終幕
体制を立て直して前を見るが、先生がいない。咄嗟に上を向き、現実とは思えないその光景に愕然とした。
雲が渦を巻きながら龍の形を成す。圧倒的な存在感に加え、威圧感が身体を押さえつける。先程まで無理をして動いていたが、立つことすら難しい。朱莉も気を失っているようだ。
「くそ…ここまでか…」
何あれ、雲の龍?めっちゃかっこいいじゃん。俺もあんなんに乗りたい。ずるい。
先生の言う事が本当なら世界は滅ぶのだろう。町中の人はもちろん、とんでもない怪力を持つ朱莉ですら倒れている。
「ふはは、どうした少年!?」
いや、本当に何もないか?一人だけ敵に対峙している状況に、与えられた不思議な力。俺はこの物語の中で何らかの役割を与えられているのではないか?
「今感じているのは空虚か?絶望か?」
そもそも、こんな所で命を散らすなんて可哀想すぎないか?俺が。高校生という青春の塊が始まったばかりだというのに、まるで体験版じゃないか。製品版買えよ。
「君は何も出来ずにここで人生を終える」
このまま終わるのは納得できないな、何とかならないかなと思った瞬間、何かが斬れる音が二つ。身体が軽くなり、何でもできるような気がしてきた。淡く光る木の棒を強く握り直す。朱莉がかけた謎の光は後1分ももたないだろう、だが十分だ。俺は龍に向かって大きく跳ぶ。
「…まだ立ち上がるか、ならば死ね」
龍は咆哮と共に大きく口を開き、突進してくる。空中にいる俺は逃げれない。だが、逃げる必要もない。持っている木の棒を勢いよく振り下ろすと、龍は真っ二つになる。木の枝は粉々になり、雲は霧散して雨になる。
薄れゆく意識の中、最後に見た先生の顔は笑いに満ちていた。ってかいつも気失ってるな、俺…
―——深い森の中、手のひらにいっぱい力を込める。集中力を絶やさないように何時間も力の流れに意識を向ける。身体中の熱が手のひらに集まり、眼前の景色が一変する。
『できた!ねぇ、見て!できたよ!』
『だから言っただろう?最後までやってみないとわからない、と』
『先生、ありがとう!』
小さく笑いながら俺の頭を撫でる先生。視界の端では白衣がはためいていた。
「…くん、りく君!ねぇってば!」
暖かい。まるで陽だまりような心地よさだ。ここは天国か?俺はさらに幸せを求めて身体を動かす。
「え、ひゃあ!ちょっと!?りく君?」
弾かれるような柔らかい感触を離さないように力を込める。一定のリズムで聴こえる小さな振動も相まってとてつもない安心感を感じる。
「…んっ、やだぁ」
荒い息遣い、少しずつ上がっていく熱。か細く叩かれる背中の衝撃によって、俺は急速に意識を取り戻す。
「はぁ、はぁ…」
目が覚めたら俺は朱莉を押し倒して抱きついていた。のぼせたような表情でこっちを見ている。ふっ、これからは刑務所暮らしか。せっかく世界を救ったというのになんて酷い仕打ちだ。どうやら神様はいないらしい。
「…何をやっているんだい、君たちは」
瞬間、生じる浮遊感。朱莉は俺を片手に抱えたまま立ち上がり、先生との距離を取る。朱莉は力強く先生を睨む。
え、すご。ってかその力があるのに俺を吹き飛ばさなかったの?どこかの妹よりめっちゃ優しいじゃん。今も
「そんなに睨まないでくれよ、私はもう何も出来ないさ」
「どうやらそのようですね、念のため能力を封印するのでこちらに来てください」
俺が呆然としているうちに二人の間で話がまとまっていく。結局、街で寝ている人たちはすぐに目を覚ますらしいので放っておくことになった。騒ぎにはなるだろうけど、誰のせいか分からない以上自然と収まるだろう。朱莉は上田先生から情報を聞き出した後、命を奪おうとしていたが俺の反対によって上田先生は朱莉の監視下でとりあえず普段通りの生活をすることに。そして、それに俺が協力する形になった。
最初は嫌がっていた俺だったが、上田先生を殺さないでほしいという俺のお願いと先ほどの
「そもそもりく君の力の謎も気になるし、しばらくはまとめて私の傍にいる事」
話し合いが終わった後、俺は帰路についていた。先生の言っていた通りすでにほとんどの人が目を覚ましており、困惑の声も多かったが日常が戻るのもそう遠くはないだろう。俺はどこかすがすがしい気持ちで我が家のドアを開ける。
そこには仁王立ちするわが妹、蒼井風香が居た。
「…お兄ちゃん、牛乳は?」
次の瞬間、俺は全力ダッシュでスーパーに向かった。
勇魔物語 和音 @waon_IA
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