第4話 コラボの約束

 九頭竜プロが魔石を手に入れたのを見て、俺はコラボの提案をした。


 最初こそ戸惑っていたが、先ほど懐に入れたアイテムの価値を考えるなら、そんなことぐらい安いものだとあっさり了承。


 何よりその価値を示したのは他ならぬ九頭竜プロ自身であるからだ。

 それがもう一つ手に入るという欲望には抗えないのを見越しての提案だった。


 後出しジャンケンの形になるが、一度懐に入れたアイテムに対して、もらい過ぎているという気持ちを美味いこと突けた。

 ほとんど賭けだったが、うまいことこちらの企みに傾いてくれた。


 相手がそのアイテムなどなんの価値もないと思える富豪だったら、この取引自体は無効になっていた。


 だったらこの話し合いの場すら持てないで終わっていたのだが、価値を必要以上に考えてくれて良かったな。


 しかしコラボで配信となると配信会社との兼ね合いがあると言ってきた。

 もちろん、公の配信ではなく、個人的なホームビデオだと、今までの妹の配信ビデオの閲覧会を始める。


 ささやかな幸せな記録だ。

 画面の中では配信者に扮した病弱な妹が木の棒でスライムをぶっ叩いてる姿が映る。

 その横ではコメントが打ち込まれており、そのほとんどが妹を愛でる、褒め称えるようなものばかりである。

 こんな信者しかいない配信は気持ち悪い。見る人が思えばそう思う筈だ。

 だがそれを生きる希望にしてる妹にはそれじゃなきゃ、それくらい過保護で丁度いいとした。


「毎回こんなことをやってんのか、坊主は」


 普段ラーメンの配達先である受付のおっちゃんが気安く話しかけてくる。

 無駄な努力だろう、という感情が透けて見えるがそんなことで妹が元気になるなら安いもんだと断言した。


「正直ね、いつかバレるんじゃないかってヒヤヒヤしてますよ。でも、今はまだバレてない。それを信じてコラボを申し出ています。数字が取れてない相手、実質はネットにも繋げてないので視聴者は妹と俺の二人だけ。そんな相手からのコラボだなんて九頭竜プロにはなんの旨味もないのはわかってます」


「だが、それをするだけでこの魔石が手に入ると考えればコラボ相手は引く手数多だと思うが?」


 九頭竜プロが懐に収めた魔石を弄ぶ。


「流石に何個も手放せませんよ。だから本当に信頼している九頭竜プロの言葉は妹にとって重みが違う。なので……」


 普段どれほど運がいいのか教えてやって欲しいとした。

 妹の中で、2〜3匹倒せば一個は出る計算で討伐速度を早めている。

 しかし普通はもっと出ない。


 それを教えながら、普段は10個出るところ、8個でもすごいことだと褒めて欲しいと提案した。

 

「俺が言っても妹は信用しません。これは九頭竜プロだからこそできる仕事です。むしろこれを言うだけでその懐に収めた品物が自分のものになるのなら安いものでは?」


「まぁな、というか数時間で魔石10個は流石に甘やかしすぎではないか?」


 九頭竜プロが率直な意見を述べてくる。

 探索者を舐めすぎではないかという感情を乗せて。


「実際に探索者をやるんならそうですが、これは楽しく運動するためのご褒美です。生活がかかってるわけじゃないし、効率もクソもありませんよ。現実を教えるのは、妹の病気が治ってからでもいいんです」


「だが坊主はアルバイトをしてまで妹さんを養っているんじゃないのか?」


 ああ、普段バイトで顔を突き合わしてるもんだからそう思うわけか。


「いえ、別に働かなくても両親の残してくれた貯金で食ってはいけますよ。俺がバイトしてる理由は、単純に世間体のためですね」


「世間体?」


「流石におじさんの家に世話になりながらニートなんてできないでしょ。妹の入院は親の貯金で、自分の分は自分で働いて食ってるだけです。これは俺のわがままでしかないんですけど、妹がもし退院できたら、学校とかの世話とかもしてやりたいんです。今までできなかった分の日常を送らせてやりたい」


「仲睦まじい兄妹関係なのだな」


「両親から頼まれてますからね」


「なら縮小配信してる理由は?」


「妹が笑い物にされないためですよ。なんで、健気に一生懸命生きてる妹をネットのオモチャにさせる必要がるんですか?」


 俺は真顔で答えた。なんの感情も込められてない、一切の表情が消え去った顔。


「確かにな。配信というのは匿名の名の下に好き勝手言う輩が多い。今では開示請求である程度罰は与えられるが、だからと言って罰を与えても当人が受けた傷はすぐには拭えぬものだ」


「九頭竜プロにもそんな覚えが?」


「生憎とそういうものとは無縁でこれた。メンバーからお前はもう少ししおらしくなれと言われたよ」


 ははは、と笑い飛ばしてこの話はおしまい。


 週末のコラボに快諾。

 連絡先を交換して妹への土産話を持ち帰った。




「え、九頭竜プロとコラボ!? うえええ、ど、どうして弱小のあたしなんかと?」


「ああ、実はな」


 俺は妹に差し障りない嘘と真実を混ぜ込んだ情報を注ぎ込んだ。

 昨日の配信で、似たような魔石を手に入れたことを告白。


 会う約束をして、先ほど会ってきた。

 しかし渡した魔石と発表された魔石は別物で、それほど価値はなく類似品であるとした。

 これ以上無駄にお金の心配をさせない配慮である。


 名目上はお金になるかの相談。

 その上で価値はない類似品であると判明。


 そこでどうしてお金が欲しいかの相談から始まって、みうの現状を語った。

 軽い運動と称してダンジョンでスライムを倒す配信をしている。

 

 それに感銘を受けた九頭竜プロが、お金の世話はできないが、コラボをすることで元気になってもらおうとした、という話である。


 みう本人はそんな夢のような話があるのか! と疑ってかかっていた。


 しかしここで俺はさらに畳み掛ける。


「次の配信で一緒に撮影することになったから。連絡先も交換したんだ」


 携帯端末に見知らぬ番号。

 それでいよいよもって本当の話だと知り、パニックに陥った。


「どうしよう、お兄たん。あたし一張羅あれしか持ってないよ!」


 病院着以外の一張羅。

 普段配信時に着替える厚手の長袖にオーバーオール。皮の手袋とブーツという駆け出し探索者の格好だった。

 そこに愛用している木の棒が基本装備である。


 本人からしたらそれはダサい装備らしい。

 憧れの存在に会うのに、それは恥ずかしいと今になって慌ててしまった。


「九頭竜プロは見た目でみうのこと悪く言わないから大丈夫だって」


「違うの! あたしが気にするの!」


「ならばその日の午前中、お買い物に行こうか?」


「いいの? お兄たん、お金大丈夫?」


 妹はお金で困らせないために入院費のほとんどが両親の残した貯金で賄われていると伝えていた。

 しかしそれならばなぜ俺がアルバイトをしているのかという質問に、自分の食い扶持を賄うためであると伝えていたのだ。


 入院してる分は両親の残してくれた貯金からでるが、それ以外の装備の新調は基本俺の給料から出ていると勘違いしている。


 俺が好きで買ってやってるのを、どう勘違いしたのかうちは貧乏だから生活するためにもお金が必要だと思い込んでいる。


 スライムの魔石をお金に変換しようとしてたのも、そういう思い込みからだったりする。

 お金の心配はしなくても大丈夫だと言ってるが、俺がバイトのシフト時間を増やすたびに「うちは貧乏なんだと」と思い詰めているので、こうして心配してくれるのだ。


 お金を稼ぐのが大変なことは知っているが、自分は満足に動けないことを申し訳なく思っているがための配慮だ。

 優しい子なんだ。兄貴としてはいっぱい世話を焼きたくなってしまう。

 

「実はな、兄ちゃんの働きが認められて昇給したんだ。ボーナスが出るようになったんだぞ!」


「おめでとう、お兄たん! じゃあ、少しオメカシしても?」


「大丈夫だ。兄ちゃんに任せなさい!」


「うん! それまでに買いたいお洋服、ピックアップしておくね?」


「あくまでも動きやすい格好で頼むぞ?」


「うーーー」


 探索用の服か、おしゃれ着かで葛藤するみう。

 こんなことで迷うのも人生初めてのことだ。

 外に出るのにも、そう言った理由もなく過ごしてきた。


 病院着以外の洋服も、そこまで気にしたことはなかった。

 買ってやりたいと言っても、家にはお金がないから大丈夫だと我慢させてしまっていた。

 買っても着て行く場所がないからと。


 今からコメントになんて打ち込むか決めている。

 やっぱり衣替えにいち早く気づくべきだろう。

 衣装替えは配信者の華だ。

 これを期におめかしに芽生えてもいいんだぞ?

 と後方腕組みを決めていた。


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