第3話 九頭竜プロの葛藤!
──九頭竜の家に生まれし者には宿命がある。
それがダンジョンの深淵に至り、宝玉を持ち帰ることだった。
極大魔石結晶と呼ばれるそれは、私の長い探索生活の中で、ただの一度も姿を現したことがなかった。
近くても大魔石結晶。
魔石結晶自体が希少で、大ぶりな魔石結晶でも十分に価値がある。
しかしこれは、偶然拾ったそれはあまりにも規格外で。
まさに私たちの悲願が具現化したような逸品だった。
『瑠璃さん、例のダンジョンから持ち主の情報が持ち込まれました』
秘書からの声を聞き、私は思考の海から抜け出した。
「わかった。今向かう」
電話を切り、重い腰を上げる。
実際にどのようなルートで手に入れたか非常に気になる存在。
もしそれが自分のものになるのであれば、何を差し出してもいい。
そのように思っていた。
「あの、妹の配信を見て、あれは俺が落としたやつなんじゃないかって、そう思って」
現場につき、事務所に顔を出すとまだ幼い少年が俯きながら弁明した。
一瞥しながら事情を聞く。
これを落としたと自称する少年。
大方価値を知って取得しようと名乗り出たか?
私は厳しい視線で彼の主張に耳を向けた。
「なるほど。これが君の持ち物だという根拠はあるのかね?」
「それは、ないですけど、間接的でいいのならあります」
「ほう」
ただの金欲しさであるならば、直接自分に連絡する。
しかしこの少年は直接落としたであろうダンジョンの受付にお伺いを立てて面会を申し込んできた。
差し出されたのは古めかしい封筒と写真だった。
封筒にはもう自分たちの命が長くないだろうこと。
そして子供達を頼むと記された、親族に向けたもの。
同封されていた写真には、配信で取り上げた魔石と同じものが写っていた。
「あれは、両親の遺品なんです。妹が気に入ってまして、撮影の時に持ち出して、それで……アルバイトの配達中に」
「落としたと?」
「ええ。うちの妹は生まれつき体が弱く、長く生きられないと宣告されてます。お金じゃないんです! お金を積んでも直せないと言われて、俺は、少しでも長く妹の近くで元気づけてやりたいんです! なので、可能であれば返していただけませんか!」
感情の籠った訴えだった。
そして土下座。
形だけではない、全身全霊のその姿勢に、少年は想像以上に重い境遇にいるのだと知る。
「と、いうことだが、知っていたか?」
どこまでが本当かわからない。
少年と顔見知りだというダンジョンセンター職員へと話をふる。
「うちが探索者でもない、出前先のバイトの出自まで把握してるわけないでしょう」
「それもそうか。しかしこれは見事な魔石だ。その価値を知っていながら、君は秘匿していたということになるのだが、申し開きはあるかね?」
そう、魔石には新たなエネルギー資源としての一面があった。
私たち九頭竜家の悲願とは別に、電力を生み出すという働きが発見されている。
それとは別に早急にやらなければいけない事項があった。
これを手放すと、それができない。
彼の妹さんには悪いが、一般人の少女と世界の探索家の秘宝を取り戻すのでは命の重みが違う。
「そんなにすごいものだったんですか?」
少年は驚く。本当に何も知らないかのように。
無知とは恐ろしいものだな。
私は落胆しながら魔石の価値を並べた。
青の極大魔石結晶。それに内包されたエネルギーはダンジョンの侵食によって電気の使えなくなった人類の新たな電源に置き換わる。中央都市24区の一ヶ月分の電力をこれ一つで賄うくらいの価値がそこにはあった。
もしこれに値段をつけるのならば奥は下らないだろう。
それほどの希少性と、内包エネルギーゲイン。
少年は価値の大きさに目を丸くし、口をぽかんと開けていた。
小銭を稼ごうとしたら国家予算並みの額が出てきて驚いたのだろう。
私は配信で前もって釘を刺したつもりだよ。
名乗り出れば即お縄になるほどの価値があると。
それを知って名乗り出たのでは無いのかね?
「もしかしたら、君のご両親は人類の窮地を救ってくれたのかもしれないな。もしこれが形見として残されていたのなら、このエネルギーゲインを内包した化物が表に出てきていたのなら。我々人類は為す術もなく絶滅していただろう」
「そこまでなんですか?」
少年はびっくりしたように目を丸めた。
本当に何も知らないで育ったのだろう。
「君のご両親は探索者だったのだね?」
「はい」
「後学のためにお名前を教えていただけないだろうか?」
「それくらいなら……」
少年は口を開いた。
「空海統夜、空海真昼。それがご両親のお名前で間違いないのかね?」
「ええ、俺たちの前ではスペシャリストだかなんだか言ってましたけど、その頃はまだ小学校に上がる前だったので、情報が規制されててよく知らなかったんですよね」
そうか、空海夫妻の。
ならばこれは運命なのか?
我が九頭竜家を裏からサポートしてくれたのが、他ならぬ空海家で。
そのご子息というのなら、もっていても仕方がないのか?
いや、でもここで認めて返却するのはあまりにも。
九頭竜の至宝が取り戻せるという時にそんな……
「そうか、君が統夜さんの忘形見の」
「陸です、空海陸。妹のみうは、父さんたちが非常に気にかけていて。俺も懸命にフォローしてるんですが、全く良くならなくて」
そうか、そうだよな。
統夜おじさんには借りがある。
姉さんを神様に捧げなくて済むようにしてくれたのもおじさんだった。
恩義ある相手だ。
その相手の息子さんに仇をなすわけにはいかないか。
だからってこれを手放す?
ありえない。懐にしまっているこれを握り込む力が強く増した。
これは、私のだ。九頭竜家の、至宝の。
葛藤がより強まる。
頭の中では持ち主に返すべきだと理解しているのに、体が、心がそれを拒否する。
長年探し続けて見つからなかった宝玉。
それが、これかもしれないというのに。
「だとしたら、この魔石は納得が行くものとなる。しかしこれほどのものを個人が所持してるというのは……」
「えっと、ですね。何か誤解があるので言っておきますが」
「うん、何かな?」
少年が口を開く。
軽やかに、まるで私を前に緊張などせずに淡々と。
彼にとっての当たり前を述べた。
「この魔石、家に後9個ほどあります。多分、父さんは随分と凄腕だったんでしょうね。俺に一個、妹に一個。探索から帰るたびにお土産で持ってきてくれたんです。それが溜まりに溜まって10個になった。それだけです」
「は?」
九頭竜の至宝を? お土産感覚で取得していた?
おじさん! なんで九頭竜に、姉さんにわけてくれなかったの?
ねぇええええええええ!
姉さんが寝たきりにならなくてもよかったんじゃんそれぇえええええええ!
「おい! それじゃたった一個を取り返しに来なくったって余裕で食っていけるじゃねぇか!」
言葉を失った私の代わりに、ダンジョンセンターの職員が掛け合う。
「実は込み入った事情がありまして」
彼曰く、残り少ない寿命をまっとうするために、配信者ごっこを始めたらしい。
おこがれの配信者に感化されて、真似事ということだが。
その時のドロップアイテムとして用意したのがこの極大魔石結晶だという。
いやおかしい。感覚がバグっているのか?
いくら妹が愛しいからと言って、数億円ポンと出すようなものだ。
「そうか、妹さんのために」
だとしても随分と甘やかしすぎではないか?
世間ではSランクと言われてもてはやされている私が喉から手が出るほど欲しいアイテムをスライムを倒した程度でドロップさせてはな。
いや、待て。どうしてこの少年はドロップの操作ができる?
ダンジョンとは深淵域の尖兵。地上侵略の礎だろう?
なんでその尖兵と同様の力が彼に宿っている?
いや、それ以前に彼の妹さんはどうやってダンジョンに入れた?
少年の言動には矛盾ばかりが並べられていた。
「まだ11歳ですし、中学に上がれるかの見込みもつかないと言われてます。流石にそんな年齢でダンジョンにアタックするのは危険ですし、ライセンスも発行させてもらえませんよね?」
「そうだな。たとえスライムだとしても、弱い奴から狙うくらいの知識は持ってる。妹さんは格好の餌食だ。病人がリハビリ感覚でダンジョンアタックするのは進められないな」
「でしょう? なのでモンスターすら発生しない廃棄ダンジョンで、俺のジョブ『テイマー』で使役したモンスターを倒させて運動させてたんです」
なるほど、テイマーか。ならモンスターを操れるのも納得がいく。
ドロップ品はそのタイミングで仕込むのか。
「テイマーで使役していたんなら死ぬ危険性はないか」
動きを制御できると聞く。
流石に棒立ちということはないだろうが、必要以上に攻撃な出させなければいいのか。なるほどな、それは理にかなってる。
場所は廃棄されたダンジョンときた。
コアが破壊され、モンスターが発生しなくなった場所だ。
ただの穴蔵にしか過ぎないのでライセンスの有無は関係ない。
よく考えてる。
電波障害もないので普通のホームビデオで撮影も可能か。
「はい。けど同時に困った問題も起きまして」
「困った問題とは?」
「俺が使役すると、基本的に味方扱いでダンジョンの使役から離れるのもあり経験値とドロップが発生しません」
「ああ、探索者にとっての一番のネックだな」
「ええ。俺はこれがある都合で探索者を辞めてます。結局ね、探索者が夢のある仕事でいられるのはモンスターのドロップとレベルアップによるステータスの上昇があるからなんですよ」
全くもってその通りだ。
それをおろそかにする探索者から干上がっていく。
「でも俺のジョブ『テイマー』はその根幹を奪い去ってしまう。たいして稼げず、そして日に日に弱っていく妹との時間もとれず、結局辞めました」
懸命な判断だろう。稼げない探索者に価値はない。
特に病気の妹さんがおり、ご家族がいないのなら尚更だろう。
「俺はね、妹が元気で1日でも長く生きられる希望を与えてやりたいんです。そのためにその赤い魔石はピッタリ10個必要なんです。あれがあれば妹は前向きに病気に向き合えるから」
「そうか。私たち探索者や国を運営する者にとっての価値観と、君が妹に見出す価値観は根底から違うのだな」
「そうですね。人から見たら馬鹿らしいと思うかもしれません。自分さえ良ければいいって奴も出てきます。それが妹の目につくのが嫌だった。そしてお金を積めば自分の病気が治ると信じ込んでいる妹が出てきてしまう。治らないと知った時の絶望に浮かぶ顔は見られたもんじゃありません」
「だったら私のしたことは、悪手だな。それも最悪と言っていい」
それでも、手放せない理由があった。
妹さんの命と、私の姉の命。
世界がどちらを選ぶか、考えるまでもなかった。
「ええ、でも普段取り扱ってる魔石が九頭竜プロに扱ってもらえて喜んでいたという事実もあります」
「おや、妹さんは私のファンだったか」
そういえば探索配信者のファンだと言っていた。
まさか私だとはな。少しむず痒い。
ファンを裏切ってこれを取得しようとする私の浅ましさに吐き気を催す。
「ええ、今回は可能でしたらサインもいただけないかとこうして頭を下げにきました。なんだったらその魔石は持って行っていただいて構いません」
は?
今この少年はなんと言った?
サインが欲しいと言われたのはわかる。
それの代価に魔石結晶を渡す?
バカなのか?
いや、価値観がバグってるからこその譲歩か。
私は助かるが、なんか納得がいかん。
金なら出すつもりでいたが、まさか無償とはな。
「しかし、さっきは10個揃ってようやく妹さんのためになると?」
「いつもは10個与えていたんです。けどそれが9個になるというのはストレスになりかねません」
「そのストレスを払拭する手段が浮かんだ?」
「ええ、もしよろしければ、うちの妹の見舞いに付き合っていただければと。そして、入手した経緯を妹に捏造してでもいいので語ってやってください。九頭竜プロがとてつもなく苦労して入手したものだと、それがすごい価値になったのだと語ってやってください。そうすれば、普段扱ってるあの魔石は、綺麗だけで価値のない石ころに妹の中でなってくれます」
「そこまでして、妹さんに価値を語りたくないか?」
「妹はご褒美に弱いので。ですが、もしも九頭竜プロへの依頼に対する報酬が見合わないというのでしたら……」
彼はもう一つの魔石を差し出した。
私は心臓が飛び出るかと思った。
その極大魔石結晶は、家に10個あるもので、今更二個失っても惜しくないと。
私に勝ちを見出してくれたのだ。
自力で取得できやしない私に、憐れんで渡したわけではないが、この不器用な兄妹に私がしてやれることはなんでもしてやろうと思った。
こんなもの、大金を積んでも取得できないのは他ならぬ私が知っているから。
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