第1話 配信者ごっこ★

 迷宮歴33年6月中旬。俺はいつものように妹と共に廃棄ダンジョンに訪れて撮影ごっこをしていた。



「お兄たん! あたしもう一人でスライム倒せるよ! 見てて」


 みうは愛用している木の棒を大きく振り上げて、食事中のスライムの頭上を叩きつけた。一回、二回、三回と勢いをつけて叩く。

 途中で大きく振りかぶりすぎて、転びそうになるのもセットだ。


「そんなふうに無理に勢いをつけたら危ないぞ」


 石を投げて、臨戦態勢をとるスライムの気を逸らす。


「うん、ごめんね」


 急いで立ち上がり、トドメの一撃だ。

 スライムはシュワシュワとその場で消え去り、消えた場所に赤い石を置いた。


 みうはしゃがんでそれを拾い、俺に手渡してくる。


「これでお家賃の足しになるかな?」


「少し難しいかな?」


「じゃあ、もう少し難しいダンジョンに行く?」


 みうの困った顔に、俺は頭を撫でて誤魔化すのだった。


「それはもう少し動けるようになったらな。今はまだ、スライムだから倒せているだけだ。それでも数回に一回、転んでしまうだろう?」


「うん」


「転ばずに倒せるようになったら、兄ちゃんも考える。それまで努力あるのみだ」


「わかった」


「それじゃあ、視聴者のみんなにお別れの挨拶をしような」


「うん、今日は見てくれてありがとね、バイバーイ」


「ご視聴、ありがとうございました」


 声だけの儀式を終え、ネットにつながっていないカメラを切る。

 週に一度、病院を抜け出しての配信。


 妹のみうは生まれつき体が弱い。

 それでもずっとベッドで寝たきりというわけにもいかず、適度な運動が必要だった。


 こうやって探索者の真似事をしているのは、妹のたっての願いだった。


 昔からベッドに縛り付けられた妹は、ネットが外の世界を知るきっかけで。

 そこで活躍するダンジョン探索者アタッカーに夢中になった。


 ダンジョンが世界に満たされて数年。

 世界中のあちこちにダンジョンの入り口が現れて、そこから溢れるモンスターを駆逐して回る姿は、みうには正義の味方に見えたらしい。


 それ以降、何かにつけて配信を漁り、ついには将来の夢まで決めて。


 妹は長くは生きられないだろうと余命を宣告された俺は、残りの時間を使って妹の夢を実現するために仮初のダンジョンを作り上げた。


 流石に病み上がりの妹をダンジョンに連れて行くことなんてできないからだ。


 探索者には免許がいる。

 そしてダンジョンもまた、管理者が厳重に管理しているのだ。


 免許もない、未成年の子供二人が、大人の目を掻い潜り、こうやってダンジョンに潜り込むのは至難の業。


 つまりこの場所はダンジョンでもなんでもない、ただの穴蔵だった。


 そこに俺のジョブで『テイム』したスライムを連れ込んで、妹に倒させる演技を行なった。


 最初は棒立ちで。次第に攻撃を交わすようにしてピンチを演出した。


 テイムモンスターは味方判定なので、倒しても経験値もアイテムも落とさない。


 そういった状況から、俺はこのスキルで稼ぐのは難しいと、探索者学園を自主退学していた。


 そんなものに縋るより、少しでも多くの時間を妹と過ごすために学校を辞めてバイトしたものだ。


「それじゃあ、お兄たん。あたしこっちだから」


「看護師さんのいうことをちゃんと聞くんだぞ?」


「わかってる。また来週ね!」


「ああ、今日稼いだ魔石は、家賃の足しにしとくから」


「動画の編集も任せたよ!」


「ああ、アーカイブも残して置くからな!」


 妹には希望を持って欲しいから。

 それだけが俺の望みだった。



 ◇



「陸! 配達だ、丸の内デパートダンジョンの受付まで」


「はいよ!」


 バイト先は基本的に飲食店が多い。

 理由は多岐に渡るが賄いが出て、経験がなくても皿洗いで時給がもらえるからだ。

 俺はこの店に探索者学園を自主退学してから3年世話になっている。


「勝流軒です! ラーメン4つ、お待ちしました!」


 オカモチからラーメンの器を取り出す。受付のおじさんはそいつを待ってましたと喜びながら受け取った。


「毎度あり」


 ぴったりの料金を受け取り、俺は次の配達先まで自転車を漕ぎ進める。

 そこで、自分のポケットから次の撮影に使う魔石がこぼれ落ちていたことなど知らずに。



 ◆



 その日、日本の探索者協会から派遣されていたSランク探索者、九頭竜瑠璃は禍々しい気配を感じて普段なら立ち寄らないダンジョンセンターに足を向けた。


 床に無造作に置かれた魔石は、今までに見たことのないほどの魔力に覆われていて、普段からここではこんなものが取引されているのかと恐ろしくなった。


 しかしこのままネコババしてしまうのは気が引けてしまう。

 瑠璃は一応話を通し、自分のものにできないか交渉を始めるのだった。


「失礼、少しよろしいか?」


「九頭竜プロ!? なんでこんな底辺ダンジョンなんかに! っと、本日はどのようなご用件でしょうか」


 姿を見るなり、恐縮するような受付。

 これは何かの秘密を隠しておけるようなタイプではないと理解しつつ、それはそれとして、魔石を受付に置いた。


「先ほど強い違和感を覚えてこのダンジョンに導かれたのだ。あなたはこの魔石に見覚えはあるか?」


「拝見させていただいても?」


「構わん」


 瑠璃は自分のものではないからと手放す。

 受付の男は調べるたびにそれがとんでもない代物であると気がついた。


「これをいったいどこで?」


「このダンジョンの表玄関近くの通路でだ。もしかしたらここにお仲間が立ち寄ったのではないかと邪推していたのだが」


 お仲間。つまりはSランク。

 しかし受付の男に九頭竜瑠璃以外のSランクが立ち寄った記憶はなかった。


「生憎と、ここは駆け出しの集まるような場所で、卒業したあとは見向きもされません。イロハを覚えて、次。踏み台みたいな場所ですわ」


「ではこちらはこのダンジョンの所有物ではないと?」


 瑠璃が大事そうに魔石を懐に仕舞い込む。

 拾い物は拾った人物に所有権が移ることがままある。

 落とし主が見つからない場合はそのままポケットにINされてしまう。

 なのでこういった貴重品は保管庫にしまっておくのが基本ルールで。


「これほどのエネルギーゲイン、そうそうお目にかかれるものではありませんよ。深層、いやそれよりも深い深淵の魔物のコアですか?」


「それがわからんから困惑しているのだ。私も先ほどから理解が及ばん。それに嫌な胸騒ぎが抑えられん。これが新しいダンジョンの前触れか、はたまたもっと恐ろしい何かの引き金か、先ほどから鳥肌が止まらん」


「九頭竜プロがそこまで言われるほどのものですか?」


「急ぎ解析をしたい。現品はこちらで預かっても?」


「もともとうちで扱いきれない代物ですよ……」


「ご理解、感謝する。それと、もし持ち主を名乗る者が現れた場合、至急こちらに連絡を回してくれ。引き渡しと、入手場所を聞きたい」


「ええ、それくらいのことぐらいはウチでも対応できます」


 瑠璃は受付を離れる。

 見たこともない高濃度の魔石の獲得に高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。




ーーーーあとがきーーーーーー


「お兄たーん」

「どうした、みう?」

「あたし、今日の撮影で肝心なこと言い忘れちゃった!」

「なんだ? 言ってみろ」

「チャンネルの登録と高評価押してね、と言い忘れちゃったの! だからうちのチャンネルってリスナーさんが少ないのかなって」

「そんな事ないさ。みうはリスナーさんが増えたら嬉しいか?」

「そりゃ、嬉しいよ。お兄たんは?」

「正直、今でも手一杯だ。これ以上増えたら編集が大変になるからな」

「お兄たんの編集の問題なの?」

「そうだな。が、告知し忘れが気になるのならここでしちゃえ。あとで編集しておくし」

「いいの? じゃあ!」


「いつもご視聴いただきありがとうございます、みうです! 皆さんのおかげでうちのチャンネルもたくさんの人に見てもらえる様になりました! まだまだたくさん頑張るつもりでいるので、チャンネル登録と高評価、お願いしまーす!」


「気は済んだか?」

「うん! ありがとうお兄たん!」

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