第33話 回転寿司デビュー★

「え? 消化器官に異常な現象?」


「ええ。みうさんにこの数日にいったいどんな変化があったのかは分かりませんが、まるで別次元に食べ物が吸い取られてるような、そんな現象がしばしば起こっているようです」


 内科の片野永遠ガタノトーア先生は続ける。

 これは過去に前例のない症例ですと、なんとも申し上げにくそうな口調で述べた。


「それで、妹の食欲によって他の体調に何か異変が?」


「まぁ、不思議なくらい何もないんですけど」


「ふむ、つまり?」


「これから食費が大変だな、と」


「原因は不明、体調に変化はない、食費はかかる。それだけですか?」


「詰まるところで言えば、そうね。もしこの症例を特定して治したいと言う場合、私は再び匙を投げる用意ができております」


 それは医者として誇っていいことなのか?

 敗北宣言、現代医療の敗北と取れる発言じゃないのか。

 まぁ、原因がわからないんじゃおいそれと手術できないのは確かか。


「謎の症例だから当然見当もつかないし、治せない?」


「本当にサンプル件数が少なすぎて同僚に泣きついてもなしの礫でして」


「確かによく食うかもしれません。でも逆に考えればそれだけ食事に対して取り込もうとする意欲が生まれたとも取れます」


「そうですね。以前までは食が細く、重湯程度のものでお腹いっぱいになっていた。そんな彼女からしてみれば目覚ましい変化とも言えます。巳児先生も驚いていらしてたんですよ。リハビリ直後の脳は異常も次第におさまってきていると」


「それは良いことなのでは?」


「一体どんなリハビリを実行したらこんな変化が起こったのか、ぜひサンプルが欲しいと前のめりに」


「あ、非検体としての申し出なら却下させてもらいますよ?」


「チッ」


「今舌打ちしました?」


「してませんよ。その年で難聴だなんて大変ですね」


 先が思いやられますね、と片野先生は話を締め括った。

 検査の結果はこの通り。

 なんとも雲を掴むような話である。


 現状、何も判明しておらず。

 さりとて体調に目覚ましい変化があるわけでもない。

 相変わらず謎が多く、そして食欲が増した。


 病院食は卒業できたのは朗報だろう。

 しかしそれを素直に喜べない家庭もあると言いたいみたいだ。

 まぁ、毎日食費で数万円も使われたら大変と言う気持ちはわからんでもない。

 そう言う意味で、うちは使いきれないほどの財があるので問題なかった。

 


「お兄たん!」


「おう、みう。見舞いに来たぞ」


 自室と病室は正直エレベーターを一つ使うだけで行き来できる。

 一度外に出る必要がなくなったとはいえ、久しぶりの顔だからこそ笑顔で出迎えてくれた。


「先生、何か言ってた? 数値が変だって聞いて気になっちゃって」


 測った時にみうに言ったのか。


「食費を覚悟しとけって言われたな」


「あたし、すごくお腹空くの。いっぱい食べるのダメなのかな?」


「小腹空いたなら何か作ってくるか?」


「今は大丈夫。だけどね、満腹ポイントの獲得は大変かもって、思ってて」


「バカだな。お金の心配はしなくていいって言ったろ? 食事制限が外れたんだ。これからはお外でご飯食べてもいいって言ってたぞ?」


「そうなの?」


「検査がない日にお寿司屋さんとかいくか? あそこならみうが食べきれないほどのお寿司が置いてあるからな。唐揚げとか、うどんとかもあるんだぞ?」


「そこってお寿司屋さんなの?」


「レジャーランドみたいなところだな。お寿司ってフレーズに騙されないほうがいい。ケーキとかもあるんだぞ?」


「そんな夢のような場所があるの!?」


 みうの顔色が色めきだつ。

 ご飯を食べに行って、ケーキも食べられるなんて、なかなかないことだ。

 それこそ大手寿司チェーン店の企業努力だろう。

 味の方は値段相応だが、今は一度の入店でいろんな食事を食べる機会を優先しようか。

 まずは知ること。

 知った後でこだわりたいのならそこに耳を貸せばいいだけだしな。


「まぁ、今日は検査づくしだろうから、検査のない日にな」


「そうだね。でも今日の検査はもう終わったよ?」


「え、もう?」


 確かに体調は良さそうだ。

 食事の憂いは減って。だからって血液検査や脳波検査。MRIだってあるだろ。

 午前中で終わるなんてあるのか?

 元気になったと言うのなら嬉しいが。


「数値が良かったって言うのもあるけど、体の方はもう大丈夫だって。これも満腹スキルのおかげかな?」


「それじゃあ今かかってるのは?」


「脳波検査と血液検査、たまにレントゲンかな?」


 それならば午前中で済むか。


「注射、怖くないか?」


「そこは慣れちゃったよね」


「痛いもの嫌いなお前が慣れるとか……」


「実はね、以前【スラッシュ】がダンジョンの外でも威力抑えめだけど使えるって言ったよね?」


「まさか!」


「うん、身体中の痛いのも【よく食べる子】を念じるだけで和らぐことが判明したの。まるで悪い病気を食べちゃってくれてるみたいに和らぐの」


「だからお腹空いてるんじゃないか?」


「そうかも」


「実はさっき片野先生に話を聞いてな」


「なんて?」


「消化器官に異常な数値が出ていると」


「え?」


「ちなみにそれによって起こりうるデメリットがあるそうだ」


「どんな?」


 恐る恐ると言った表情で俺の顔色を窺うみう。


「食費がいっぱいかかるから財布へのダメージを覚悟しておけとさ」


「へ?」


 先ほどと同じ悩み。

 消化器官が元気になりすぎて、食べ物をどんどん消化してしまう。

 そう言う現象。

 みうにとっては耳を塞ぎたくなるような症状だと思ったのだろう。

 聞いた後は呆けていた。


「それだけ?」


「ああ、消化異常以外の数値は平均以上。順調に回復していってるらしいぞ。ただ、まだ脳波の方は安定しないから定期検診が必要だって」


「ほんと? あたし治るの? 退院できるの?」


「このままのペースで数値が安定するなら退院も予定に入れといて良さそうだな」


「わぁ!」


「なので、午後がまるまる暇だったら飯でもいくか?」


「お兄たんが作ってくれるのでもいいよ?」


 はい、可愛い。

 そんな上目遣いでお願いされたら断れる異性はいないだろう。

 当然俺も、と言いたいところだが。


「作ってやるのはやぶさかではないが、昨日のお弁当で食材が底を尽きてな。どうせなら一緒に買い物に行くか?」


「リハビリ以外でお外出るのって初めてかも」


「流石にスーパーに行くのにバトルスーツはな。そうだ、この前買った洋服あったろ? あれ着てけば」


「そうだね! そういえば買ったまま着てなかったや」


 それは退院できる見込みがなかったから。

 みうばかりを責められまい。

 俺だって、それを着たいと思わせるイベントを用意できなかった自分を悔いている。


「それで、スーパーはともかく、回るお寿司屋さんてあたしくらいの子が入って大丈夫な場所なの?」


 初めて赴く場所だ。ドレスコード以前に年齢で制限されないか心配なのだろう。


「家族連れ大歓迎だぞ? 流石に子供だけで入るには厳しいが、兄ちゃんこう見えて大人でな」


 瑠璃さんからもらったクランライセンスを掲げる。

 これを出すだけでどこでも顔パスできるって代物だ。

 まぁこれが大人扱いされるアイテムかと言われたら微妙だが。

 俺は手に職つけて、給料をもらってる大人だからな。

 こう言うのは気持ちの問題なのだ。


「ただ、寿司を食う前にいくつか注意点がある」


「注意点?」


「きっと興奮して食べるだろうから、醤油がこぼれたらNGな白い衣装は極力禁止。それがお気に入りだったら尚更だ」


「お醤油?」


「あれって結構なシミを作っちゃう原因でな。洗濯したくらいじゃ落ちてくれない。しみとりレスキューみたいな部分汚れ専用の洗剤をつけて洗ってようやくなくなる疫病神みたいなのがお醤油汚れだ」


「えっ」


「普段はそんなに急いで食べるもんじゃないが、昨日の食べっぷりを見てると兄ちゃん心配でな」


「じゃあ、ジャージにする?」


「そこまでしなくてもいいが、醤油汚れが目立たない格好にしなさい。以前までの探索服とかどうだ?」


「汚れに強いやつ? あれはちょっと……」


 妹判定でダサいらしい。

 お兄ちゃん、今時の女の子の洋服への価値観わかんないや。

 こう言う時、瑠璃さんか理衣さんがいてくれたら心強いんだが。

 肝心な時に暇がないか寝てるんだよなぁ。


 まぁ、兄妹水入らずの時間を邪魔されなくて済むんだが。


「ヨシ、では一時間与える! この中から醤油シミにならなそうなものを選んできてきなさい。お兄ちゃん外で待ってるから」


「え、一緒に選んでくれないの?」


「お兄ちゃんが選ぶやつは、お前にとって少しダサいものになるかもしれないぞ?」


「そっか」


 そっかはひどくない?

 そこは否定するところだろ。


「でも、お外出る時っていつもバトルスーツだから、今時の子がどんな服装してるかわかんないや」


「そうだなー」


 俺は携帯端末で最近の小学生ファッションとやらを検索。

 そこで着こなし方をチェックして妹に見せた。


「あ、これ可愛い」


 欲しいならいくらでも兄ちゃん買ってあげちゃうぞー?


「気に入ったのあったら先に買いに行くか?」


「いいの?」


「むしろ初めてのお寿司屋さんデビューだ。いつもと違う格好で入りたいだろ?」


「じゃあ、お願いします」


 俺は乗り気で出かけるみうの笑顔を再びみることに成功した。

 そのお洋服は小学生向けにしてはちょっとお高めな衣装だったが、みうが喜んでくれたならプライスレス!


 店員さんが最近の流行を三点持ってきてくれたので、その中のお気に入りに着替えて、他のも全部買った。

 カード払いだ。

 残りは配達してもらって、手ぶらでお寿司屋さんへ赴く。

 スーパーでの買い物は後回しだ。


「なんだか緊張する」


「こんなところで緊張してたら配信者は務まらないぞ? 姿は見えなくとも、そのコメント欄やチャンネル登録者はこの店の中の人より多いんだから」


「あ、うん。そういえばそうだね。なんか平気になってきた」


「その調子だ」


 受付で「二人」で四人席を取り、好きな皿を選ばせた。

 今のみうにカウンター席は狭すぎる。

 そんな計らいもある。


「うわぁ!」


 常温に置かれて油がキラキラと輝いたお寿司の数々を見て、みうの涎が止まらない。あっという間にテーブルの上はお寿司の皿だらけになった。


「お兄たん、これはどうやって食べるの?」


「ここにあるお醤油を小皿にこうやってたらして。そして寿司ネタの方に醤油をチョンとつけてからいただくんだ。この時シャリ、つまりご飯を上にして食べるとダイレクトにネタの味を感じられるんだ」


「それが美味しい食べ方?」


「通の人はそう言って食うらしいぞ? にいちゃんは普通に食っても美味かった。どっちで食うかはみうが決めていい」


「うん」


「まぁ味わって食う分にはなんら間違ってないんだが……多分今のみうならなんでも美味しいだろ?」


「どうだろ?」


「まぁ食ってみろ。寿司ネタそのものにも味がある。物足りなかったらお醤油。他に塩やタレなんかかけてみてもいい。食べ方は自由だ」


「じゃあ、そのまま!」


 1番最初に食べたのはマグロの赤身だ。


「あ、なんか生臭いかも」


 一口食べての感想はそれだった。

 生の魚はどれだけ冷凍したってその独特な香りが味覚に影響するもんな。

 慣れたら上手いんだが、初見はそう言う感想を抱きがちだ。


「ならお醤油をつけてみろ」


「はーい。あ、臭みが消えた? これなら食べられそう。おいしー」


「そりゃよかった。それよりわさびは平気だったか?」


「え? ……あ、お鼻がツーンてなってきた。なにこれ、涙出てくる」


「ははは。わさびは油分の多い魚に仕込まれてる時があるんだ。しかし現代の寿司はどれにも仕込まれてる時があってな。油断するとそうなるんだ」


「もー、だったら先に教えてよ!」


 そんなやり取りの中、俺たちの席に新幹線が流れてきた。

 俺がさっき注文したメニューが到着したのだ。


「あ、なんかきたよ?」


「さっきここのメニューから注文した。それが届いたんだな」


 そこには卵焼き、茶碗蒸し、唐揚げなどが乗っていた。

 それを開いたテーブルの隙間にねじ込む。


「この卵なんかはワサビがないから食べやすいぞ。そしてこの茶碗蒸し。熱いが、程よい箸休めになる。お寿司は食えば食うほど体が冷えるからな。たまにこうやって熱いものを取って胃をリセットするんだ」


「へぇ、博識!」


「これぐらい普通さ。みうもこれから覚えていけ」


「うん」


 それからみうは興味が湧いたものをあれよあれよと取り出して、テーブルに皿が堆く積み上がっていく。

 お腹いっぱいになったのを確認してから、お勘定。

「また来ようね!」とすっかりお気に入りになった回転寿司屋。

 お勘定は5万を少し超えたところか。

 二人でこのお勘定は、まぁ大食いファイターならザラかな?


 カードでの支払いをしているとき、室内が一気に沸いた。


「誰か有名人でも来ているんですか?」


「大食い系配信者の方がチャレンジメニューに挑戦中だそうですよ。ではカードお返しします」


「ありがとうございます」


「お店の人、なんだって?」


「大食い系配信者の人が来てるって」


「え、見てみたい」


「見学とか大丈夫ですかね?」


「多くの見学者がいるみたいですし、大丈夫ですよ」


 大金を支払ったのもあって、店員からは特に問題ないとされた。

 そしてその人垣の中心では、まだ十代くらいの女性がみう以上の皿を積み上げて最後の一皿を完食しようとしているところだった。


「お兄たん、あの人すごいね!」


「なんて名前の人だろうね?」


「あんた、明日香ちゃんを知らないのか?」


「なにぶん、こう言う場所に足を運ぶのが初めてなもんで」


「なら覚えといたほうがいいぜ、志谷明日香。彼女はここいらのフードファイターの中で最年少の実力派だ」


 へぇ。帰ったら調べてみるか。

 その日は次の撮影にどんなお弁当を持っていきたいかみうと相談しながら買い物を堪能した。



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作品フォロー 1100達成(チャンネル登録者数)

PV    90000達成(再生回数)


「お兄たん、この間の配信、みんな褒めてくれてるよ!」

「お、よかったなぁ」

「うん、始めた当初はこんなにたくさんの人たちに見てもらえるなんて思わなかった」

「そうだなぁ(もっと制限キツくしなきゃ。俺のみうが汚されてしまう)」

「でも、瑠璃お姉たんに比べたら、まだまだだし、これからももっと頑張らないとだよ」

「無理に張り合う必要はないんだぞ?(あのひと100万規模で登録者いるからな。張り合ったら潰れちまうぜ)」

「そうなんだけど、周りにいる人がすごい人ばっかりで、やっぱり数字の少なさが気になっちゃうよ」

「比べるからダメなんだ。むしろ数字じゃなく、その向こう側に人がいると思ったらいい。全員に話しかけられて対処できるか?」

「難しいよー」

「瑠璃さんはできるんだ(知らんけど)」

「すごい!」

「できないうちに張り合うだけ無駄だってわかったろ? だったら今応援してくれてる人に向き合えるようになってから人数を増やす準備をすればいいさ」

「だね! お兄たんありがと」

「どういたしまして(今日も妹が素直で可愛いのでヨシッ)」

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