第35話 みうの変化《偏食》
明日のことにすっかり興奮している妹に、今日の予定を聞いてみた。
「今日は一日中検査かな? だから寝てたら終わっちゃう。点滴があるからあんまり編み物もできないしね。ずっと配信見てるかなー」
「でもご飯は食べると」
「うん、それは仕方ないよね。外食できればいいんだけど」
可能なら行きたい。
けれど病院からの検査は最重要事項。
ここで無理をして理衣さんみたいに寝たきりになったら意味がない。
「無理してポイント貯めなくてもいいんじゃないか?」
だからこそ、満腹ポイントを最優先する意味はないのではないかと心配の声をかける。
「そうだねー、けど。契約した子がどうしてもお腹いっぱいになることを勧めてくるんだよ。小腹を満たすんでもいいんだけど、満腹になった方がお得だって」
「その存在は、腹を満たす手段は他に教えてくれないのか?」
「食べるだけって聞いてるよ? でもね、最近ちょっと変なんだよね」
「変とは?」
「今まで特になんとも思ってなかったものにまで食欲が湧いちゃうんだ。例えばこのカーテン」
みうは病室の自分の周囲をぐるっと囲うカーテンを指差した。
プライベートゾーンの確保を優先する敷居だ。
それを掴み、涎を垂らす。
「これ、じっと見てたら美味しそうだなって」
「やっぱり脳に異常が出てるんじゃないか? それは食べ物ではないぞ?」
「頭では理解してるんだけどね、でもどうしても無性に食べたくなって」
それで、一回食べてしまったものがある。
それがティッシュ。
そういえば予備のティッシュ以外の普段使い用が消えていると思った。
てっきり使い切ったものだと思っていたが、どうやら口の中に入れてしまったらしい。子供とはいえ、分別のつく年頃だろうと油断してしまっていたな。
「違和感はなかったか?」
「口の中でシュワッと溶けちゃったんだよね。まるでアイスクリームみたいに。味はなかったんだけどね、不思議と
アイスを食べてもそんなことはなかった。
以前回転寿司で食べたアイスも、味はいいけどお腹にはたまらないと言っていたのを思い出す。
「じゃあ、そんなもの食べなくてもいいように兄ちゃんが腕によりをかけて作ってやる」
「えへへ、お兄たんのご飯美味しいから楽しみ」
「と、間違って食べちゃわないようにある程度身近なものは離して置いておくか?」
「もー、そこまで子供じゃないよ!」
自制はできると言って聞かせるみう。
確かにティッシュは食べてしまったが、それ以外は無傷である。
だが、ティッシュを食べてしまった前科があるので、本当に大丈夫なのか心配な俺だった。
「念のためだよ。でも、一個だけここに体温計を置いておく。これが無くなってたら次はないぞ? スプーンやフォークを食べてもダメだ。OK?」
「うん」
「最悪、うちでだけそれを許可したとする」
「お兄たんは優しいからそうしちゃうかもね」
「で、それを外食した先でやったらどうだ?」
「お店の人、困っちゃう?」
「困る以前にみうを心配しちゃうな。そんなもの食べてお腹壊さないのかと」
「あっ、うん」
「もしお前が平気で、これからもそれらを食べていく場合。少し配信は控えた方が良くなるかもしれないな」
「えっ」
どうしてかわからないと困惑するみう。
「もしもそれを食べてる姿が配信で映されてしまった場合、今まで応援してくれていた人から心無いコメントが寄せられる場合がある」
「そうなの?」
「あの子ティッシュ食べてる。そんなコメントが来たらみうはどうする?」
「ショックを受けるかな。そっか、そうならないためにお兄たんはあたしに色々気を遣ってくれてるんだ。ごめんね」
「ああ、何か他に対策があればいいんだが、この異常なまでの食欲をおさめる手段はないものか。瑠璃さんにも相談してみるよ」
「うん、ありがとうお兄たん」
「なに、可愛い妹のためだ。それくらいのお願い安いもんさ」
俺は言って、室内にカメラを仕掛けるかどうかを検討した。
何かにつけて俺は妹に甘い。
何かに口をつけても、なぁなぁで済ましてしまいそうである。
そういう意味でも、なにを口にしたのかを記録に残しておきたかった。
傍目に食べてもヤバいものは室内にいっぱいある。
ティッシュなんかもその一つではあるが、現状お腹は痛くなっていないらしい。
普段通りのみう。
しかし申し訳なさそうな気持ちで謝り倒していた。
世間ではこのような対象に向ける言葉は偏向的だ。
差別してもいい相手と見るなり、言葉が過激になっていく。
今はまだ病弱だからと優しく見守ってくれているが、これらが明るみになったら手のひらを返しそうで怖いな。
瑠璃さんは大丈夫だと思うが。
それ以外とは距離を取る必要がありそうだ。
だから食事は残すくらい多めに作った。
他のものを見てもお腹がすかないように。
なるべく一食で食べきれない量を作って持っていくことにした。
多少太ろうとも知ったことか。
人間のままでいてくれたら、俺はそれ以上望まない。
やっぱりあのスキル、人が手にしちゃいけないやつだったんだ。
病気が治ったからと、みうにとっていいものだって思い込んでいたが、それは気のせいだったようだ。
俺のこの異能のように。
俺の命だけで勘弁してくれよ。
妹まで巻き込まないでくれ。
なぁ……
俺はみうの症状に思い当たりがないように振る舞っていた。
けどそれは嘘偽りで塗り固められている。
俺には思いっきり心当たりのあるスキルだったのだ。
そいつを得たのが、探索者学園のダンジョンの深層から深淵の入り口での出来事だ。
俺はそこで一度、命を落としている。
それでもまだ妹を残した未練が、とある存在を呼び寄せた。
命が欲しいか、ならば私と契約しろ。
藁にもすがる気持ちでそいつと契約した。
そいつの存在があって、ようやく俺はユニークテイマーとして名を馳せた。
だがそれだけで終わる話じゃなかった。
俺は生き返る代わりにとある条件を課されていたのだ。
それが今後一切、得られるはずの経験の譲渡。
俺は生き返った代わりに、一切の成長を封じられてしまった。
(スーラ、俺の成長だけじゃ満足できないっていうのか?)
『妹さんのことは残念という他ないわ』
普段呼びかけても返事を返しちゃくれない存在からの返答があることに俺は驚いた。
(お前、スーラか?)
『お久しぶりね、もう三年になるかしら?』
(今更出てきてどういうつもりだ! それと妹の状況はお前とは別件て一体どういうことだ)
俺は鬱憤の矛先を久しぶりに反応した半身に向けて放った。
『私の愛し子の家族だから誰も手をつけるな。そういう話だったの。でも、それを無視して勝手に突っ走った存在がいる。あの子、昔から私の話を聞かないの』
(それが、今妹に宿っている?)
『ええ、ツァトゥグァという子。食べることにおいて他に類を見ない子。でもね、それ以外はおとなしい子なの。だからどうして命令無視をしたのかわからない』
(お前が単に信頼されてないとかではなく?)
『つれないことを言うのね。私はあなたをこんなに愛しく思っていると言うのに』
どうにも言葉の意味が理解できない。
愛しいと言うのなら、無条件で復活させろやと思わなくもない。
けれど、これ以上を望むのも違うだろう。
こうして俺は今ここにいる。
最愛の妹と話ができている。
日常を送れている。
これ以上を望んだらバチが当たってしまいそうだ。
(だったら俺の成長分、いくつか返せよ)
『それは出来ない相談よ。そう言う契約なの。それを破ればあなたの魂は現世にとどまれなくなる。今の生活を望むのなら、契約は切らないことをお勧めするわ、愛しき子』
チッ。
内心で舌を打つ。
感情を殺していても、相手には伝わってしまう。
それ故の半身。半神。
俺は神の気まぐれで生まれ直した存在でしかないのだ。
本当の俺の魂は深淵の奥底で眠りについている。
(ならば打開策を示せ。それぐらいの情報はもらってもいいくらいの働きをしているはずだ)
ダンジョンでの討伐数は、俺の一生を賭けても払いきれないほどの成長値だろう。
だがスーラにとっては大したことがなかったのだろう。
なんと切り出せばいいかわからないと言う感情を声に乗せている。
『難しい質問ね。あの子はきっと妹さんを助けたくて力を貸しているはずよ。対抗手段はないわ』
(なら、このまま妹が化け物になっていくのを黙って見ていろと?)
『変な心配をしているのね。あなたもとっくの昔にバケモノのくせに。今更世間体を気にするの?』
ああ、何か話が通じないと思ったら。
俺が世間一般のルールを解いているのに、スーラはバケモノの道理で話を進めてる。これじゃあ永遠に話は平行線だ。
(俺のことはいいんだよ。妹が最優先だ)
『嫉妬しちゃうわ。私にもそれぐらいの愛情を示してくれてもいいのに』
(うっせ。愛されたいなら仕事をしてみせろ)
『私、きっとダメな神格ね。あなたの言うことに耳を傾ける義理はないのだけれど、不思議となんとかしてあげたいと言う気持ちでいっぱいになるわ』
(惚れた相手が悪かったな。どうも俺は悪い男らしい)
『本当、でも頼られるのも悪くないわね』
こいつがちょろくて助かった。
神様と言うくらいだから、もっと傲慢な存在もいると思っていたが、案外話が通じるものだな。
『ああ、でも。アザトースには気をつけて』
(あんたほどの存在が気にする奴か?)
『私、あの人には逆らえないの』
(天敵ってやつか)
『そう言うのとは違うけど、あの人が介入してきたら私じゃどうにもできないってだけ』
(それだけ注意して動けってことか)
『ええ、特にこの街は他と違って神格が多く滞在する特異点。ドリームランドへの中継に使われるくらいには混沌としているわ』
(ドリーム、夢の島?)
『知らなくても当然よ。そこに至るには契約を重ねた上で能力を行使する必要があるの。あなたの知り合いも一人、そこに幽閉されているわ』
(誰だ?)
『本当に妹さん以外に興味がないのね。九頭竜理衣。妹さんのお友達。彼女の魂はずっとドリームランドに囚われ続けている。嫉妬深いクトゥルーらしいわ。あの子はお気に入りを手元に置いておく習性があるの』
(理衣さん? ただの昏睡状態じゃ……)
『そんなわけないでしょう? あの子も契約者。それもとびっきり凶悪な神格に幽閉されてるのよ。だから一時的にでも脱獄されて、それで警戒を強めてる』
(脱獄って、俺が青の極大魔石結晶を持って行ったのが原因か?)
『それが厳重に鍵をかけた部屋の合鍵だったと言うだけね。でも念入りに鍵をかけた。もう生半可な鍵じゃ開けられないわよ』
(それは、もう起き上がれないってことか?)
『彼女のお部屋にいる限りは難しいわね』
(そんな……)
『だからこそ、妹さんは今のままでいいの』
(俺には何もできない?)
『何もする必要がないとだけ。妹さんの成長で好転することはあっても悪くなるようなことはないわ』
(何でもかんでも口に入れることが悪いことじゃないって?)
『あなたはすでにこの世の存在じゃないのよ。それこそ、食事を摂る必要だってない。睡眠も必要としない。それでもあなたは人間だって、そう言うつもり?』
俺は何も言い返せなかった。
自分がとっくに人間を辞めてることを、再度指摘されて言葉を濁す。
(俺は、どうすればいい?)
『ただ、黙って現状を見守る他ないわ。妹さんは、あの子とうまくお付き合いができている。ただ、世間体を気にし過ぎるのは良くない傾向ね』
(配信は、妹がやりたがってた職業だ。それを今更取り上げるだなんて)
『そう言うと思ったわ。だから、うまくやりなさい。やりすぎないように、全てをあなたが支配するの。そう言うの、得意でしょ?』
言われて、首肯する。
そうだ、俺は昔から悪巧みは大得意だった。
ーーーーーーーーあとがきーーーーーーーーーーーーー
「|◉〻◉)今回のお話の補足としてプロローグを一話の前に追加しました」
「急にホラーになっててどうした?」
「お兄たん、生きてるよね?」
「お兄ちゃんは死んでないぞー?」
「|ー〻ー)あと簡単なあらすじじゃなくて、ちゃんとしたあらすじも書きました」
「あの手抜きなあらすじだけで読む気失せるもんな」
「どんな気の迷い?」
「|◉〻◉)もっとたくさんの読者さんに伝えたい、この感動ストーリー」
「唐突にホラーぶちこむから無理じゃないか?」
「ホラーなんてあったっけ?」
「|◉〻◉)本人が何も気にしてないから問題ないと思うよ」
「みうの優しさに救われたな」
「|◉〻◉)みうちゃん可愛いやったー」
「やったー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます