秘密
ピピピ、…ガシャン——
俺の朝は目覚まし時計を破壊するところから始まる。いっそとても清々しい。そこで感じる殺気の込められた視線。恐る恐る振り向くと、掃除機を片手にジト目で見つめてくる風香がいた。
「…すぐに壊れる目覚まし時計が悪い。だから俺は悪くない」
「何がだからよ、とりあえず邪魔だからさっさとどいてくれる?」
言い訳失敗。俺は大人しく階段を降りる。今日はリビングの場所を覚えていた。偉いぞ。、俺。
『——い、ここ□□市では地滑りの影響でしょうか。このように家が崩れています。専門家の…——』
テレビには昨日俺たちがいた場所が映し出されていた。どうやら朱莉が壊した家は地滑りのせいにされたらしい。俺は自分が住む地域の名前が□□市なんていうダサい名前を付けられた事にショックを受けつつ、昨日の事を思い返す。
———
「で、怪我はどう?まだ痛む?」
「いや、もう全く痛くない。ってか、どう言う原理なんだ?これ」
黒い怪物を吹っ飛ばした朱莉は俺の前まで近づいて、手を差し出す。俺はその手を取り、立ち上がる。
「それは…言えない。ごめんね、りく君」
口の前で小さくバツを作り、申し訳なさそうにする朱莉。なんだそのあざと可愛い動きは、俺は騙されないぞ。
「とにかく、りく君と私の秘密にしてくれると嬉しいな」
「分かった」
騙されないが、俺は優しいので人の嫌がることはしないのだ。決して可愛さにやられたわけじゃない。
「ただ一つ聞かせてくれ、それは…その力はいい方向に使っているか?」
「もちろん、詳しくは言えないけど、私は自分がやっていることは正しいと思ってる」
それならば俺が口を挟めることではない。朱莉はきっと何かの物語の中心で戦っているのだろう。俺みたいな普通の高校生は何も知らなくていい。何も知らない脇役でいい。もう物語の中心に立つのはたくさんだ。まぁ、何かの物語の主人公になった覚えなどないわけだが。
「そっか、聞きたいことは色々あるけどやめておこう。そっちの方が朱莉も助かるだろ」
「そりゃ助かるけど、随分あっさり引くね」
「俺は巻き込まれたとはいえ、全てを聞き出す必要も権利もないからな。これからも普通の高校生として暮らしていくさ」
その後、朱莉を家まで送ろうとしたが、私の方が強いから、と家まで送ってもらった。非常に不服である。
————
とまぁ、こんなことがあったわけだが。そこで階段を降りてきた風香に尋ねる。
「なぁ、どうやったら手が光ると思う?」
「…何?改造人間にでもなりたいの?」
「そうだよな…ところで□□市って…」
「早くご飯食べて学校行くよ」
遮られてしまった。どうやらこの話題は話させてくれないらしい。風香の顔から確固たる意思が感じられる。
そうして学校に着いた俺たちは教室の前で別れる。今更ながら俺の妹は双子ではないながらも同い年である。だから、同じタイミングで入学したのだ。なんて事を考えながら教室のドアを開けると、一人の少女が頭を抱えて唸っていた。
「…おはよ」
「わ、びっくりした。りく君か、おはよう」
俺が隣に座っても気が付かなかったので一応挨拶をすると、朱莉は少し驚きながら挨拶を返してくれた。
「何悩んでたんだ?」
「いや…昨日のことについてなんだけど…うーん、りく君になら話してもいいかな。実はね、昨日の黒いやつ、いたでしょ?その気配の元を辿ってみたんだけど、あるところで途切れちゃってて…」
「ちょっと待て、よくないが?全然良くないが?その話、詳しく聞いたら巻き込まれるやつじゃん。俺は平和に行きたいんだよ。普通の高校生だからな」
しれっと恐ろしいことを話そうとする朱莉を止める。全く、少しは隠して欲しいものである。
「…普通の高校生はこういう話に食い付くし、あんなに早く動けないと思います」
「そりゃ認識の違いだな。食い付くのは主人公気質のやつだけだし、俺は少し運動が得意なだけで、用もなしに危険なことに首を突っ込むようなやつじゃない」
「むぅ、わかったよーだ。一人悲しく事件解決に勤しみますよー」
「応援してる」
「そういうの、ずるいと思う」
俺が小さく笑ってそう言うと、朱莉は頬に朱を差した。何か変な事を言っただろうか。そこで俺はふと気になった事を尋ねる。
「そういえば、お前ってどこに住んでるんだ?」
「伊仙市の南側だけど…どうしたの急に」
「ちゃんとした名前が付いてる!」
俺が衝撃を受けると共に鳴るチャイムの音。そうしてまた1日が始まる。
俺は知らなかった。この学校が普通じゃない事を。
俺は知らなかった。この物語が俺を巻き込んで膨らんでいく事を。
俺は知らなかった。この俺という存在がとんでもないモノを背負っている事を。
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