Prologue − Ⅱ
スライムは弱い。
みうでも倒せるくらいには。
しかし貧弱で病弱の妹には程よい強敵だった。
「えい、よし! 一匹めー!」
ここ最近、体が思ったように動くのか討伐速度が速くなってきた。
だからこそ遭遇する事実。
一匹、二匹ではドロップしないのはよくあることだが。
これが五匹、十匹となってくると話が違ってくる。
スライムは弱い。
それはダンジョン始まってのルール。
ドロップ品は総じてゴミ。
それもダンジョンが始まってからのルール。
けれどドロップさせるのなら、記念になるお宝がいい。
俺はダンジョンの深淵に至るモンスターを倒した時にしか落とさないドロップ品をモンスターに持たせた。
スライムが落とすにはあまりにもデカすぎる、拳代の魔石。
俗にいう極大魔石結晶と呼ばれるものだ。
「あれ、何か落ちたよ?」
「お、ラッキーだな。そいつはごく稀に出てくるドロップ品だ。大切にしておきなさい」
「え、ほんと? いくらで売れるかな?」
おっと、すぐに売りに走ろうとするとは思わなかった。
こんなのが表に出たらすぐにパニックになってしまうだろう。
なので俺は機転を利かせて100円ぐらいの価値があるといった。
「100円かー。でも10個集めたら1000円だよね?」
「そうだな。いいお小遣いになるだろう。だがドロップ率は稀だぞ? それでも挑むか?」
「あたしはこれしかできないからね!」
オーバーオールのポケットに捩じ込んで、みうは棒切れでスライムに飛びかかった。やっぱりドロップ品があるだけでやる気に違いが出るな。
俺はその日から表に出せばいくらの値がつくかわからない特大の爆弾を軽率にドロップ品に混ぜ込んだ。
多い日でも10個。少なくとも6個と調整する。
その中でみうの気にいる色があった。価値はどれも一緒だが、やはりお気に入りというのは特別な、ものなのだろう。
「やった! 赤い魔石」
「みうはその色好きだな?」
「なんかみてて落ちつくんだよね」
「そっか」
確かそれを落とす存在は、いや、やめておこう。
ちょっと説明するのが難しい化け物だからな。
もう俺はあの場所に関わることはないんだ。
俺はただの高校中退者。
命を脅かすクリーチャーに挑まなくてもいいんだ。
「今日は赤いの5個取れたもんね」
収録の帰り道、妹がそれを太陽にかざしながら歩いた。
どこで人の目につくかわからないと感じた俺は、それとなく釘を刺した。
「あんまり他人に見せびらかすなよ?」
「えー、どうして?」
「世間的に価値が知られてるからなぁ」
「あたしが気に入ってるからいいんだもん!」
「まぁ、それもそうか」
「そうだよー」
ポーションやエリクサーを密かに飲ませて3年。
みうはすっかり明るさを取り戻した。
病気さえ直せば、すぐにでも探索者になりたいと言って聞かない。
最近ではお気に入りの探索者配信を消灯時間を超えても閲覧する傾向があるようだった。
まるで今の自分がどの地位にいるのか見比べるように。
元気になるのは構わないが、危ない真似だけはしてくれるなよという感情が溢れる。
このお遊びの配信で自信をつけてくれるのは構わないが、慢心だけは避けたいところだった。
「陸、最近妹ちゃんの配信、どうだ?」
「順調ですよ」
俺のバイト先の大将は俺がみうと一緒に配信者ごっこをしているのを知っている理解者の一人。
なんなら実際に動画を配信してコメントを打ち込んでくれていた。
うちの貴重なリスナーなのだ。
「だったらいいや。最近お前が入ってくれてから配達の注文が増えてな」
「お、どこです?」
「ダンジョンセンターの受付だよ。以前オードブル持って行ったことあったろ?」
「あー、何やら就任式があったとか?」
「そこの受付? センター長がうちの味を気に入ったとかなんとかでさ。よく注文を頼んでくれるのよ」
「で、俺の出番ってことですか」
「陸は体力自慢だろ? オカモチを三つ運んでこぼさずに時間内に送り届ける神技持ちってなるとお前しか頼めなくてな」
「あんまり俺を当てにしないでくださいよ?」
「わかってるよ。面会のある人リハビリのある日は受け取らないようにしている」
そう言って、予約は俺がそれらを終えた時間に集中していた。
「俺一人でこれを配達するんですか?」
「頼む! 給料はずむから!」
「まぁわかりましたよ。どうせ俺もここで世話にならなきゃバイト先厳しいですからね」
「いよ! 妹想いのいい兄貴!」
「そうやってなんでも煽ててればいうこと聞くと思ったら大間違いですからね?」
「お前なら引き受けてくれるって前提でこっちも注文受けてるからな」
「はいはい」
実際、俺はズルをしながらその功績を立てていた。
壁に手を当て、魔力を注ぎ込む。
するとそこには見えない粘液生物が膨れ上がる。
俺のジョブ『ユニークテイマー』はなんとダンジョンの外でも一度倒したモンスターを出現させることができるのだ。
俺はこれでダンジョンの外でもモンスターを生み出し、妹に討伐させていた。
そしてバイト中に、それらを使ってズルをする。
自転車にオカモチをそれらで固定なんかは朝飯前。
薄く伸ばしたスライムの線路でビルからビルを綱渡りなんかしたり、気分は曲芸師だ。
そんなこんなでズルを最大限活用して、バイト先で信用を得られている。
時間は有効的に使わなくちゃな。
そして配達先には一般家庭や建設現場の他にダンジョンも入ってくる。
ダンジョンセンターの受付なんかがそうだな。
そこはこちら側とあちら側を繋ぐゲートの管理会社。
そこで俺はちょっとした人助けなんかもしていた。
怪我の治療から、モンスターからのヘイト取得など。
本当に相手にわからない程度の働きである。
妹の手前、ダンジョンとおさらばできて清々したとはいうが、やっぱりほんの少しだけの未練があった。
俺にとっての青春は確かにそこにあったんだ。
だから元クラスメイトがピンチだと聞けば駆けつけて、配達帰りを装って駄弁った。
軽い近況報告から、どこにヘッドハンティングされたかなどである。
もう俺は探索者ではなくなってしまったが、まだ心のどこかでその職業についていたかったのかもしれないなんて、思っているのだろうか。
「そういえば陸、お前知ってる?」
「なんだ?」
「今の主席」
「知るわけないんだよなぁ」
「それもそうだな。でも最近配信者としてデビューしてるからさ、チェックしてみたら?」
そこに映し出されていたのは、かつて俺が自主退学の憂き目に遭っていた時に引き留めてくれた少女の姿だった。
あの時はただのクラスメイトで、それ以上でもそれ以下でもなかった。
それほど突出した実力があったようには思えない。
本当、クラスの端っこで読書を楽しむタイプである。
「威高こおりさんね」
「本命はこっちだな」
画面の隣を指差した。
いかにもなお嬢様キャラ。金髪碧眼で日本人離れしているが正真正銘日本人らしい。
「久藤川ひかり」
「久藤川って、あの久藤川か!?」
どの久藤川だよって思われるかもしれないが。
その久藤川は俺を自主退学に追いやった一族の名前だった。
つまりは理事長の一族である。
「そいつが今のうちの学園のトップだよ。案の定、お前の席に座ってるぜ」
「そっか」
「なんだよ、淡白な答えだな」
「だってよ、今の俺にはそれに反論しようがない。確かに在籍時は目の上のたんこぶだったかもしれないが、今じゃ俺は外野。あの学園の基準だって緩くなったわけじゃない。だったら実力でもぎ取った主席だろ? 俺が文句を言う義理はないよ」
「お前がそう思ってるんならそれでいいが、まぁあの理事長も手広くやっててな。学園切手の俊才などともてはやして、今度配信デビューするそうだ」
「配信って、そんな簡単に資格を取得できるのかよ?」
みうが好んで見ている配信はプロの配信ばかりだ。
世界的にも有名な九頭龍プロとか、Sランクに至るプロだからこそみてタメになる。
そこに素人に毛が生えた程度の(失礼)、学園卒業生が配信者になるだって?
「ダンジョンを舐めてるのか?」
「それだけ環境が整ってきたんだとよ。カメラはなんとバルーンタイプで探索者を追跡してくれるんだと。コメントは余裕がある時のみ拾い、あとは演劇みたいに虚空に向かってお話しすれば体裁は整うって話だ」
「技術の進歩ってすげーな」
「本当だよ」
それに比べてうちの配信ときたら、ホームビデオにスライムをテイムしての撮影だ。技術の差を感じるぜ。
でもいいんだ、別にそれを誰かに見せびらかすわけじゃないからな。
「んじゃ、俺はこれで」
「おう、話せてよかった。今年は卒業だからよ、学園出たらどこかなじみになれそうな飯屋を探してたんだ」
「あんまり配達ばっか頼むなよ? 全部俺に皺寄せが来るんだからな?」
「そりゃ無理な注文だ。飯は暑いうちに食いたい。そしてダンジョンセンターでは出前の注文が可能。お前の仕事は配達だ。常連になってやるから覚悟しとけよ?」
「くそ、所詮男の友情なんてこんなもんか!」
「そう言うなって、なんだかんだ話の中心はお前になるんだ。昔話に浸るくらいいいだろ?」
そう言って他人を出汁にして話題を広げるのやめろよな。
別に減るもんじゃないけど。
それにしても威高こおりさんね。
それとなく追ってみるか。
もし近所で配信する場合、ブッキングする可能性が高まるからな。
俺は早くもソロ活動を宣言した彼女の名前をメモに記し、オカモチをもってバイト先に戻るのだった。
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