暗い帰り道
「いやー、今日は教科書たくさん配られてめっちゃ重かったから助かるわー」
俺は朱莉との賭けに勝ち、朱莉に荷物を持たせていた。
「はぁ、はぁ、絶対に後で仕返ししてやる…ってかこんなかよわい美少女に荷物持ちなんてさせる?もっと、こう…色々あるでしょ!?」
「色々ってなんだよ、それに本当にかよわいやつは2人分の荷物持ちながら騒げないだろ…」
そうして俺の家に着く頃には辺りは薄暗くなっていた。俺は朱莉からカバンを受け取る。
「ありがと、荷物置いてくるからちょっと待ってろ」
「どうして?なんかあったっけ?」
「どうしてって…こんな時間に一人で帰らす訳にもいかないだろ」
朱莉は呆れた顔をして
「優しいのかそうじゃないのかわかんない事するよね、りく君は」
「何を言う、俺はいつでも優しいだろ?」
「…それ本気?」
全く、俺ほど優しい奴もいないだろうに、と思いながら俺はドアの鍵を回す。玄関に荷物を置き、朱莉の方へ向かおうとしたところで風香の声が響く。
「お兄ちゃん?帰って早々どこいくの?」
風香は階段を降りながら疑問を投げかける。そして、俺の後ろにいる朱莉と目が合う。風香は固まり、朱莉は目を輝かす。
「りく君!あれが妹ちゃん?めっちゃ可愛いね!弁当ちょー美味しかったよ!今度一緒に料理しようね!」
「落ち着けよ、朱莉。ほら風香もちゃんと挨拶しろよー」
一瞬の静寂が生まれた後、風香は何も言わずに階段を勢いよく駆け上がって行った。俺たちは少しの間呆然として
「私…嫌われちゃった?」
「いや、まぁ、ちょっと驚いちゃっただけだろ」
しょんぼりとする朱莉をフォローしながら、あいつあんな人見知りする奴だっけ?と考える俺だった。
一応、朱莉を送ってくることを階段の方へ伝え、家を出た。二人で話しながらしばらく歩いていると、朱莉は急に立ち止まった。
「…朱莉?」
「そこを動かないで。大丈夫、何があっても私がなんとかするから」
真剣な顔をする朱莉の目線を辿ると、そこには信じられない光景が広がっていた。闇が霧のように形を変え、一箇所に集まる。そしてそれは少しずつ大きくなっていく。
やがてそれは2メートルを優に越すほど大きくなり、四本の足で降りたつ。黒いモヤのようのものを纏っており、怪物と呼べるような見た目をしていた。その真っ黒な怪物はこちらに向かって突進してくる。
「危ない!…って、りく君!?」
俺の前で手を広げる朱莉。しかし、俺は大きく踏み込み、怪物に向かって勢いよく近づく。そして流れるようにいつものように構え、怪物の体を真っ二つにするために剣を持った腕を振るう。何も持ってないのにも関わらず。
「…あれ?」
当然何も持ってない俺の腕は空を切り、そのまま黒い怪物に吹き飛ばされる。
「ぐはぁ」
塀に体を打ちつける。めっちゃ痛い。頭から血が流れるのを感じる。死ぬかもしれない。というか絶対死ぬ。と俺が考えていると、朱莉は俺に手をかざした。
「俺はもうダメかもしれない、お前でも逃げてくれ…」
「こんな程度じゃ死なないよ、はぁ、1人で突っ込んで死にかけて、りく君はもうちょっと考えて動いたほうがいいと思うよ」
その瞬間、朱莉の手が淡い光に包まれ、その光が俺に移る。痛みが熱に溶けていくような感じがした。その光には懐かしさを感じた。
「そこで大人しくしてて、分かった?」
そうして朱莉は黒い何かと対峙した。
———あの時の動き、やっぱり。と一之瀬朱莉は考えていた。最初に違和感を感じたのは教室に入ってきた時、蒼井陸が現れた瞬間、場の空気が支配されるのを感じた。反射的に敵意を向けてしまって、勘付かれてしまったがなんとか誤魔化した。
後は私から弁当箱を取る時と、今の動き、私が目で追えなかった。人間の動きじゃない。彼は何者なのだろう。興味と警戒が強まるが、後でゆっくりと聞くことにしよう。今は、と目の前の敵に集中する。
「急に攻撃してくるなんて、何か目的でもあるの?」
…一応尋ねたが、当然のように答えない。私は小さくため息を吐いて、構える。
静かな暗闇の中、先に動いたのは相手だった。闇を切り裂くような攻撃。私はそれをギリギリで躱し、拳に意識を集める。私の拳は淡い光を纏い、お返しと言わんばかりにその拳を叩き込む。
その瞬間、とんでもない音が響き渡り、巨躯が空に舞う。塀を、家を壊しながら吹き飛んでいく。
「あ…」
明らかにやりすぎた。まぁいいかと思考を切り替え、りく君の方を見る。さて、どう言い訳したものか。
「朱莉って…」
「な…何?」
流石に誤魔化すのは無理があるか、どうやって口止めをしようと私が思考を巡らしていると、りく君はとても真面目な顔で言葉を放つ。
「すごい力持ちなんだな」
「…そうだね」
一気に肩の力が抜ける。身構えていたのがバカらしくなってきた。私は一応いくつか後処理をして、その場を離れた。
——そのはるか上空、白衣をたなびかせながら空を浮かぶ女性が1人楽しそうに笑って
「ふふふ、面白くなりそうじゃないか、少年。私は期待してるよ」
その声は闇に溶け、消えていった。
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