第2話 落とした魔石の行方

「あれ!? ない! ない! アレェ?」


 帰宅後。動画編集中に、魔石の一つが亡くなっていることに気がついた。


 みうがお気に入りの、中心が七色に光る真っ赤な魔石。


 あれを仕込んでおくと、喜び度が段違いに上がるのだ。


 適度な運動に対する、前向きな気持ちというか。


 絶対に落とすまで頑張るぞ! という気概が違う。


 なのでここ最近はアレが出るまで次も、次もと時間を超過してしまうこともしばしば。


 そこで俺の計らいでアレを仕込んでおくのだ。


 最初の方に仕込むと白けるので、なるべく時間いっぱいギリギリまで粘らせる。


 当然、それ以外のドロップ品は出す。


 10匹倒して0だと萎えるだろ?


 こういうのは当たりの中にレアを混ぜてやる気を促すものなんだ。


 みうもすっかりその快感にハマってドーパミンをドバドバだした。


 おかげでこの日課の運動も楽しんでくれている。


 俺も妹と一緒の時間ができて嬉しい。


 けど、その肝心の魔石がない。

 

「嘘だろ、落とした?」


 俺の取り乱し具合はイコールで妹の悲しむ顔と直結するのだ。


「家に帰らず、そのままバイトに行った時か?」


 時刻はすでに夜10時。店も閉めて店内を掃除中だ。


 魔石ぐらい存在感が強ければ間違えて捨てるなんてことはないが、それ以外だった場合、まずいことになる。


「ま、まぁ次の撮影まで一週間ある。その時までには見つかるだろ!」


 俺は明日の自分に全て任せて今日は眠ることにした。


 翌日。動画編集してコメントも一つ一つ打ち込んだ妹の配信を面会がてら手渡しに行く。


 妹は食い入るように配信動画に夢中だ。


 荷物を置いて、顔の前に手を置いてなんとかこちらに気を引かせた。


「わ! お兄たん。来てたんなら声かけてよ」


「何度も声かけたよ。それでもみうは動画にくっついて離れなかったんじゃないか」


「え、ソンナコトナイヨ」


 カタコトになって必死に誤魔化す姿も可愛いなぁ。


 それはさておき。


「ほら、昨日の配信できたぞ。コメントも結構ついてたな」


「わ! ありがとう」


 全部打ち込みだが、それぞれにキャラクター付けして30人分用意した。


 新規勢は極力排除。


 妹の健気さを全面に押し出した過激派しかピックアップしていない。


 イエスマンしかいないだって?

 若干11歳に世の中の厳しさを教え込むなんて真似できるわけないだろ!

 いい加減にしろ!


 それ以前に11歳で動画配信できる許可は降りないけどな。


 俺のこれはホームビデオを配信風に改竄してるだけだからセーフだ。

 

「えへへー、いっぱい褒めてもらってる! 嬉しいなー」


「みうの頑張りをこんなにもたくさんの人たちから応援してもらってるんだ。みうも頑張って病気を治さなきゃだ」


「それはあたしが一番に思ってることだよ。早く治して、ダンジョンでいっぱいモンスターを倒してお兄たんに楽させてあげるんだから!」


 えへへと笑うみうに、10年早いといいながら頭をぐしぐし撫でた。


 あんまり首をぐりぐりするのは推奨されていないが、ずっと寝たきりだった時と違い、最近運動をしてるのであの頃よりは随分頑丈になったと思う。


 くすぐったそうに受け止めて、あっという間に面会時間は終了した。


「そういえば、誰の配信を見てたんだ?」


「九頭竜プロ!」


「へぇ、日本に帰ってきてたんだ。確かこの前パキスタンに遠征に行ってたろ?」


「もう二週間も前だよ? 九頭竜プロにかかればチャチャっと解決だよ!」


「みうは九頭竜プロ大好きだもんな」


「うん! 同じ女性でもあそこまで強くなれるんだって、あたしの将来の目標なんだ」


「まずはスライムを息を切らさず倒せるようにならないとだ」


「でも、結構倒せてる方じゃない?」


 同学年の子供に比べたら、確かにみうは勘が良い方だろう。


 でも、体力のなさが目に余る。


 同年代の子なら、もう少し前へ前へ行っているだろう。


 一緒に行動したら、その体力のなさが足を引っ張ってしまう。


 でも、そんな現実を知らせる必要はない。


「ああ、みうは兄ちゃんの妹だからな」


「お兄たんはどうして探索者辞めちゃったの?」


 みうにとって、希望の職業。

 けど俺は、かつてその地位についていながらも辞職した。


「あれで食べていくのは難しいと、そう感じたんだ」


「夢のある仕事だって、みんな言ってるよ?」


 みうは再び動画に食い入る。

 確かに探索者は夢のある仕事だ。


「兄ちゃんはみうと一緒の時間を選んだんだ。あのお仕事はな、家族と一緒にいる時間すら奪ってしまう。もしみうが苦しんでいる時、兄ちゃんがダンジョンの中にいたらどうする?」


「寂しい」


「だろ?」


「でも、あたしは病気が治ったら探索者になりたい」


「もし病気が治ったら、その時は兄ちゃんも復帰する」


「いいの? あたしとの一緒の時間減っちゃわない?」


「何言ってんだ。みう、おまえと組んでアタックするんだぞ? 俺のジョブはサポート向けだからな。一人じゃ何もできないんだ」


 嘘だ。一人でなんでもできる。

 だから取り分で揉めた。


 でもそれを馬鹿正直に語ってやることもない。


「じゃあ、あたしがお兄たんを守ってあげる!」


「それじゃあ兄ちゃんがみうが怪我した時、治療してあげよう」


「うふふ、楽しみだね!」


「ああ、その時が来るまで、兄ちゃんも準備を進めてるぞ!」


「あたしも!」


 二人で意気投合したと同時、面会終了の呼びかけがあった。


 今日もまた妹との時間が終わろうとしていた。


 しんみりとした時間。

 持ち帰る洗濯物を持って病室を出ようとしたところで、みうに呼び止められた。


「お兄たん、これ!」


「もう面会終わりなんだ。また来週な」


「じゃなくて、九頭竜プロの持ってるこの魔石!」


「うん?」


 また何かのわがままかなと思っていたら、そこには俺が無くしたと思っていたはずの魔石にそっくりなものが動画の中でとんでもなく貴重品だという解析付きで記載されていた。


 なんと時価数億円にものぼるほどの貴重品だという。


 まずいな。みうに価値がバレてしまうか?


 あれには大した価値がないと言い聞かせてあるのに。


「これって昨日あたしが手に入れた魔石だよね?」


「もうちょっと色が薄くなかったか? あんなに綺麗ではないと思うぞ?」


「えー、絶対これだよ!」


 いつになく引き下がらない妹に、俺はなんとか違うものだと言い聞かせた。


 しかしとりつく島もなく、あれがすごい価値のあるものだと言い切る。


 まいったな、次からはあの魔石をドロップ品に混ぜられなくなる。


 どうしたものか。

 せっかくみうが気に入ってくれた魔石なのに。


 あれは、ただの綺麗な石ころであって欲しかった。


 価値を知り、売ろうと言い出されたら困ったことになる。

 何せあれの入手先は──


 もし俺の持ち物だとバレたら入手先を問われるだろう。


 みうは口が軽いから、スライムからドロップしたと言い出すかもしれない。


 俺の仕込みが露呈したら、みうが悲しんでしまう。


 それだけは絶対に阻止しなくてはならなかった。


「空海さーん」


「あ、はいすぐに出て行きます。またな、みう!」


「まだお話の途中だよ! お兄たん!」


 少し怒気の混じる看護師さんの声に、俺は病室を後にした。


 さて、ひとまず回収先は割れた。


 けどそこから先、どうやって誤魔化すか。


 ここが俺が妹といつまで一緒にいれるかどうかの分水領だ。

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