慌ただしい朝

『——本日未明、〇〇県△△市で35歳男性の遺体が発見されました。警察庁によると、その遺体は腹部に大きな穴が空いており……』


 朝ごはんを食べ終わり、呆然と流れるニュースを見ていると、とある事件がアナウンサーによって読まれていた。


「お兄ちゃん、これって…」


「あぁ、お前もそう思うか」


 皿洗いが終わり、話しかけてくる風香に、俺は指を組んで決定的な言葉を返す。


「このニュースキャスター、めちゃくちゃ可愛いな」


「……は?」


「目の大きさ、顔のパーツの配置、どこをとってもアイドルと戦える、いやむしろニュースキャスターは朝のアイドルと言っても過言では…」


「ちがーう!確かに美人さんだけど、ってそうじゃなくて、△△市!これ私たちが住む地域の隣じゃない!」


 風香は声を少し荒げて、この事件のことを語ろうとするが、俺の頭の中はそれどころではなかった。


「△△市、めっちゃ発音しにくいな!…ってか〇〇県ってなんだよ、もうちょっと考えて…」

 

スパァン


 次の瞬間、気持ちの良い音が鳴り、俺の頭にハリセンの一撃が飛んできた。


 風香がそのハリセンをどこから取り出したのかと疑問に思ったが、聞いても答えてくれる雰囲気ではなかったので、素直に話を聞くことにした。


「き・い・て!私はニュースキャスターの話でも変な県名の話をしたいわけじゃないの!」


 …風香曰く、どうやら俺たちの住む地域の近くで妙な殺人事件が起きたらしい。


 曰く、被害者は腹部を何かで貫かれたらしいが、その傷があまりにも大きい。ナイフなんかではなく、それこそ槍のような物で深々と突き刺されていた、らしい。


「お兄ちゃんも気をつけてよ…ってか時間大丈夫なの?そろそろ出ないと間に合わないんじゃない?」


「間に合うって、何に?」


 今日は4月4日、何か出かける用事でもあっただろうか、と俺が首を傾げていると


「忘れたの?今日から高校でしょ?」


 風香が呆れたように言ってくる。


「あ、やべ。忘れてた」


 チラリと時計を見ると針は始業時間の30分前を指していた。


「もう、先行くよー」


 当たり前のように支度しおわっている風香が家を出ようとするので


「ちょ、ちょっと待って!」


 俺は階段を勢いよく駆け上がり、ドタバタと準備をすること5分。俺は制服に身を包み、肩にバッグを掛け、玄関の前にいた。


「もう高校の始業式始まるんだけど、初日から遅刻はまずくない?」


「大丈夫だ。ちょっと持ち上げるぞ」


 心配する風香を軽々と持ち上げ、脚に力を込める。ここから学校まで1、2kmと言ったところだろうか。


——問題ない。


「ちょっとお兄ちゃん、何して」


 風香が顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせているが、お姫様抱っこはまずかっただろうか?いや、今は遅刻する方がまずいだろう。


「舌噛むなよ?」


 俺がそう言って地を蹴ると、景色がとんでもない勢いで流れる。後方に風を取り残し、通行人を、車を追い越していく。


「は、はっや!」


 そうして、俺たちは3分足らずで校門の前までたどり着いていた。


「ほんとに間に合っちゃった……それで、その…そろそろ…」


 周りの人だかりに気づいた風香はまた顔を赤くし、しどろもどろとしている。俺がどうしたのだろうかと顔を覗き込むと


「〜〜も、もうむり!恥ずかしい!」


 顔に勢いよく拳が飛んできた。俺はそのまま意識を失い、その場に倒れた。




 鼻腔をくすぐる独特の香りで俺は目を覚ました。どうやらあの後保健室に運ばれたらしい。


「おや、やっと起きたかい、少年。…長いことこの仕事をやっているが、入学早々倒れる子は初めてだよ」


 声のする方に顔を向けると、コーヒーを片手にくつろいでいた。


「養護教諭、もとい保健室の先生をやっている上田飛鳥うえだあすかだ。これから3年間よろしく」


 白衣姿に赤縁メガネ、琥珀を思わせる瞳をこちらに向け、凛と透き通った声を響かせながら自己紹介をしてきた。


蒼井陸あおいりく、出来ればよろしくはしたく無いっすね」


 一応自己紹介を返し、特に怪我をする予定もなかったのでこう答えると、


「いいや、君はまたここにくるさ。近いうちにね」


「…俺がまた気絶するとでも?」


「そんなことは言ってない。それに、私の勘だ。あまり気にしないでくれ」


 そういうと上田先生はコーヒーを一口啜り、手元の書類に目を通す。


「ほら、そんな話せる余裕があるならもう行った行った。みんな教室で待ってるぞ」


「まだ初日なのに待つも何も無いでしょう、とりあえずベッドお借りしました。失礼しました」


 俺は不思議な人だな、と感じながら保健室を後にする。透き通った黄色い瞳は何もかも見透かしているような気がして。


 扉を閉める瞬間、視界の隅で黒い何かが横切った気がした。辺りを見まわすが、何もいない。


 気のせいか、と俺は結論づけ、教室に向かう。


「そういえば…教室ってどこだろ」


 俺が自分のクラスに辿り着けたのはそれから30分後のことだった。

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