本日2度目の保健室

———なんだか懐かしい感覚を感じる。視界に広がるのは冷たい石畳に、荘厳なシャンデリア。まるで日本とは思えない光景。そこに立つ者の瞳の色は…


 そこで俺は目を覚ます。保健室特有の香りにコーヒーの匂いが混ざり合う。まさか本当に気絶してまた保健室に来ることになるとは、と俺が思っていると


「——そうか、なら——というのはどうだろう—」


 一度聞いたことのある声が遠くに聞こえる。なんとなく気になり、聞き耳を立てようとするが、カーテンに囲まれているせいか、どうも聞き取りづらい。


 少しでも声に近づこうと動いた瞬間、体勢を崩し、ベッドから落ちた。それと共に止まる話し声。そして近づいてくる足音。


 なんとなく嫌な予感がし、俺は寝たふりをした。流石に無理があるか?と思っているとカーテンが音を立てながら開かれた。


「あまりにも、寝相が悪すぎやしないかい?まあいい、少年を上に」


 どうやら寝ていると勘違いしてくれたようだ、それもどうかと思うのだが…


 その瞬間感じる浮遊感。これが俗にいうお姫様抱っこというやつであろうか、思いのほか悪くない。なんてくだらないことを考えていると、ある違和感が生じた。


 それから十数分はたっただろうか、俺は起き上がり、カーテンを開いた。


「おや、やっと起きたかい少年。この会話も2回目だね」


 上田先生はコーヒーを啜り、小さな息を吐く。風にはためくカーテンも相まって神秘的な光景である。


「まさか本当にまた来ることになるとは…先生の勘は侮れませんね」


「ふふっ、そうだろう。私もまだ衰えてなかった、というわけだ」


 楽しそうに笑い、またコーヒーを一口。俺はふと気になった事を聞いた。


「衰えるって、先生はいくつなんですか?」


「さて、何歳だと思う?」


 子供のようにイタズラっぽく。しかし、大人の余裕を残して尋ね返される。俺は少しの間、逡巡して


「23…とか?」


「ふふふ、そんなに若く見立ててもらって光栄だが、少なくともここに勤め始めてもう20年は経つ。…もしかすると3つの頃からここで働いているかもしれないがね」


 俺は固まった、こんなやり取りを前に一度したことがある。いわゆるデジャヴというやつだ。しかしどうも思い出せない、思い出そうとすると、頭に痛みが走る。


「ぐっ…」


「おや、大丈夫かい少年。頭が痛むのならもう少し寝ているかい?」


 俺が頭を抑えると、心配する先生。なんだかんだ言って優しいのかもしれない。しかし、これ以上ここにいるのも良くないと思った俺は


「少し痛んだだけなので大丈夫です。そろそろ戻りますね」


 と言い、保健室を後にした。


 …顔に出ていなかっただろうか、平静を装って会話できていただろうか。あの時俺を抱え上げたのは、。何か、別の…


 キーンコーンカーンコーン


 学校中にチャイムが鳴り響く。


「やばっ」


 俺は思考を打ち切り、教室へ向かった。たどり着いたのは15分ほど経った後だった。少し迷ったが、前より早く着けた。偉いぞ、俺。


 教室のドアを開くと、教室には一之瀬朱莉しか残っていなかった。


「もー、遅いよりく君!とっくに授業終わったよ!」


「お前…なんでいるんだよ」


 俺がそう言うと、そいつは頬を膨らませて近づいてきた。


「お前じゃなくて、朱莉って呼んで!」


 顔が近づき、ふわっといい香りがする。これがガチ恋距離かなんて考えが浮かんだ。


「分かった、分かったからもうちょい離れろ」


「分かったらいいの…って近くない!?」


 朱莉の顔は一気に赤くなり、一歩二歩と下がった。慌ただしいやつだ。


「んで?朱莉はどうしてこんなとこに1人でいたんだ?」


「それは…これ、返そうと思って」


 そういって朱莉が取り出したのは俺の弁当箱だった。


「はい、ごちそうさま、妹ちゃんに美味しかったって言っといて」


「それだけのために待ってたのか、暇人だな」


 俺がそう言うと、朱莉は小さな声でこう言った。


「後は…その…弁当箱取られちゃったからりく君のお願い聞こうと思って」


「そういえばそんな約束してたな」


「あんまり過激なのはダメだよ、でも…ちょっとだけなら…」


 とごにょごにょしている朱莉をよそに俺はどうしたものか、と考えていた。


「お願い事、お願い事。あっ、それなら…」


 俺はいいお願いを考え付き、その数分後…


「ぐぎぎぎ、なんで私がこんな事を」


「がんばれー」


 朱莉は2人分の荷物を持ちながら帰っていた。俺はそれを隣から応援する。快適な帰り道である。


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