保健室の魔女

「よし、なんとかなったな」


「いや、おかしいでしょ!りく君、説明プリーズ!」


 朱莉は目の前で起きたことが信じられないのか、目を白黒させながら俺に説明を求めてきた。


「説明って言ってもなぁ、俺もぶっちゃけよくわからないというか、なんかイケるって気がしてその感覚に身をまかせたっていうか…」


「何それ…」


 朱莉は大きくため息をつき、軽く首を振る。俺もよく分かってないのだから、呆れられても困る。


—ドクン


 再び世界が揺れる。心なしか先程より揺れが強くなっているような、と俺が考えていると朱莉が苦悶の声を漏らして倒れ込む。俺は倒れる身体を支え、顔を覗き込む。


「朱莉、大丈夫か?」


「…大丈夫、じゃないかも、色々と。一旦離れてくれる?」


 顔がとても赤いが熱でもあるのだろうか、少し心配になったがゆっくりと手を離す。朱莉が息を整え、目を瞑ると身体中が淡く光りだす。


「これでなんとか歩けるくらいに回復したはず。…というか、そもそもなんでりく君は平気そうなの?みんな倒れてるけど」


「あー、なんか最初は力吸われそうになったけど、気合いで耐えたら何にも感じなくなったな」


「………」


 なんか朱莉からジト目で見られている!?ただ俺の力を奪うなって気合い入れただけなんだけどな。みんな気合いが足りないのだ、気合いが。


「はぁ、りく君の奇想天外さはもう気にしないことにする。とにかく、これを起こした犯人のところに行かないと」


「場所はわかってるのか?」


「学校周辺ってことだけは、詳しくは分からないけど」


 フラフラと歩き出す朱莉、このままだと学校にたどり着く前に限界が来そうだ。俺は少し迷った後、朱莉をお姫様抱っこする。


「りく君!?何して」


「こっちの方が早い。それにお姫様抱っこは案外悪くないぞ」


 経験談である。それにしても朱莉の顔がまた赤くなる。力が吸われるだけではなく、熱も上がるのだろうか。それは大変だ、急がねば。俺は学校に向かって跳ぶ。屋根を超え、河を越える。


 そうして、学校に着いた。


「りく君速すぎ、人間辞めてる…」


 朱莉は目を回して驚き呆れているが、全力はこんなものじゃないぞ。具合の悪そうな朱莉を気遣ってのスピードだ。


「おや、少年。よくここまで来たね」


 校庭の方から声が聞こえたので、視線を向ける。そこには雨の中白衣をはためかせ、頭上に煌めく水球を浮かしている保健室の先生が立っていた。そして、その水球は鼓動していて、一目でこの件の元凶だと分かった。


「…やっぱり、上田先生でしたか」


 保健室で持ち上げられた時、コーヒーの香りがしないのを不思議に思った俺は薄く目を開けた。すると、ガラス製の蛇みたいなのが二匹で俺を支えていたのだ。あの時は巻き込まれたくないから気づかないふりをしたのだが。


「私は今少し忙しいんだ。そこでしばらく待っていてくれないか?」


「待っていたら何かしてくれるんですか?」


「世界滅亡の最初の犠牲者にしてあげよう」


「それは、光栄ですねっ!」


 俺はその発言を皮切りに傘を構え、走り出す。…少しばかり格好がつかないが仕方ない。


「先生の言う事を聞けない悪い子には、お仕置きが必要かな」


 保健室の魔女は大きく手を広げる。手のひらにぶつかった雨粒は鳥の形に姿を変え、とんでもない勢いで飛んでくる。俺は傘を振るってその鳥を切り落とすが、いかんせん数が多い。徐々に後退させられ、最初に立っていた場所、朱莉の居る所まで押し戻されてしまった。


「もう少し頑丈だったらな…」


 傘を見ると、布の部分は穴だらけで、鉄骨はいくつか折れている。そこで俺は、いい感じの枝を見つけた。長さも太さも申し分ない枝を。


 普段ならテンション上がって振り回しまくるが、今はそんなことをしている場合ではない。少し強度が心配だが、頑張ればしばらくは持つだろうと考えて枝を拾った。


「…貸して」


 動くのもしんどそうな朱莉が俺の見つけた枝をひったくる。朱莉も木の枝が欲しかったのだろうか。だとしても譲れない。


「…いくらかっこよくてもその枝は俺のだぞ。最初に見つけたのは俺だからな」


「いいから、黙って見てて」


 余裕がないのだろうか、いつもより語気が強い。俺は先生の方を警戒しながら朱莉を見守る。先生はこちらを見てくるだけで何もしてこない。どうやら近寄って来なければ何もして来ないらしい。


「私の能力でこの枝の強度を書き換える。時間は、もって五分かな。私はもう動けないから後は任せてもいい?」


「任せろ」


 詳しい事はよく分からないが、枝が光を帯びたので俺はテンションが上がる。これはかっこいい枝じゃなくてもはや聖剣といっても過言ではないかもしれない。朱莉によって淡い光を放つようになった枝を受け取り、俺はもう一度先生の方へ駆け出す。先程と同じように無数の鳥が飛んでくるが、俺は全て切り落とし、前進する。とても木の枝とは思えない強度に俺は少し驚く。


 なんとか先生を間合いに捉えた俺は腕に力を込め、頭上の水球に向かって踏み込む。しかし、俺が振り抜くより先に水球がとてつもない光を放ち始めた。保健室の魔女は妖艶に微笑んで言葉を紡ぐ。


「残念、時間切れだ」


 そうして、この世界に龍が生まれ落ちた。

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