺と姉御肌の部長である山本の二人だけなので、ひとりでも減ると存続の危機が訪れる崖っぷちに立たされていた。


 なし崩し的に副部長をしている俺は、山本に「私が二年のフォローをするから、井出が一年の面倒をみてね。辞められたら井出の責任で勧誘してきて」と言い渡されている。面倒をみろと言われても、何をすりゃいいんだよ? と言い返したら、「入学したての一年生は先輩に盲目的に憧れる時期だと思うんだよね。映画に通じているところをさり気なくひけらかせば、憧れてもらえる筈だから」と言われた。


 盲目的……。言い方がもっとあるだろうと思ったけど、言われてみれば確かにそうだろうなあとも思う。自分だって、高校に入りたての頃は先輩が大きく見えたもんだ。実際に自分がその立場になってみたら、一年と比べて殆ど成長した気はしてないけど。


 そんな訳で、元々大した映画好きという訳でもないので映研で観るくらいしかなかった映画を連日深夜まで観まくり、クラシック映画はまとめサイトで知識を得たりと、俺なりに勉強に励んだ。


 そもそも「熱血な部活は嫌だけど帰宅部になってぼっちになるのも嫌だなあ」という浅い目的で入部したのに、おかしい。しかも今年は受験生なのに、俺ってば何やってんだろうと思う時はあった。でも深く考えちゃいけない。山本は怒らせると長くてしつこいので面倒なのだ。


 ということで、昨夜は「この辺りは定番だから」と山本に言い渡された、ずっと苦手で避けてきた古き良きホラー映画を観た。


 俺はスプラッタも心霊ものも苦手で、肝試しなんて絶対無理な人間だ。当然の如く、そりゃもう怖くてビビりまくり、観終わった後もすぐになんて寝られなくて結局部屋の電気を点けっ放しにして寝た。


 勿論夢ではチェーンソーを持った殺人鬼やら包丁を持った赤い髪の人形やらが俺を追いかけ回してきて、夜中に何度も目が覚めた。あんなもの、観なければよかった。


 つまり――早い話が、俺はかなり寝不足だったのだ。そこにきてのこの陽気。しかも周りにはクラスメイトがいて、お化けに襲われる危険性もない。俺ひとりがお化けに狙われるって確率的におかしいもんな。


 で、一度瞼を閉じたらもう開かなくなった。だけど堂々と寝るのはさすがに憚られる。せめて考えているように見えるように、と立て肘をして額を押さえ、気持ちのいい夢の世界に旅立った。


 すると、すぐに夢の中で俺に笑いかけてくれたのは、映研に入ってきた一年女子のひとり、春香ちゃんだ。


 春香ちゃんは、周りよりちょっと身長が低めの小柄な子だ。一五〇センチもないかもしれない。殆ど切ったことがないという長いストレートの黒髪が最初に目を引く。目はぱっちりとして整っているのに、綿菓子みたいにふわふわした印象があって可愛い。


 ぎりぎり平均身長にいくかな? 程度の身長で、そろそろ成長が止まり始めている感がある俺が隣に並んでも、余裕で見下ろすことができる。小さなつむじを見ていると、こう庇護欲っていうの? が湧いてきて、「可愛いなあ」って実は意識し始めていたところだ。


 俺が睡眠を削って部活動の予習に励んでいる理由のひとつは、間違いなく春香ちゃんにいいところを見せたいからだった。不純な動機だけど、そうでもないと苦手なホラーに手なんて出せない。

 

 そんな気になる存在の春香ちゃんが夢の中で、いつものほわりとした笑顔で「井出先輩、凄いです!」と俺を褒める。あー、いい! 俺のことを凄いと思って、そのまま好きになってくれないかな?


 夢の中の俺は、仕入れたばかりの知識を春香ちゃんに披露する。春香ちゃんは「怖いけど面白そうです!」とか可愛らしく反応してくれて、ああ、頑張って観た甲斐があったなあ、としみじみとしていると――。


 ツン、と誰かが俺の袖を引っ張るじゃないか。


 ん? 誰だよ、俺と春香ちゃんのラブラブタイムを邪魔する奴は。


 俺は腕を自分の方に引っ張り、抵抗する。するとまた誰かがツンツン、と今度は先程よりも強めに引っ張ってきた。


 ああもう、誰だよしつこいな!


 怒り任せに振り返ると同時に、唐突に夢から覚める。


 いつの間にか思い切り頬を机にくっつけて寝ていた俺の視界に飛び込んできたのは、隣の席の寡黙でワイルドな印象を与える大男、佐藤日向ひなたが俺の垂れ下がった腕の袖を引っ張っている姿だった。


 は? どういう状況?


「え」


 三年生になり初めて同じクラスになった佐藤日向とは、これまで一度もまともに会話したことがない。最初の頃、俺が話しかけても、笑ってりゃあきっとイケメンであろう顔で思い切りメンチを切られたら、そりゃあどっちかって言わなくてもビビりな俺がそれ以上交友を深めようと思うなんて無理な話だろう。


 そんな佐藤日向が、何故か必死な形相で無言のまま俺の袖を引っ張り続けている。訳が分からなくて固まっていると、佐藤日向が反対の手でノートを立てて俺に見せてきた。


『トマス=ジェファソン』という名前に赤丸がされているノートを見て、思わず声が漏れる。


「は?」


 と、その時。社会の教師田島が、突然俺の名を叫んだ。


「井出ェッ! 居眠りとはいいご身分だな!」

「ひえっ!?」


 慌てて顔を上げて前を見ると、田島が俺を睨んでいて、クラスメイト全員が俺に注目してるじゃないか。な、な、なにこの状況!?


 田島は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「問題! アメリカ独立革命で独立宣言を起草した人物を答えよッ!」

「へっ」


 するとすかさず、佐藤日向がもう一度俺の袖をツンと引っ張る。――あ! そういうことか!


「トッ、トマス=ジェファソンですっ! ちゃんと起きてます!」

「――チッ」


 田島は忌々しげに舌打ちをすると、「ちゃんと頭を上げて座っとけ!」と捨て台詞を吐いた。


 ……あっぶねえええ!


 田島は粘着質タイプの教師なので、一旦目を付けられると色々と大変だと聞く。あーよかった、とドキドキしている心臓を胸の上から押さえた。そうだ、と隣の佐藤日向を見る。


「佐藤、感謝!」


 小声で礼を言って笑いかけると、何故か佐藤日向の眉間にグググッと深い溝ができたじゃないか。


 ……ひっ。

 

 そのままフイッと前を向かれてしまい、俺は笑顔を凍りつかせる。


 え……なんかやっぱりこいつ怖え……。


 結局その後、佐藤日向とは目線も会話も交わすことなく、「あれって何だったんだろう……」というモヤモヤを抱えたまま、その日は過ぎていったのだった。

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