ep2-10

 ホテルの大宴会場で夕食をとった後、要はさっさと部屋に引き上げてしまった。シーズンの打ち上げを兼ねて盃を交わす人々も多い中、ずっと浮かない顔をしているのが気になっていたが、球団全体で集まっている場だったので、なるべく声をかけないようにしていた。


「すみません、お先に失礼します」


 周囲のスタッフに声をかけ、美澄は腰をあげた。宴会場を出て一階のフロント横にある売店に立ち寄り、アルコール類が並ぶ棚から取った見るからに甘そうな桃味のチューハイと自分用のストロング系を一本ずつ購入する。エレベーターホールでスマホのメッセージアプリを立ち上げ、「今からそっち行きます」と簡潔な文章を送った。

 宛先はもちろん先輩捕手。身体は疲れているだろうがしばらくは目が冴えてしまって眠れないだろうと踏んで、返事は待たずに選手たちが宿泊する部屋が並ぶフロアを目指した。静かな廊下に、ビニール袋の擦れる音が響いている。

 ノックを三回。待ち構えていたのか、すぐに鍵の開く音がしてドアが開いた。ひょこりと顔を出した要は、嬉しそうに目を細める。


「いらっしゃい」

「おじゃまします」


 手を引かれて中に入るとテレビはついておらず、代わりにスタンドに立てかけられたタブレットが試合の映像を流していた。東京スワンズ対リングス神戸。おそらく今日の試合だろう。


「一人で、反省会してたんですか」

「ん。鉄は熱いうちに打てって言うだろ。分析して、来シーズンに繋げねーと。意味のない負けにはしたくないしな。ま、美澄がきてくれたから今日はもう終わりにするけど」


 スツールに腰かけ、タブレットの電源を落とした要が美澄を手招いた。


「何買ってきたの?」

「お酒です。ストロングは俺ので、こっちのチューハイは要さん。甘そうだし、度数も低めなので飲めるかなと思って」


 近くにあった一人がけのソファに座り、ビニール袋から缶を取り出す。要はスツールを移動させ、美澄の隣に落ち着いた。


「おお、桃味だ」

「一番甘そうなのを選んでみました。普段は飲まないのも分かってますが、今日くらいはどうかなと思って」

「俺、酒とか久々に飲むわ」


 人にすすめるならまず自分からか。プルタブを引けば、要もすぐにそれに続いた。缶をぶつけ合う。


「あ、これ甘い!」

「飲めそうですか?」

「ん。美味い」


 要はくぴ、と喉を鳴らし、唇を舐めた。ちらりと覗いた厚く真っ赤な舌に目を奪われる。視線がぶつかると、要はくすぐったそうに目を細めて口角をあげた。あまり強くないのだろう。首がうっすらと赤い。


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