06.騎士団長の杞憂

 アルヘンティーノに着くまでに数度襲撃を受けたが、被害が甚大なときに真柴があの光を放つためつつがなく進み、予定より一日早く到着できた。そして周囲の被害を確認したが、あれほど魔獣に遭遇した割りには村への被害はなく、街道で魔獣に遭遇したことを話せばむしろ村民に驚かれる始末だ。


 まだ冬には早く、例年の魔獣が山から下りてくる頃より前だというのに熊氷に出会うなどあり得ないという。

 だが実際に騎士団は魔獣に遭遇し、アーフェンは酷い怪我を負った。その跡はどこにも残っていないが。


「不思議だと思わないか、アーフェン」

「なにがですか?」

「魔獣はまるで我々の行方を知っているかのように襲いかかってきた。これには何かの恣意を感じる。まるで吸い寄せられているかのようだ」

「気のせいだと思いますけどね」


 そう考えるにはあまりにも早計だ。単に例年よりも早いというだけで、しかも運が良いのか悪いのかよく遭遇しただけのことかもしれない。

 けれどこの討伐で倒した魔獣の数は多く、奴らから取れる資源は剣や防具の材料になる。先に遭遇した熊氷の皮は防寒具として最上の素材だ。今年の冬の活動に困ることはない。余った分は売れば、それだけ騎士団の財布も潤う。


 なによりもいつもの討伐であれば死傷者数で今後の編成を悩むが、今回は怪我人すらいないのだ、心配する必要がない。

 すべてがやっといい方向で動いているようでアーフェンは上機嫌だ。

 これ以上悩んだところでなにがどうすることはない。

 だというのに、ローデシアンの顔は晴れない。眉間の皺を深くし、じっとある一点を見つめている。そこは神官たちが寝泊まりしている村で一番良い家だ。


「まさか神官たちが呼び寄せているとか考えてます?」

「そういうわけではない。今まで神官が同行した討伐も多かったが一度として目的地に到着するまで魔獣に遭遇したことはない。むしろ奴らがいると魔獣が避けるとすら言われているからな」


 そんな話は初耳だ。

 副団長になってまだ日が浅いアーフェン驚いた。俗言があるなんて。なにせ神官を伴っての討伐は今回が初めてだ。神殿で何をしているか分からない者たちの集まりという認識しかない上に、孤児院で神職についての授業があったが、つまらないと抜け出しては剣の稽古と称して木の棒を振り回していた。

 勉強も嫌いで読み書きが最低限できればいいとある時期から剣技以外の授業を受けなくなっていた。

 ローデシアンが講師だったら絶対に叱ってきただろう。


「お前は変わらず楽天的だな。それが団の雰囲気を盛り上げているだろうが、少しは疑問を抱くことを覚えた方が良い」

「疑問なんて持ったって頭が焦げるだけですよ。それよりも明日はどんな魔獣に遭遇するかを考えて備えた方が有意義ですって」


 炎属性の魔獣にはまだ遭遇していないが、次は奴らだろうか。それとも風属性の魔鳥だろうか。

 剣を磨き弓の手入れをしたほうがずっと時間を有効に使っていると思うが、返答に顔をクシャリとローデシアンが苦笑する。


「お前はそのままでいた方が良いな、アーフェン。だが……そうはいかなくなるときが来るぞ」

「その時はその時で考えますよ。俺、運が良いですから」

「確かにな」


 ローデシアンはグッと伸びをして厩舎へと向かった。これから周囲を調査するはずだ。アーフェンも後を追い、ローシェンを引き出してその後を追った。


「そんなに魔獣の動向が気になるんですか?」

「ああ、腑に落ちないことがあってな。杞憂なら問題はないが……」


 遠くの山はもう中腹まで真白い衣を纏っている北の一帯は、通り抜ける風すら冷たい。手綱を握る手も防寒具を付けていなければ指先から痛みが生じるだろう。だというのに、全力で馬を駆けるローデシアンの意図が分からない。

 小高い丘までやってきてローデシアンの馬が止まった。向きを変え、来た方向を見る。


「どうしたんですか、団長」

「もしかしたらと思ってな、試しているんだ」


 ――なにを?


 いつもの見回りではなかったのか。

 アーフェンも同じ方を見つめた。ここから見えるのは雪を戴いた山々に、迷いそうなほど深い森、そして先程の村しか見えない。

 それほど距離を走っていないが、北の地の凍てつく寒さは村にいる頃よりも鋭く、ただじっと立っているだけでじわりと足下から凍り付きそうだ。その瞬間、熊氷に抉られた傷を思い出しゾクリとする。

 山から吹き下ろす風は一際冷たく、体温をすべて奪い去っていこうとしているのに、ローデシアンは目を細め、何かをじっと見つめている。


 まだ日は高く、太陽は一番高い位置にあるのにただ寒く、薄い色の空は筆で刷いたように引き延ばした細い雲が浮かんでいる。

 果たしてこの時間でなにが起こるのか。


 村は朝の仕事を終えた村人が帰ってくる頃だ。一息ついて軽食を食べた後の午睡を楽しみ、それから午後の仕事に出るだろう。今はその隙間のような時間で村の煙突からは温かみを感じる煙が上がっている。

 だというのになぜこんな所にいるんだ?

 アーフェンはローデシアンを見た。先程と変わらず目を細めたまま怖い表情をしている。何があるというんだ、その視線の先には。

 どれほど目を凝らしても見える景色は何一つ変わりはしなかった。


「……思い過ごしか」


 なにがだろうか。だが口に出さず頷けば、ローデシアンは馬の腹を軽く蹴った。やっと宿営地に帰還だ。

 ホッとしてアーフェンも馬の腹を蹴って走らせる。先程と同じ道順で村に戻れば、変わらない景色がそこにあり、村民も戻ってきたアーフェンたちを変わらぬ笑顔で出迎えた。ローデシアンの顔は翳っていて、それを必死に隠しているように見える。


(なにを団長は気にしているんだ? 早く討伐を終えて帰って騎士団の成果を王宮に示すのが一番だろう)


 そうすれば王宮での騎士団の地位も向上するはずだ。今まで魔獣討伐すらままならないと囁かれたが、これからはそれすら口にできなくさせてやる。

 鼻の穴を大きくして意気込むアーフェンは、本当に何も考えていなかった。

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