勇魔物語

和音

起床

———目の前で炎が舞い、味方が人間が命を絶やしていく。身体は思う様に動かず、ただその光景を眺める事しか出来ない。そして近づいてくる影が一つ。それは、その人間は、



—ピピピ、ピピピ

 

 目覚まし時計によって無理やり意識を引っ張り出された俺は、少し不機嫌になりながら目覚ましに手を伸ばし、軽く手を振り下ろした。


 ガシャン


「………え?」


 目覚めて早々、視界に広がったのは原型を留めないほどバラバラになった目覚まし時計だった。


 目覚まし時計ってこんな簡単に壊れるのか、と呆然としていると、


「すごい音したけど大丈夫?」


 という声が聞こえ、ドアが開いた。そこに現れたのは蒼井風香あおいふうか、俺の妹である。


 ほんのり瑠璃色に染まる黒い髪を揺らし、吸い込まれそうな紺碧の瞳を持った容姿の整った少女。いわば美少女だ。


 風香は壊れた目覚まし時計に気がつき、一瞬戸惑ったが


「また壊したの?何回目よ、これ?」


 と苦笑しながら散らばった目覚まし時計であった物の破片を拾い上げ始めた。


「またって…これが初めてだろ?」


 俺はどこにでもいる普通の高校生だ。目を覚ますたびに、目覚まし時計を破壊するようなヤバいやつじゃない。


「何寝ぼけてんの、お兄ちゃんが壊すたびに買いに行ってるの私なんだからね。週2、3回も目覚まし買いに行って、変な目で見られるの恥ずかしいんだから」


 そう言われたら何回も壊した気がしてきた。数十回、いや百は超えているかもしれない。


 風香は目に見えるかけら、もとい目覚まし時計の残骸を拾い終わり


「とりあえず先リビングで朝ご飯食べといて、掃除機かけとくから」


「悪いな、ありがとう」


 俺は掃除機をかける風香を横目に部屋を出て、階段を降りる。そして階段を降りきった時、違和感が生じる。


「あれ…リビングってどっちだっけ」


 我ながら意味のわからない発言である。ここが自分の部屋だと認識しているが、どうも見慣れない。まるで頭に霧がかかった様な感覚がする。


 そうして俺が迷っていると


「どうしたの?お兄ちゃん、早く行かないと朝ご飯、冷めちゃうよ」


 後ろから声が響く。どうやら片付け終わったらしい。


「いや、リビングの場所がわからなくなって」


「…何、まだ寝ぼけてんの?右の突き当たりでしょ?それより早く早く、今日の朝ご飯は自信作だよ!」


 風香はリビングの方向へぐいぐいと力強く肩を押してくる。


「…あれ?朝ご飯、お前が作ってたっけ。お母さんは?」


 俺が疑問を口に出すと


「もー、ほんとに大丈夫?熱でもあるんじゃない?」


 と額に手を添えてきた。風香の手はひんやりと冷たくて、頭の霧が晴れていく様な感じが体を包んだ。


 そうだ、俺の親は今仕事の都合で海外に行ってて、妹と二人で暮らしてるんだった。


 …なんで忘れてたんだろう?寝ぼけていたのだろうか。


「大丈夫だって、今ちょうど目がさめた。それよりご飯にしよーぜ、めっちゃ腹減った」


 俺が歩き出すと風香は心配そうに言う。


「…本当に?少しでも具合悪かったら言ってよ?」


 我が妹ながら過保護である。しかし、兄として心配されてばかりなのはよろしくないと思い、感謝を伝えることにした。


「お前ってちょっと言い方きついけど、なんだかんだ優しいし、可愛いよな」


 少し捻くれた言い方になってしまった。素直になれないのは俺の悪いところである。ちゃんと感謝の気持ちが伝わっただろうか、と後ろを振り向くと


「かわっ…」


 風香は顔を真っ赤にして少し俯いていた。そして、人差し指を顔の前で重ね合わせ


「可愛いって、本当に…?」


 と上目遣いで見てくるので、俺は告げた。


「あぁ、いつも俺のこと心配してくれるし、ハムスターみたいに可愛いなって」


 そう、何を隠そう俺の妹は小学生の群れに放り込んでも、気づかれないほど背が低く、高校生とは思えないほどの童顔なのだ。


 その刹那、赤く染まってニヤけた顔が急に無表情になり、低い声が響いた。


「今日のお兄ちゃんの朝ご飯、白米だけだから」


「なんで!?」


 女子ってのは難しい物である。


 ちなみに、「どーせ小さいですよー」とふてくされる風香の機嫌を取りながら食べる朝ご飯は、めちゃくちゃ美味しかった。

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