みうちゃんは今日も元気に配信中!〜ダンジョンで配信者ごっこをしてたら伝説になってた〜

双葉鳴|◉〻◉)

序章

Prologue − Ⅰ

空海陸そらみりく、貴様はこの学園にふさわしくない! 即刻でていけ!」


 探索者になるべき学園で、学園の利益になるはずだったモンスターを操り、一切のドロップを無くした責任を負わされた俺は理事長からの一方的な通達によって自主退学の道をとった。


 まぁ、この学園で垂れるべきことは全て済ませた。

 これ以上ダンジョンに期待をするだけ無駄だろうしな。

 諦めというよりは、どこか絶望に近しい。


「空海君、学園辞めちゃうってほんと?」


「あー、うん。理事長からの直々のご指名だし? 損害賠償とやらも払えないしさ。ある意味でちょうどよかったんだよ」


 クラスメイトの女子が、こんなの納得できないと俺の味方になってくれる。


「もったいないぜ、陸。お前ほどの実力がありながら。職権濫用ってやつじゃねーのか?」


 クラスの男子が俺に同調する。

 わかってる。この学園は理事長の発言一つであらゆる事象が覆されてきた。

 だからこそ貧乏学生の俺にできることは何もなかった。


「じゃあな、お前ら。Aクラス主席の席は空いた。あとは好きに争え。俺はこれからどうするか……しばらくはバイトでもして稼ぐかな」


「たまに顔出しに行くよ…バ先どこ?」


「それをこれから決めるんだよww」


 クラス仲はとてもいい方だった。

 ほとんどがいい掛かりに近い自主退学だったが、それだけが唯一の縁。


 両親の行方を探すための探索者資格も、今となってはどうでもいい。

 今はただ、入院中の妹の気を使ってやる方が最優先だった。


「空海さん、お兄さんがきてくれましたよ」


「…………」


 返事はない。

 人生の半分以上を病院で過ごし、余命幾ばくかの宣告を受けている。

 生きることを諦めている目。

 今更何をしにきたのかという失望の目だけが俺を抉る。


「みう、実はな、兄ちゃん学校やめたんだ」


「そう」


 一切の関心を見せない表情。

 顔は、買い与えてやったタブレットにのみ向いた。

 ただじっと、探索配信を眺めている。


 俺が探索者学園に通うと決めた時も、こんな返事だったなぁと思い出す。

 なんせ半年も経ってないのだ。入学式を迎えたのは。

 妹は俺を口だけのハンパやろうと思っていることだろう。


 けどな、みう。

 それは見当違いだということを教えてやろう。

 俺はダンジョンから持ち出したポーションを見ずに少量垂らしてみうの元に運んでやった。


「水、汲んでおいたぞ」


「うん」


 特に気に留めた様子もない。

 ナースコールをすれば看護師さんでもやってくれることを偉そうにするなという顔だった。

 だから無造作に、本当に無造作に口に含んで今自分が何を飲んだのかコップの中身を凝視した。


「これ、何か入れた?」


「兄ちゃんの愛情をたっぷり注いでやったぞ!」


「そういうのいいから」


 何かしらの変化があったのは一目瞭然だった。

 今まで何に関しても無関心だった妹は、ようやく俺に対しての関心を寄せた。


「お兄たん」


「なんだ?」


「どうして探索者学園辞めちゃったの? あんなに、あんなに喜んでたのに。どうして辞めることを受け入れることができたの?」


「そうだな、どこから話せばいいのか」


 過去の自分は、そんなにはしゃいでいただろうか?

 妹からの反応に軽く弾きながら俺は自主退学のあらましを話した。


「え? モンスターを倒したら退学しろって言われた?」


 何それ、という顔。

 俺も苦笑いしながら続きを語る。


「まぁ、それが学園側の方針だって言われたらそれまでだよ。俺は救出に向かっただけなんだけどなぁ。それが余計なお世話だって後出しで言われてさ。手にするはずだった利益を弁償しろって。払えないなら退学だーって」


「学園って理不尽なところなんだね」


「本当にな」


「でも、お兄たんはなんでそんなに嬉しそうなの? おとうたんとおかあたんの行方は途切れちゃったっていうのに。むしろ納得できないよ」


 妹がベッドの中でモゾモゾし始める。布団から顔だけ半分出して、こっちを眺めていた。


「なんでだと思う?」


「質問を質問で返さないで」


「毎日お前に面会に来れるからだ!」


「それが、嬉しいの?」


「そうだ。ずっと、ダンジョンでこんなことがあった! いろんなモンスターと出会った! すっごいお宝を手に入れた! そんな話をしにきたかった。でも病院では面会にも時間制限がある。毎日お休みでもない限り、そんなことは無理だ」


「だから、嬉しいの?」


 変なの、という顔だった。


「正直な、ダンジョンで手にいられる限りのお宝は出し尽くした」


「え?」


「その顔、信じてないだろ? 兄ちゃんな、こう見えて学園では最強だったんだぜ? 個人競技では一等勝だった。でもなぁ、目立ちすぎちゃったんだ。同年代に理事長の娘がいてな。そいつが俺の下にいたから邪魔だったんだろうなって、そう思ってる」


「お兄たんが引くことなかったんじゃないの?」


「いいや、頃合いだったのさ。言ったろ? ダンジョンでやれるべきことは全て終わらせたと。あとはのんびりお前の面倒みながら第二の人生でも送るさ。俗にいうスローライフってやつだな」


「でも、もったいないよ。そんなに強かったんなら、おとうたんもおかあたんも探し出せるんじゃないの?」


「けど、それは今じゃなくてもいいって気づいたんだ」


「え?」


「俺はな、みう。父さんや母さんも大切だが、お前だって大切なんだ。だからな、みう。さっさと病気を治して二人で父さんと母さんを探しに行くぞ?」


「だって、でも……無理だよ。あたし、一人で立てないし。ご飯だって」


 点滴で流動食を流されている状況。

 こんな体たらくで探索など無理だ。その目はそう物語っている。


「できることなら、探索者になりたいよ。でも無理だって、自分のことは自分が一番わかってるもん」


「そっか。でも、諦めきれないから、探索配信を眺めているんじゃないか?」


「そんなことないよ」


「空海さーん、そろそろ終了のお時間ですよー」


「すいません。じゃあ、また明日。話はまた明日にしよう」


 みうは項垂れたまま、それでも俺に小さく手を振った。

 その日の面会では、妹をその気にさせることはできなかった。


 でも俺は毎日が暇!

 なんらいいことはないけど、いつでも面会に行けるというのはそれだけでチャンスが多いということでもあった。


 俺は面会の度にみうの水にポーション、エリクサー、ネクタルなどを含ませた。

 医者にバレない程度に。

 ほんの少しづつ。

 妹の病気や息苦しさを緩和させてやった。


 だいたい半年が過ぎた頃、みうの体に変化が起きた。


「こんなことは奇跡です! 絶望と思われた数値がこんなに回復することなんてないんですよ!?」


 みうは一人で歩けるようになった。

 リハビリの甲斐あって、外出許可もいただいた。


 今までの灰色の人生が、薔薇色に写ったことだろう。

 俺は改めて妹に聞いた。


「何かやってみたいことはあるか?」


「お兄たん、あたし、探索者をやってみたい! ダンジョンでモンスターを倒す配信者をやりたいんだ!」


 みうが8歳になって、ようやく決心した夢である。

 なお、探索者になるには15歳という規定があった。


 治らない病気。

 いまだに肉体を阻む病原菌。

 余命勧告は撤回されず、それでも前を向く妹のために何をしてやれるか考えた結果。


 俺は配信者ごっこをでっち上げた。

 廃棄されたダンジョン、テイムしたモンスターを妹に倒させ、自分で打ち込んだコメントを後から編集するいわゆるごっこ。


 どこにも配信していない、たった二人だけの視聴者のための収録。

 それでもいい。

 無駄じゃない。


 だって妹は、それを生きる糧に変換しているんだから。

 無駄であってたまるか。

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