第34話 寝たきり理衣さん

「あった、この子か」


 スーパーで買い物をした後、みうのタブレットの検索機能の制限を一部解除。


 フードファイターをピックアップした。

 志谷明日香。若干15歳で数々のチャレンジメニューを制覇。

 瞬く間に地域内の大食いクイーンの座をいただいたらしい。


「え、あたしとそんなに変わんないよ?」


「見た目は幼いが、こう見えて高校一年生だって。俺の三つ下だな」


「じゃあ、あたしの四つ上?」


「らしい。現役探索者で、こっちが本職ではないみたいだ。意外な接点があったな」


「この人も探索者なんだ!」


「どうだ? ちょっと配信を覗いてみたら。いろんなところに食べに行ってるみたいだから、次の外食の参考にしてもいいし」


「じゃあ、ちょっと覗いてみる」


「おう、じゃあ兄ちゃんは部屋戻ってるな。なんか用事があったらナースコール押してくれ」


「はーい」



 その日は特に何事もなく一日は終了した。

 翌日、俺は瑠璃さんに呼ばれて客間と赴いていた。

 同じクラン内だからエレベーターで直に行けるのがいいよな。



「悪いね、陸君。直接来てもらって」


「いえ、いいですけど。また理衣さんの魔石拾いのお仕事ですか?」


 いつもなら翌日のリハビリ配信に備えて多めに持ってくる仕事を受ける頃合いだ。

 みうの食費代にもなってるのでこれからは特に必要となる。

 まだまだ余裕はあるが、これだけで済まないという危機感があるので蓄えは多めに見積もっておいたほうが良さそうだ。


「そうだな、いつもだったら頼んでいることだが、今回は大丈夫だ」


「大丈夫とは?」


「今回姉さんの脳波から異常な数値が出た。先週とは打って変わって高い数値。今回はもしかしたら一週間以上眠りっぱなしかもしれない。君に仕事を頼んでも棒に振るかもしれないな」


「今回の撮影、力をセーブしているように思えましたけど?」


「そうだな。だがみうちゃんがいつも以上に動いた。それに合わせた結果、姉さんが働きすぎてしまった」


「ままならないもんですね。それで、今週のリハビリ配信は?」


 出席できない感じか? そう尋ねると瑠璃さんは申し訳なさそうな顔をした。


「みうちゃんには非常に申し訳ないが」


 この人にとって一番重要視するのは理衣さんだ。

 俺にとってのみうのように。

 だからみうのために無理させるという選択肢はない。

 俺が逆の立場だったら同じ判断を取るように。


「そうですか。では仕方ありませんね」


「みうちゃんはそれで構わないのかい?」


 少しはうちの姉さんを心配してくれてもいいじゃないかって顔。

 言われなくても心配はしてる。うちの妹は友達が少ないからな。

 せっかくできた友達を見捨てる薄情者ではない。

 何かしてやれるんだったら、何かしてやりたいと思ってるさ。

 魔石で起きてこられたんなら俺も頑張るし。


 でも最近はがんばらせすぎた。

 脳波がついてこれなくなってしまってることを示唆。

 元々あんまり動けるタイプではなかったらしいが。

 ここ最近は楽しくて時間を忘れることがしばしばあったそうだ。


 俺にもわかる、そういう状況。

 みうも自分の体調を無視して突っ走ることがあるからな。

 それで寝たきりになって何度も肝を冷やしたものだ。


「構わないわけじゃないんですが、ちょうど違うことに興味を湧かせていたので、そっちに配信機会を回してもいいかもですね」


「探索以外の興味を?」


「ええ、実は」


 俺は昨日、みうを連れて回転寿司屋に行ったことを話した。

 そこで結構な金額を食べたこと。

 しかしそれ以上に食べる10代の大食いクイーンを目撃したこと。

 その大食いクイーンは探索者で、みうと類似点が多いことを語る。


「なるほど、フードファイターね。今のみうちゃんにはちょうどいい課題かもしれないわね」


「うちのみうは理衣さんとは対極ですからね」


「ああ、姉さんは食が細いからな。みうちゃんくらい食べてくれたらいいんだけど、そうそう上手くいかないものね」


「基本寝てますしね」


「自ら進んで食事を取らないのもあるから。だからこの思い出が私を昂らせるのさ」


 そう言って、みうと一緒に楽しそうにしている姿を見せた配信を何度も繰り返しみていた。

 普段、何かを目的に起きることもなかったのだろう。

 たまたま目が覚めても、読書しかして来なかったという。


「また目覚める機会がありましたら、その時はみうと一緒に探索ごっこですね。その時にみうは退院してるかもですが」


「最近数値が良いみたいだね」


「これは瑠璃さんだから伝えますが、うちの妹。どうもダンジョンの外でもスキルが使えるみたいなんです」


「初耳なんだけど? 基本的に探索者はダンジョンの中以外でスキルは使えない。これがルールだ」


「それは特定のジョブに限る、でしょう? 一部のジョブ。特にテイマーなんかは表の世界でも一緒に行動できる。もちろんそのままではなく、運動性能は大きく制限されるでしょうが」


「ああ、そうだな。いや、そうか! みうちゃんはジョブを持っていない」


「はい。とは言っても【スラッシュ】の威力はせいぜいりんごの皮が剥ける程度。しかしもう一つの方が厄介でして」


「もう一つというと【よく食べる子】だったか?」


「はい。どうやらあれは念じるだけで痛み、しいては病気の元を文字通り食べてしまうみたいなんです」


「なんだその出鱈目な力は。しかしその代償で?」


「ええ、食費がやばいことになってます。まぁ、回転寿司なので可愛いもんですが」


 俺は手のひらを開いて金額を示した。


「回転寿司で5万か。結構な量だな」


「ええ、学生が四人集まってもその半分も食べないでしょう。しかしですね、それに迫る勢い、いや、あれは確実に追い越してますね。そんな量を食べ尽くした存在が目の前に現れてしまった」


「それが件の大食い系配信者か」


「志谷明日香さんと言います。探索者もやられているそうで、もしかしたら瑠璃さんに心当たりがあるんあらとこうしてお話しさせていただいたんですが」


「知らないな。その子のランクは?」


「15で探索者と言ったらなりたてでしょうからね。どっちをメインに活動としてるとは聞いてませんが、まだそんなに高くないんじゃないでしょうか?」


「君にしてはリサーチが甘いな」


「ネットだけじゃそこまで情報は落ちてないもんですよ。せいぜいが活動範囲くらいですね。近所の回転寿司屋で会った通り、うちの近所で活躍されてるようです」


「君、探偵になったらどうだい?」


「機会があったらその道もいいですね。今は妹の退院を最優先にしてますが」


「それもそうか。みうちゃんを捨て置くなんて言語道断だものな」


「そりゃそうでしょ。もしそんな誘惑にホイホイ乗るような男だったら、今ここにいませんよ?」


「確かにな。私の名前にもビビらなかったし」


「あ、それは単純に知らなかっただけです」


 俺は片手をあげて白状した。

 瑠璃さんは非常に愉快な顔で百面相する。


「君、それは探索者としてどうかと思うぞ?」


「まぁダンジョンで生活して行く気は一切なかったので、覚える必要はないかなって。それに俺は探索者になってません。学生時代に少し齧った程度で、あとはバイトしてましたからね」


「君はどこまでも妹思いだものな」


「そういう瑠璃さんだって理衣さんが大事でしょ?」


「そうだな。しかしそれ以上に家柄が重くのしかかるよ」


 世界に名だたる探索者の家系だとそういうややこしい縛りで身動きが取れなくなるのはちょっといただけないよな。

 うちは緩くて助かった。

 単純に新進気鋭だったからかもしれないが。


 話を終えて面会。

 みうに今週の予定をざっと述べる。


「え、理衣お姉たん検査で一週間お休み?」


「ちょっと無理させすぎちゃったみたいでな。日曜日の探索配信までには戻ってくるけど、それまでのリハビリ配信はお休みさせてほしいそうだ」


「ざんねーん」


「それと、威高こおりさんは覚えてる?」


 ここで以前約束した会話を振ってみる。

 コラボのお誘いだ。

 若干一名減ったけど、元々みうが目的だったので本望だろう。

 しかし東野美兎が行きたくないとなれば話自体がおじゃんになる。

 その意識調査も事前にやっていきたい。


「うん、配信に映っちゃったあの時のお姉さんだよね? それで前の配信にも来てくれた」


「実は威高さんから都合のいい日にコラボしてもらえないかのお誘いがある」


「わ! 本当? 正式なコラボなんて久しぶりだね!」


「本当だったら理衣さんも誘いたかったんだが」


「あ、検査があるもんね。じゃあどうするの?」


「みうだけでいいか聞いてみて、OK出たら水曜日か金曜日に合わせるよ」


「水曜日って明日だよね?」


「ああ、でも向こうも都合があるからな。今日打ち合わせして、それで都合が合わなかったら金曜日になるかもしれないし」


「残念。じゃあ明日は普通に?」


「ダメだったらソロで配信、そのあとご飯だな」


「ご飯! またお外で食べるの?」


「病院側からなんでも食べさせて大丈夫と許可をもらったからな。みうは何か食べたいものあるか?」


「うーん? あ!」


 何か考え事をしたあと、急にベッドの周りをゴソゴソし出した。

 タブレットを取り出して、画面を映す。


「だったらここ行きたい!」


 そこに映されていたのは『満腹飯店』なる大食い配信者御用達の店舗だった。

 基本メニューからドカ盛りで、ミニでも大盛りと遜色ない盛り具合。

 今のみうなら食べられそうだが、俺の腹が持つかわからない。


「兄ちゃん、食えるかな?」


「ここ見て! お持ち帰りできるみたいなの!」


 食えなきゃ持って帰って食えってことか。


「これも昨日のお姉さんの配信で?」


「あ、うん。アスカお姉たんの行きつけなんだって〜!」


 すっかり食事に興味津々と言ったところか。

 

「そこ、予約は取れるのかな?」


「ここに電話番号書いてあるよ」


「じゃあ、合わせて予約入れてみるな」


「早く明日にならないかなー?」


「まだ今日も終わってないのにか?」


「あ、そうだね。今日も楽しまなきゃ!」


 まだ昼にもなってないというのに、気を逸らせすぎである。

 今日はそこのメニューにあるような大きめなトンカツにでもしてやるか。



 威高さんへの連絡の結果、水曜日は予定があるとかで金曜日となった。

 流石の今日の明日でコラボをするにはお互いに準備がかかりすぎるという点で却下。数日おいて金曜日なら合わせられるとのこと。

 その際、理衣さんが行けないこと、帰りにご飯も食べに行きたいことを告げたら二つ返事で了承。

 話が早くて助かるというものだ。

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