07.聖者帰還1
王都に戻った騎士団は大観衆に歓迎されたのは、荷台に積み上がった『戦利品』の多さに人々が興奮したからだ。
そう口にしたのは騎士団に随行した神官の一人だった。
確かに騎士団の荷馬車には山のように積み上がった魔獣の皮や牙、爪などは彼らの活躍を物語っている。どうしても途中で気を失っては足手まといとなっている真柴は最後まで戦いの行方を見守ることができず残念でならない。
「お帰りなさいませ、聖者様。魔獣討伐は大成功だったようですね!」
笑顔で出迎えてくれたのはドゴだけだ。他の神官は仏頂面でさも面倒なものが帰ってきたかのような表情をして出迎えてくれた。あの大司教だけは感情の読み取れない笑みでもって帰還を歓迎してくれたが、一言掛けてくれただけですぐに奥へと引っ込んでしまった。
自分の存在はやはり歓迎されていないのだろう。
聖者としてもすぐ倒れて迷惑をかけたと聞いているのだろう。
(困ったな。また失望される)
せっかく呼び出したのに気絶ばかりだと失望されて、”以前”のようになったらどうしよう。ドゴに笑顔で出迎えられてもホッと胸をなで下ろせない真柴はいつものように口角を上げてやり過ごす。
なぜか討伐の旅の途中からずっと身体が重いのだ。
(馬車酔いに馴れない馬での移動だったからかな?)
始めはアーフェンの愛馬であるローシェンに乗せて貰ってなんとか酔わずにいられたが、気絶をしてからはずっと神官たちと同じ馬車に詰め込まれてしまったせいもあるだろう。
王都よりも整備されていない土が剥き出しの道は激しく上下に揺れ、とてもじゃないが口を開くことすらできない。同時に戦いのたびに気絶を繰り返しては宿営地でずっと寝ていてまともに食事を摂ることもできなかった。
身体が重くなって当たり前だ。
そんな真柴を見て、アーフェンは呆れたような顔をし、神官たちは変わらず無表情を貫いていた。ただ一人気にかけてくれたのは騎士団長のローデシアンだけだった。
(騎士団長さんは本当に優しい人だな。今度会ったときにお礼を言わないと……って、もう会う機会はないか)
こんなにも迷惑をかけるしかない真柴では次の討伐に呼ばれることもないだろう。
「顔色が良くないですね、ご無理をされたんじゃないですか、聖者様」
「大丈夫だよ、少し疲れただけだから。多分休んだら回復すると思う」
「……だと良いんですが。オレ、何か食べるものを持ってきますね!」
十日ぶりに会ったドゴは変わらず元気に溢れて、つい笑みが漏れてしまう。
(僕が何をしていたか知ったらきっと失望するだろうな……誤魔化さないと)
正直、食事をする気にもなれないが、せっかく持ってきてくれたものは完食しよう。
そう思ってベッドに腰掛けた。身体がどこもかしこも重たくて、座った側からベッドに倒れ込んだ。横になっているとそれだけで身体が薄いマットレスの下に沈み込んでしまったような感覚に囚われ、起き上がることができない。
同時に瞼も重くなってくる。
(駄目だ、起きていないとドゴが戻ってきたときに困ってしまう)
だというのに、どうしても瞼が上がらない。
どうして? 帰りの工程は行きに比べて魔獣への遭遇は少なかったはずだ。しかも馬車の中でずっと眠っていた真柴は、この討伐でなにもしていないのだ。疲れているなどあるはずがないのに……。
(やっぱり馬車じゃあ出張とは違うな)
以前だったら日帰りの出張をして帰社した後に終電ギリギリまで仕事をすることもざらだった。その時だってこんなには疲れなかったし、次の日定時に出社しても、電車の中で眠ることもなかった。
なのに今は眠くて眠くてしょうがない。
(あとちょっとの我慢だ……ドゴが来るまでなんとか……なんとか……)
疲れた身体は全く真柴の言うことを聞いてくれない。
(どうしてだ? こんなにも疲れてるのは……やっぱり馴れないからかな……もっとこの世界に早く馴れないと皆に迷惑をかけてしまう……な……)
瞼が落ち、深い呼吸が勝手に繰り返される。意識はまだ必死に覚醒にしがみ付いているのに、身体はもうコントロールできなくなってしまっている。
駄目だと思っていても、その意識さえ次第に遠のき、はっとして起き上がった時には空が真っ暗になっていた。
このベッドに座ったのは昼過ぎだったはずなのに。
「ごめんドゴ、随分と眠ってしまったね!」
すぐ側でうつらうつらしているドゴに声をかければぼんやりとした目が真柴を見つめ、一度瞼を落とした後、慌てて目を開いた。
「聖者様、目を覚ましたんですか! ……ああ良かった、本当に良かったです!」
「ごめんね眠っちゃって。ご飯を持ってきてくれただろうに、食べられなくてごめんね」
そう言いたかったはずなのに、どうしてだろう舌が上手く動かなくてごもごもした声になる。
どうしたんだろう、ちょっと眠っていただけなのにこんなことになるのだろうか。
「無理に喋らないでください、今水を用意します!」
いつの間にかベッドの頭部分に小さな机が配置され、その上に水差しとコップが乗っていた。ドゴは慣れた手付きで水を注ぐと、真柴の頭を少し持ち上げてから少しずつコップを傾けてくれた。
喉が渇いていなかったはずなのに、少しだけ口に入った水分は気付かずに貼り付いた肉を解いてゆっくりと胃に流れていった。
その時になって自分が乾いていることに気付く。
もっと水分が欲しくて流れ込んでくるのが待てず水を吸い込んだ。
「ゴホッゴホ!」
「あっ、聖者様! あまり勢いよく飲まないでください、なんてったって三日間も起きなかったんですから」
……嘘だ。一瞬眠っただけじゃなかったのか。電車で眠りに落ちてハッとしたら最寄り駅を通過していたような気分だ。本当に僅かな時間でしかなかった、真柴の中では。
(三日も……嘘だろ……)
疲れるようなことはしていないのに心配されるほど寝ては皆に怒られる。
たった一回討伐に随行しただけでこれほどに休んでは、どんな罵声を浴びせられるか。
ドゴがまたコップの半分もない量を汲み、また口に付けてくれた。
忠告通りゆっくりと胃に流し込んでいけば冷たい水の心地よさが指先にまで広がっていく。何度もそれを繰り返し、十回目でやっとホッと息を吐き出した。
「ありがとう、ドゴ……迷惑をかけてごめんね」
「そんな、迷惑だなんて! 聖者様のお役に少しでも立ちたいだけです」
そばかす顔で天真爛漫な笑みを浮かべられ、自然と真柴も柔らかい笑みで返す。
彼が側にいてくれて良かった。
三日も寝ていたのに失望されていない証拠でもあった。
ホッとして、次の瞬間に胃が元気に自己主張を始めた。
「何か食べましょう。起きたばかりですからパン粥になりますけど、すぐに作ってきます」
「申し訳ないよ……もう夜も遅いんだろう。大丈夫、明日の朝みんなと一緒に食堂で摂るよ」
「えっ……本当に大丈夫なんですか?」
「うん、僕がなかなか起きなくて迷惑をかけてごめん。ドゴはもう自分の部屋で休んで」
でも……と言いよどむ彼を促して部屋に戻らせた。
「はぁ……三日か。どうしたんだろう……」
起き上がろうとしても、実は起き上がることができないのだ。まだ身体のここそこが重くてちっとも言うことを聞いてくれない。それを誤魔化すためにドゴを帰らせたのだが、さてこれからどうしよう。
「明日になれば元通りになってるかな? もう一回寝ても良いよね……」
決まった仕事があるわけではない。決まった時間に行かなければならない場所もない。神殿に戻ってしまえば真柴の仕事はなにもないのだ、明日少しくらい寝坊したところで困る人間もいないだろう。
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