みうちゃんは今日も元気に配信中!〜ダンジョンで配信者ごっこをしてたら伝説になってた〜

双葉鳴|◉〻◉)

プロローグ 

 迷宮歴33年8月某日。


 新進気鋭の配信者、威高こおりは最年少でAランクを駆け上ったやり手の探索者である。


 今日も相棒の久藤川ひかりと共に国内で最高難易度を誇るAランクダンジョンへと赴いていた。


 道中こそはのほほんと。

 最近覚醒した風のスキルを纏い一騎当千。

 このままAランクも踏破してしまうのかと思われた時、そいつは現れた。


「てけり・り」


 溶け落ちたスライムの様に地を這う化け物だ。

 独特のイントネーションで何かを語るが会話は通じず、近づいただけでスタッフが発狂した。


「なにこいつ!」


 虎の子の風スキルも通用せず、一人、また一人命を奪われていった。

 かろうじて生かされてるこおり。

 何もさせてもらえぬままに追い込まれていく。

 

 こんなモンスター知らない。

 聞いたこともない。

 今まで通じていたスキルが頼りなく思えるほどの絶望がそこにあった。


「ひかりちゃん! 平気?」


 すぐに相方の安否を確認するも、スタッフが発狂するのに引っ張られて腰を抜かしている。

 彼女のこんな姿も初めて見る。

 

 久藤川ひかりは常に威風堂々、何者に対しても動じず、自分を押し付ける傲慢さを持っていた。

 そんな彼女ですら、バケモノの前ではこの有様で。


 特に今は配信中。

 その惨状を見てコメント欄も阿鼻叫喚の渦に巻き込まれていた。


:おぇーーー

:なんだこれなんだこれなんだこれ

:逃げて! こおりちゃん

:ヤベェよ、やべぇよ

:何やってんだよ、他の探索者は!

:だからAランクはやばいって言ったじゃん!

:でも期待のAランクだし

:上がりたてと熟練は違うやろ

:しかも舐めプでタッグとかさ

:ダンジョンアタックは遊びじゃないんよ

:でも途中までは余裕だと思ってたろ?

:思ってたけどさぁ、こんなのが出るなんて思わないじゃん!

:やばいやばいやばい!

:死んじゃう! 死んじゃう!


「テケリ・リ? テケリ」


 それは大きく膨らんだ。灰色の肉体を持ち上げる様に身を起こす。

 それは確かにこおりを意識した。

 表面が泡立ち、新たな触手が生み出される。

 それは一斉にこおりに向かった。


 あ、死んだ──

 見ただけで恐怖で身体がすくむ。

 攻撃は一切通用せず、そんなものがターゲットに自分を選んだ。

 まず間違いなく、この攻撃は致命傷を与えるだろう。

 先きほど顔のすぐ横を掠めた触手が地面を抉った音を聞いた。

 そんな一撃、受けてまともに反撃できるとは思えない。

 

「あ、助け──りく──く」


 こんな時に、あの人の名前が浮かんだ。

 空海陸。


 探索者学園の同年代で、こおりの世代では知らないほうが無理のある有名人。

 とある事情で退学したきり、会うことはないと思われた彼とつい最近会う機会があった。


 けれど、助けを求めて助けてくれるほどの信頼は稼げてない。

 あの妹バカの男の子が、他人の救いの手を取るとは思えないからだ。

 それでも、それでも。

 この窮地を乗り越えられる存在がいるならば、彼しかいないとこおりは願う。


 実際に助けに来てくれずとも、みっともなく助けを呼ぶぐらいは許されるだろう。

 何せ自分の命はあと少しで潰えるのだと確信していたから。


:ひかりちゃんは?

:さっき腰が抜けてた

:やばいやばいやばいやばい!

:誰か! 誰か!

:誰かいませんか!

:誰でもいいから間に合ってくれ!








 そんな配信を、偶然目にした兄と妹がいた。


「お兄たん、ひかりお姉たんピンチだって」


 妹が兄にかまって欲しそうに話しかける。


「いいか、みう。探索者ってのはな、常にピンチになることを想定して用意をしてるもんなんだ。今ピンチなのは、彼女の過失。俺たちが首を突っ込むことじゃない」


 兄は妹を諭すように言って聞かせる。

 確かに知り合いがピンチなのは捨ておけないが、優先順位は妹。


 そんな場所に助けに行って自分が命を落とすのもダメだし、そんな場所に妹を連れて行くのは言語道断だった。


「でも、想定外のことが起きてその用意が全ておじゃんになったら?」


「そりゃやばいな。兄ちゃんなら尻尾巻いて逃げる」


「それが逃げられそうもない相手だったら?」


「うーん、そうならないように細心の注意を払う、かな?」


 雑談を交わしながら、その足は今救援を最も欲してるダンジョンだった。

 受付は混雑しており、てんやわんや。

 特に上級探索者の到着を心待ちにしている。


 そんなところに今年Dランクに上がったばかりの探索者が赴いたところで焼け石に水であろう。


 そんなことは誰よりもその兄妹はわかっていた。

 なのでダメ元である。


「すいません、ダンジョン入りたいんですけどいいですか?」


 ここはAランクダンジョン。普通ならDランクが素通りできることはない。

 しかし今は猫の手も借りたいレベルで。


「サポーターの方ですか? 今は少しでも人手が欲しいところです。接敵しても戦闘しないというのであれば許可します。ここに住所と所属クラン、名前の記載をお願いします」


 兄妹はサラサラと記載し、それを見た受付は目を丸くした。


「九頭竜プロの所属クラン。では、あなたたちが?」


 何が『では』なのかわからない兄と妹は頷き。


「威高さんは知り合いなんです。彼女に死なれると妹が悲しむ。それに見殺しにしたんじゃ飯が不味くなる。本当はこんなことに首は突っ込みたくないんですが」


「お姉たんはあたしが助けてくるから!」


「こらみう、お前はまだ調整中なんだから攻撃しちゃダメだぞ?」


「えー」


 小さな妹を諌める兄。

 その兄は特定の探索者の中でもとりわけ有名だった。

 否、有名すぎた。


 ランクが低いのは、最近まで入院していた妹に合わせていたがため。

 それが今、本気でダンジョンアタックをしてたった半年でDまで上り詰めた。

 ゆくゆくはAに至る日も近い。


「以降の任務はあなた方に全てお任せしました。全てを救ってくれなくとも結構。ただ、あれは表に出しちゃいけない存在です」


 ダンジョンセンターの職員は激情に身を任せて語る。

 最悪探索者は助けられなくてもいい。

 モンスターの方をどうにかしてくれと。


「まぁ、どうにかします。けど職員のあなたが探索者を蔑ろにする発言をするのはどうかと思いますよ?」


 妹の情操教育上よろしくない、と兄は説き伏せた。


「お兄たん、お姉たん、死んじゃうの?」


「死なないさ。そのために俺たちが来た。ちょっとばかし目立ってしまうが、これ以上は隠しきれないと思っていたからな」


 兄は内心で限界が来ていたと思っていた。

 隠し通せぬのは己の異能、ではなく妹の異能。


 数々の著名人を無償で救い、本人はそのせいで異形に成り果てそうになっている。

 メディアはそれを無償の愛と呼ぶが、兄はそんなものクソ喰らえという認識だった。


 世間の誰が死のうと関係ない。

 今回の威高こおりもそのうちの一人でしかない。

 

 何よりも大事なのは妹が幸せに暮らせる未来。その一択。


 けれど、妹がもう知り合ってしまった。

 妹が悲しむ。

 目の前で困っている人がいたら手を差し伸べてやれる優しい妹だ。

 だから今回も、きっと使だろうことは予想できていた。














「テケリ・リ。テケリ!」


 深淵が迫る。

 こおりは動けずにいる。

 伸びた触腕から岩をもとかす強酸が放たれた。

 配信用のサポーターやスタッフたちはそれによって一人残さず消化されてしまっていた。


 辺りに立ち込めるのは肉を焼いた匂い。

 人が死んだ後に放つ異臭。

 血は不思議と出ていない。

 血ごと消化液によって蒸発してしまったような地獄絵図がそこにあった。

 

 出会っても終わり。

 なまじ生き残っても戦力差に絶望する。


 意思を持った地獄がそこにあった。


 まるで知性があるかのように、人間で人形遊びをするような感覚。

 次のターゲットが自分であることはわかっていた。


 カメラはまだ動いている。

 自分がこの先どんな辱めを受けるのか想像しながら、腰を抜かしたにも拘らず後退を試みるこおり。


 しかし深淵は見逃しちゃくれなかった。

 後退した分だけにじり寄ってくる。


 その触腕が、こおりに伸びた。

 ここまで一緒にやってきた、数千万円もしたバトルスーツがなんの抵抗もできずに溶かされた。

 かろうじてこおりのボディを守ってくれたが、次はない。


 持ち上げられては壁に叩きつけられ、どうして今生きてるのか不思議なくらいな感情で助けを待っている。


 否、誰も来ないで欲しいというのが率直な感想か。

 ここで誰かが来れば被害はいっそうひどくなる。

 だからこれを見ている誰か、どうか自分を助けに来ないでください。


 それは祈り。

 自分のような目に誰にも会ってほしくないという懺悔。


:こおりちゃん、死んじゃう!

:やだー

:これが人の死に方かよ!

─────────────────────

¥50,000:誰か、誰でもいいから助けにきて!

─────────────────────

:こんなのAが束になったって勝てねぇよ!

:Sランクの人! 誰かいませんか?

:こおりちゃん! やだーーーーー



 しかしてそれは叶わずに──


 触腕は途中で止まった。

 そこでこおりはここにいないはずの存在を認識した。


「なんで、なんでここにいるの? 空海くん」


 目の前には助けに来て欲しいと願った男の子がいた。

 妹さんを連れて。


 あの妹狂いが、妹を危険な目に遭わせることのない男が、妹を連れている。


 意味がわからなかった。

 正気とも思えない。


 だってあれは、人間が勝てる存在ではないから。

 空海くんでも、きっと勝てない。

 そういう確信ばかりが募る。


:誰?

:Aの人?

:そりゃここはAなんだから来るんならAの人でしょ

:さっさとそいつ倒して!

:ばか、こおりたんでだってあのザマなんだぞ?

:そうじゃん、一人増えたところで生贄が増えるばかりじゃん

:何やってんだよ!

:幼女かあいい

:おい、そんなこと言ってる場合じゃ

:なんでここに幼女?


「みう、こいつは俺が止める。お前はみんなを頼む」


「はーい」


:止める? 何を言ってんだ?

:おいバカやめろ

:幼女に何させるつもりだよ

:もしかしてこいつ、状況何もわかってないんじゃ?

:報連相してないのか?

:迷子かよ


「力を貸せ、スーラ。テイム、テイム、テイム、テイム。モンスター合成! 暴れろ、〝ジャヴァウォック〟!」


 兄の手には一切の光も通さない偃月刀が握られる。

 ジャヴァウォックという名前。


 武器、というにはあまりにも異形。

 意思を持ち、数本の触手を生やした剣がそこにあった。


:なんて?

:モンスター合成?

:いや、その前にテイムって

:こいつテイマーかよ

:だから丸腰だったんか

:それよりも今、どこからテイムした?

:どこからって、先にテイムしてたんでしょ?

:その場合『召喚』なんだよ、知り合いにテイマーがいるワイは詳しいんや

:え、じゃあ本当にどうやってテイムしたんだ?


「こおりお姉たん、もう大丈夫だよ。あたしがみんなの悪い病気を食べちゃうから。【よく食べる子】そして【おすそ分け】」


 場面は切り替わる。

 そこでは幼女がエストックを死んだもの、まだ息があるもの全員に振い。あまつさえ神に祈るようなポーズをとった。


「うそ、傷が……」


「いてて、ここはどこだ?」


「俺、死んだと思って……あれ、生きてる?」


「こおりさん、状況を!」


「はは、はははははは」


 こおりは壊れたように笑っていた。

 目の前では絶望がただ繰り広げられていた。


 けれどその救いの手は、明らかに人類が施せる許容値を超えていた。

 奇跡、だなんてチャチな言葉で飾っていいものではない。


:えっ

:うそだろ?

:これやらせ?

:死者が生き返った?

:かろうじて死んでなかっただけかもだろ?

:だからって、あんな状態の傷を復元できるのかよ!

:だとしたら奇跡じゃん

:あ、この子あの有名なリトル聖女じゃん

:知ってるのか?


 コメント欄は加速する。

 その奇跡の数々を、偉業を称えるように。

 その中に混ざるアンチコメントすらも押し流す勢いで流れ続けた。


 その一方で、カメラはリトル聖女から『深淵種』が追い詰められている姿を映し出す。


:は? 物理無効じゃなかったんかよ

:効いてる

:どうしてもっと早く助けに来なかったんだよ!

:なんでキレてるの、こいつ?

:死人はリトル聖女がいるから平気やろ

:死者蘇生つよスンギ

:代価は何もないのか? 普通は相当な代償を抱えるはずだが

:しらね

:そうだよな、死者蘇生がなんの代償も支払わないはずないんよ

:最悪本人の寿命を消費してるまであるからな

:え、じゃあ蘇生の回数は上限があるって、コト?

:あんまりリトル聖女に頼るなよ?

:え、無理くない?


 多くのコメントが妹に頼る気満々な発言を繰り返す中、兄がとうとう『深淵種』を討伐した。


 もうこの二人だけでいいんじゃないか。

 そんなコメントが身勝手に加速していく。













「どうして、助けに来たの?」


「なんだ、助けはいらなかったのか? あー、今更横殴りとか言われても遅いぞ? 一応救出許可もらってるからな」


 兄はダンジョンセンターから発行された救出依頼を取り出した。

 こおりはそうじゃないと頬を膨らませている。


「お兄たん、お腹すいた」


「ほら、これで少しは満たせるか?」


「わーい」


 妹は拳大の魔石をバリバリと咀嚼している。

 人間ではない、行動。

 人の形をした化け物に向ける目で、こおりは妹を見た。


「おい、それはないんじゃないか? 妹は誰のおかげでこんな状態になっていると思っている? これは代償だ。大きな力には代償が伴う。それは探索者をしているお前にもわかることだろう?」


「あ、ごめんなさい。やっぱりさっきのスキルで?」


「人が手にしちゃいけないスキルなのは確かだ。こいつは根が優しいからな。誰でも困っている人がいたら助けちまう。俺はそれが不憫でならない。人としての生活を送らせてやりたかった。けど、今回のでそれもできそうもない」


「今回の、あ!」


 そこで自分が今配信中だったことを思い出す。

 こおりは登録者数220万人を誇る実力派の配信者なのだ。

 それも今回の配信で爆発的にチャンネル登録者数は増えるだろう。


 人の口に扉は立てられない。

 噂好きの民族が、勝手な憶測、妄想で妹にありとあらゆる感情をぶつけてくることは目に見えていた。


「だから、これは貸しだ。妹がピンチになったら、お前から擁護してくれ」


「空海くん」


「なんだ?」


「助けに来てくれてありがとう」


「別に。妹が見て見ぬ振りできない性格でな。俺は見捨てる気満々だった。感謝なら妹に言ってくれ」


「みうちゃん、ありがとうね」


「ううん、みんな元気になってよかったね!」


 そう言って、妹は『深淵種』のかけらを貪り始めた。

 その代償は《偏食》。

 配信者として名を売りたい妹にとって、あまりにも大きすぎる代償だった。

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