第3話 得体の知れない少年《side九頭竜瑠璃》
「瑠璃さん、例のダンジョンから持ち主の情報が持ち込まれました」
「わかった。今向かう」
よもやたった一度の配信で、数日もしないうちに釣れるとは思っていなかった。
お金の話で解決できるのなら、それでよかった。
しかし待合室で出会った少年は一筋縄ではいかないと、すぐに直観した。
「あの、妹の配信を見て、あれは俺が落としたやつなんじゃないかって、そう思って」
「なるほど。これが君の持ち物だという根拠はあるのかね?」
「それは、ないですけど、間接的でいいのならあります」
「ほう」
ただの金欲しさであるならば、直接自分に連絡する。
しかしこの少年は直接落としたであろうダンジョンの受付にお伺いを立てて面会を申し込んできた。
差し出されたのは古めかしい封筒と写真だった。
封筒にはもう自分たちの命が長くないだろうこと。
そして子供達を頼むと記された、兄弟に向けたもの。
同封されていた写真には、配信で取り上げた魔石と同じものが写っていた。
「あれは、両親の遺品なんです。妹が気に入ってまして、撮影の時に持ち出して、それで……アルバイトの配達中に」
「落としたと?」
「ええ。うちの妹は生まれつき体が弱く、長く生きられないと宣告されてます。お金じゃないんです! お金を積んでも直せないと言われて、俺は、少しでも長く妹の近くで元気づけてやりたいんです! なので、可能であれば返していただけませんか!」
感情の籠った訴えだった。
そして土下座。
形だけではない、全身全霊のその姿勢に、少年は想像以上に重い境遇にいるのだと知る。
「と、いうことだが、知っていたか?」
「うちが探索者でもない、出前先のバイトの出自まで把握してるわけないでしょう。それにしても、まさか坊主がそれの持ち主だなんてな」
「それもそうか。しかしこれは見事な魔石だ。これ一つで東京23区の電力が一ヶ月分賄える。それを知っていながら、君は秘匿していたということになる」
まるで罪の告白を促すような質問。
無論、本当に形見だった場合は悪いのはこちら側ではあるが、世の中にはこういって無実を装って人の金品を奪う輩がとても多い。
これくらいの少年であろうとも、油断はできない。
本当の落とし主が見つかるまで、これは非常に価値の高いもので。
高額だと言っておく必要があった。
それくらい、取り扱いを注意しなければいけないものだった。
「そんなにすごいものだったんですか?」
少年は驚く。本当に何も知らないかのように。
無知とは恐ろしいものだな。
瑠璃は落胆しながらも、魔石の価値を語った。
推定エネルギーゲイン2000億。
赤の極大魔石結晶。
推定ダンジョン排出対象は深淵の、ヒュドラ相当。
瑠璃ですら出会ったら逃走一択の化け物。
瑠璃が過去に単独で撃破したドラゴンでもこれほどのエネルギーゲインを内包する魔石は見たことがないレベルだった。
それを名もなき探索者が討伐したと言われたら眉を顰めるほどの作り話だ。
資産価値は軽く見積もっても数億。
それでもだいぶ安く見積もった結果だ。
ただ、価値がついても値段が値段である以上、買い取るのは大手企業か国規模。
個人が持っていってどうにかなるものではない。
安易に売りに行こうものなら、その場で警察を呼ばれて捕まるレベルだ。
だからこそ、然るべき場所で管理しなければならないほどの希少品で。
だからこそ、少年の両親がこれを入手したというのが俄に信じられなかった。
「もしかしたら、君のご両親は人類の窮地を救ってくれたのかもしれないな。もしこれが形見として残されていたのなら、このエネルギーゲインを内包した化物が表に出てきていたのなら。我々人類は為す術もなく絶滅していただろう」
「そこまでなんですか?」
少年はびっくりしたように目を丸めた。
本当に何も知らないで育ったのだろう。
「君のご両親は探索者だったのだね?」
「はい」
「後学のためにお名前を教えていただけないだろうか?」
「それくらいなら……」
少年は口を開いた。
「空海統夜、空海真昼。それがご両親のお名前で間違いないのかね?」
「ええ、俺たちの前ではスペシャリストだかなんだか言ってましたけど、その頃はまだ小学校に上がる前だったので、情報が規制されててよく知らなかったんですよね」
「数年前に失踪したとされるSランク探索者夫婦、空海夫妻のご子息が君なのか!」
「そんなに有名だったんですか? うちの両親」
「だとしたら、この魔石は納得が行くものとなる。しかしこれほどのものを個人が所持してるというのは……」
「えっと、ですね。何か誤解があるので言っておきますが」
「うん、何かな?」
少年、空海陸が口を開く。
瑠璃は表情を柔らかくして対応した。
今まで本当に正当な持ち主か懐疑的だったが、空海プロの家族だと聞かされてすっかり警戒を解いてしまったのだ。
「この魔石、家に後10個ほどあります。多分、上司にもっとたくさん献上したから、俺たちに10個渡しても気にならなかったんだと思うんですよね」
「は?」
「おい! それじゃたった一個を取り返しに来なくったって余裕で食っていけるじゃねぇか!」
全て売れば、それで一生食っていける。
素人考えではそうだが、それができない理由が陸にはあった。
「実は込み入った事情がありまして」
陸は妹の病状が悪くないことを再び説明した。
そしてお気に入りの魔石を、討伐したモンスターからドロップさせることで、生きる希望を見出すことを発表する。
「そうか、妹さんのために」
「まだ11歳ですし、中学に上がれるかの見込みもつかないと言われてます。流石にそんな年齢でダンジョンにアタックするのは危険ですし、ライセンスも発行させてもらえませんよね?」
「そうだな。たとえスライムだとしても、弱い奴から狙うくらいの知識は持ってる。妹さんは格好の餌食だ。病人が軽い運動感覚でダンジョンアタックするのは進められないな」
「でしょう? なのでモンスターすら発生しない廃棄ダンジョンで、俺のジョブ『テイマー』で使役したモンスターを倒させて運動させてたんです」
「テイマーで使役していたんなら死ぬ危険性はないか」
瑠璃は眉を潜めながらも、確かにそれなら問題ないと締めくくる。
過去に何度もテイマーに助けられているので、そのジョブに対する信頼もあった。
「はい。けど同時に困った問題も起きまして」
「困った問題とは?」
「俺が使役すると、基本的に味方扱いでダンジョンの使役から離れるのもあり経験値とドロップが発生しません」
「ああ、探索者にとっての一番のネックだな」
「ええ。俺はこれがある都合で探索者を辞めてます。結局ね、探索者が夢のある仕事でいられるのはモンスターのドロップとレベルアップによるステータスの上昇があるからなんですよ。でも俺のジョブ『テイマー』はその根幹を奪い去ってしまう。たいして稼げず、そして日に日に弱っていく妹との時間もとれず、結局辞めました。俺はね、妹が元気で1日でも長く生きられる希望を与えてやりたいんです。そのためにその赤い魔石はピッタリ10個必要なんです。あれがあれば妹は前向きに病気に向き合えるから」
「そうか。私たち探索者や国を運営する者にとっての価値観と、君が妹に見出す価値観は根底から違うのだな」
「そうですね。人から見たら馬鹿らしいと思うかもしれません。自分さえ良ければいいって奴も出てきます。それが妹の目につくのが嫌だった。そしてお金を積めば自分の病気が治ると信じ込んでいる妹が出てきてしまう。治らないと知った時の絶望に浮かぶ顔は見られたもんじゃありません」
「だったら私のしたことは、悪手だな。それも最悪と言っていい」
「ええ、でも普段取り扱ってる魔石が九頭竜プロに扱ってもらえて喜んでいたという事実もあります」
「おや、妹さんは私のファンだったか」
「ええ、今回は可能でしたらサインもいただけないかとこうして頭を下げにきました。なんだったらその魔石は持っていただいて構いません」
「しかし、さっきは10個揃ってようやく妹さんのためになると?」
「いつもは10個与えていたんです。けどそれが9個になるというのはストレスになりかねません」
「そのストレスを払拭する手段が浮かんだ?」
「ええ、もしよろしければ、うちの妹の見舞いに付き合っていただければと。そして、入手した経緯を妹に捏造してでもいいので語ってやってください。九頭竜プロがとてつもなく苦労して入手したものだと、それがすごい価値になったのだと語ってやってください。そうすれば、普段扱ってるあの魔石は、綺麗だけで価値のない石ころに妹の中でなってくれます」
「そんなにうまくいくものか?」
「妹はご褒美に弱いので。ですが、もしも九頭竜プロへの依頼に対する報酬が見合わないというのでしたら……」
陸はもう一つの魔石を差し出した。
返してくれと頼みにきたのに、もう一個差し出すのを躊躇わない。
そこにはおかしな矛盾があった。
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