隣の席
ガラララ—
俺はやっと自分の教室を見つけ、ドアを開ける。周りの視線と意識が一斉にこちらに向く。その中に一つ、異質なものが混ざって…
「蒼井か、話は聞いている。席はそこだ。座りなさい」
ボサボサの頭をかきながら目を鋭く細め、出席簿に印をつける担任の先生。服装は全体的にだらっとしており、まるで教師とは思えない格好である。
「ねぇ、彼女さんに殴られて倒れたって、本当?」
俺が席に着くと小さな声で話しかけられる。朱を差した明るい茶髪を短く揺らし、紅の瞳でニヤニヤとこちらを見てくる。
「違う、妹だ。ってかお前誰だよ」
俺が気だるげに答えるが、そいつは
気にする様子もなく
「私?私はね、
「好きにしろ。あと、今は先生が話してるだろ、ちゃんと聞けよ」
その後も永遠に話しかけてくるのを無視し続けながら先生の話を聞く。どうやら、騒がしいやつの隣になってしまったようだ。
そうして数十分後、連絡事項を全て伝えた担任は昼休みを告げるチャイムと共に教室を去る。流石に入学初日だからか、みんな知り合いが少なく、静かに本を読む人や、一人で昼ごはんを食べる人が多かった。
まあ、変わらず隣のこいつはうるさいわけだが。
「それでね、今日の朝、私のお母さんが間違えてパンかぶって…」
結局、こいつは数十分の間話し続けて…ん?
「パンかぶるって、何をどう間違えたらそうなるんだよ」
つい反応してしまった。そいつは身を乗り出して口を開く。
「やっと反応してくれた〜!りく君全く返事してくれないから嫌われたのかと…」
「いや、さっきまで先生話してたし、なんかお前から変な圧感じたし…」
そう、俺が遅れて教室に入った時、こいつからとんでもない圧を感じたのだ。俺の言葉に反応して、顔から笑みを消す一之瀬朱莉。
「バレてしまっては仕方ない…本当のことを言おう」
緊迫した雰囲気が辺りを包む、次の瞬間、とんでもない速度でそいつが右手を伸ばし——
——俺のカバンから一つのものを取り出した。
「へ…?」
身構えていた俺は呆気に取られ、しばらく固まっていた。そいつが手に抱えていたのは俺の弁当箱だった。
「めっちゃいい匂いしてたんだもん、どうにか食べらんないかなって。ねぇ、りく君、食べていい?」
「いいわけないだろ!それは俺の可愛い妹が一生懸命作った代物だ。俺が食べなくてどうする」
そいつは頬を膨らませこちらを威圧してくる。弁当箱を抱え込み、もはや返す気はなさそうだ。
そっちがその気ならこっちにも考えがある。俺は軽く息をつき、ある提案をする。
「30秒俺から弁当を守りきれたら食べていいぞ、ただし取られたら…」
「やる!取られたら何でもしていいから!」
交渉成立だ。俺は小さく笑う。相手も自信満々の様子で眼が紅く光る。
「それじゃ、よーいスタート」
俺はそう言い終わると共に全力で手を伸ばす。
その瞬間窓から風が吹き抜け、カーテンが大きく羽ばたく。弁当箱は俺の手の中にあった。
「ほぇ?」
そいつは何が起きたのかわからない、といった顔で目をぱちくりとさせている。何だこいつ、可愛いかよ。
「〜〜っっ、今のなし!イカサマしたでしょ、ズルい!」
何を言うか、騒ぎ立てるそいつをよそに弁当箱を開く。しかし、俺の視界に映ったのは、中身がぐちゃぐちゃになったもはや弁当と言いきるには無理のあるものだった。
あんなスピードで取り合ったのだから当たり前である。
「……半分食うか?」
俺がため息をついてそう言うと、そいつは瞳を輝かせて
「いいの!?」
と勢いよく近づいてきた。
「それじゃ私のも半分あげる!私の手作りなんだよ!」
俺たちは机を向かい合わせにし、お互いの弁当を食べる。他のクラスメイトからものすごい視線を感じるが、きっと気のせいだろう。
そいつの弁当を一口食べる。とんでもなく美味しかった。それはもう、妹の作るご飯と並ぶほどに。
ちらりとそいつを見やる。
「は〜めっちゃ美味しい〜幸せ〜」
「そうだろうそうだろう、俺の妹の作った弁当は例え、混ざり合っても美味しいのだ」
「ねぇ、私の手作り弁当も美味しいでしょ?」
そいつは少し揶揄うように言う。俺は思ったことをそのまま言った。
「あぁ、味はもちろん栄養バランスや彩りにも気を遣っていて素晴らしい」
「でしょう?もっと褒めてくれても…」
自信満々に言い放つそいつに、まだまだ言葉を述べる。
「さらに、飽きの来ないような味つけに、冷めても美味しくなるような工夫もあって丁寧に作ったことがよく分かる」
「えっと、その…」
そいつは少し狼狽始めたが、お構いなしに言葉を続ける。
「誰もがこの弁当に胃袋を掴まれるだろう。こんな気遣いがこもった弁当を食べれる未来の旦那さんは幸せだろうなぁ」
「〜〜っもうやめて!」
クリティカルヒット!一之瀬朱莉のビンタは蒼井陸の頬に直撃した!蒼井陸は気絶した!
薄れゆく意識の中、俺が最後に見たのは、顔を真っ赤に染めた一之瀬朱莉の姿だった。
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