第16話 仮免探索者みう《信者》

「へぇ、他の配信者の人って探索者雑学をひけらかすものなんだね」


 みうは同業者の様子が気になるのか、ちょいちょい様子を見に行っては率直な感想を述べた。


「そこは人によると思うぞ? みうはありのままの自分を見せるスタンスだ。無理に張り合う必要はないと思うが……」


「でも、ライバルは少ない方がいいよね!」


「何をするつもりだ?」


「実はあたしにいい考えがあるんだよね!」


 とても嫌な予感がする。

 それは最悪な形でみうを有頂天にさせた。


 つまりはそう、よその配信者に自分をアピールして印象付ける。

 そのまま自分のチャンネルにリスナーを呼び込もうという大それた作戦のようだ。


 残念だったな妹よ。

 うちのチャンネルはネットで登録者を増やせない仕様だ。

 が、それを知らないからこそたどり着いてしまう、最悪な流れ。


「お前それ、配信者として最悪の行為だぞ? うちのリスナーさんを泣かせるつもりか? みうちゃんはそんなことしない! って信じてくれる人を裏切る行為だぞ」


「うっ」


「お前はありのままでいいんだ。ちょっと同業者とかち合ったくらいでいちいち意識してたら身が持たないぞ?」


「だってだって〜」


「今回はたった一人だからつい張り切ってしまったんだろうが、これが3人とブッキングした場合はどうだ? お前の体は一つしかない。全部の配信に顔を突っ込むつもりか? 増えるかわからない登録者数のために?」


「それは無理だね」


「だろ?」


「うん。あたしが間違ってた。ごめんね、お兄たん」


「わかればいいんだ。それより腹減ったろ。飯食うか?」


「わーい、ご飯!」


 病院以外でのご飯は初めてだろう。

 ましてや清潔とも言えないダンジョンの中でのご飯である。


「今用意するから待っててな」


 背負っていたリュックからレジャーシートを弾き、地面の凹凸が気になる部分には適当に艇蒸したスライムを緩衝材として設置面に挟んだ。その他に毛布、敷布団などで病院のベッドを再現。


「ふかふかー」


「ダンジョンの床は硬いからな。ちょっとした工夫だ」


「スライムってクッションにもなるんだね、万能〜!」


「スライム使いの俺ならではのアイディアだ。テイマーってのは頭を使うことで本来の二倍も三倍も便利に扱えるジョブだからな」


「そんな扱いをするテイマーなんていません!」


 俺がテイマーのノウハウをみうに教え込んでいる時。

 横合いから声が飛んできた。


「あん? 誰だあんた。俺と妹の団欒を邪魔するなんて」


 ──死にたいのか?

 こちとら今日という日のために準備をしてきているんだぞ?

 どこの誰だか知らないが……妹との団欒を邪魔するのなら死んだ方がマシな地獄を味合わせ……


「お兄たん、この人さっきの配信者の人だよ」


 みうに言われて気がつく。

 なんか雰囲気が違うから全く別の人かと思った。

 もっとキャピキャピしてなかったっけ?

 今は落ち着き払っている。

 別人かと思うじゃん。

 もしくは二重人格か。


「ああ、すいません。撮影の邪魔でしたか?」


「いえ、違います。配信なら先ほど終えました」


「ああ、そうなんですか。じゃあこちらへはどんなご用事で?」


「あなた先ほど自分のことをテイマーとおっしゃってたように思いますが」


「ええ」


「私のリスナーさんにもテイマーさんはいます。それでもあなたのような扱い方をしている人はいないようでした」


「なるほど」


「それって何が問題なのー?」


 みうは無邪気に聞いてくる。

 世間一般のテイマーを俺と同一視した結果生まれた齟齬だろう。

 みうにとって俺がテイマーの基礎になってしまってる。

 みんながみんな、俺と同じくらいやってのけるって認識だ。


「あなた方がした攻略法は一般的ではないということです!」


「ふむ。それで?」


「それでって、ただ普通にしてくれたらいいだけで……」


「普通にして、俺たちに何か得があるのか? さっきの配信内容を少し耳に入れたが、どうもあんたは蘊蓄ひけらかし系のように思えた。その情報と乖離する俺たちを嗜めにきたように思うが」


「そう! そうです! わかってるんなら次からは気をつけてくださいね! 私の配信に支障が出るので!」


「そうなの? あたしのスキル、普通と違うんだ?」


「当たり前だろ、みう。お前は九頭竜プロの【スラッシュ】を見て覚えたんだ。一般的な剣技の範疇を超えてるに決まってる。俺だって目視で捉えきれなかったんだぞ?」


「そうだよね、そうだよね! あたしもまだ完成には程遠いと思ってた。九頭竜プロは刺して横に薙いだ後信じられないスピードで駆け抜けてったもん! あたしはまだそこまで無理だから!」


「九頭竜プロ?! そんな大物がどうしてこんな小さな子に? しかも見て覚えた? あなたジョブは?」


 剣士じゃないのか? そんな顔をされる。


「ジョブ以前にあなたには信じられないかもしれませんが、うちの妹は病人です。今日はリハビリで来ています。あなたみたいに毎日を無意味に過ごしてないし、そうやってこじつけで妹に余計な負担をかけないでいただきたい」


「病人!? 元気いっぱいに見えるけど?」


「なんでか、ダンジョンの中では元気になるんですよ。もういいですか? 外に出られる時間は刻一刻と迫ってきてるんです。せっかく妹に外出許可をもらって、あなたの質問責めに答えてやる時間はないんですよ。な、みう?」


「少しくらいなら答えてあげてもいいよ? ライバルとして」


 ふん、と鼻を鳴らし髪をかき上げる仕草。

 妹よ、どこで覚えたそんなポーズ。

 微妙に似合ってるのが悔しい。

 妹の新たな一面を見た気がした。


「ライバル?」


「ああ、一応妹も配信者だからな。よかったらログを見るか? 初期は本当に動くのもやっとだったんだ」


 今は見違えるほどに動けてるが、本当にそうなったのはつい最近のことだ。

 九頭竜プロと出会う前までは、スライムを倒すのも精一杯だったし。


「いただけますか?」


「パソコンの持ち込みは?」


 ログはただのデータ媒体でしかないので、見るにはパソコンが必要不可欠。

 ダンジョンにそんな精密機器を持ち込むバカは、配信者以外いない。

 しかし今の配信者はほとんどがネットワークでのやり取りで完結してしまっている。それなりに動き回るタイプなら、撮影はカメラ、編集は別のものがやるだろう。


「そっちなら配信用のがあるので」


 少女、威高こおりは背負っていたバッグを叩いた。

 あるんかい!


 昔の妹の映像記録の鑑賞会をしながら、食事をする。

 すっかり団欒の一部と化した少女は、最初は疑いの視線だったが、今やすっかり妹信者となっていた。


「みうちゃん、がんばったのねー」


「えへへ」


 ちょうど今、最初の10本をし終えて九頭竜プロコラボ会に差し掛かっていた。

 そこではちょうど背伸びしてスライムからドロップした魔石を拾う場面が映されていた。

 

「ウソ、あの魔石って……」


 どうやらこの配信者は気がついたみたいだな。


「うん、クズ魔石なんだよね? 特に珍しくもないから九頭竜プロにあげたんだー」


「へ、へえー。プロに? すっごい喜んでなかった?」


「そんなことないよ。ね、お兄たん?」


「ああ。あれはそっくりなだけで価値のない劣化品だという鑑定が出たからな。ほら」


 もしこのログを他人に見せた時の口裏合わせは済んでいる。

 偽の鑑定書を発行してもらっていたのだ。


「鑑定書まで。そりゃ手元にあるなら調べに行きますよね」


「ワンチャン、一攫千金は狙うだろ」


「お兄たんはあたしの病気を治すためにいっぱい苦心してくれてるの。学校だってやめて、ずっとアルバイトしてくれてるんだよ?」


「学校?」


「実は探索者学園に一学期だけ通ってたんだけど、理事長の娘と揉めちゃって」


「探索者学園で初めての自主退学者? って、あぁああああああーーー!」


 少女が何かに勘づいたように俺に指を差す。

 失礼だな。


「なになに、どったの?」


「学園一のユニークテイマー! あなた、ユニークテイマーの空海 陸そらみ りくね?」


「ご紹介どうも。これで俺が普通のテイマーじゃないってカラクリはわかったろ? だからあなたの配信の蘊蓄もデマにはならない。これで納得してもらえないか?」


「お兄たん、すごい人だったの?」


「すごいのは俺というより、ジョブの方かな?」


「何言ってるんですか、テイマーでありながらソロで、更に一学期でダンジョンの深淵に至った者をジョブだけすごいだなんて思う人はいませんよ!」


「お兄たん、そんなことしてたの?」


「みうの病気を治す薬がないかなって、兄ちゃんがんばったんだぞ?」


「ありがとうね? そんな無理しなくてもあたしは大丈夫だったよ?」


「未だ治ってないってことは、深淵階層に眠る秘薬もダメだったってこと?」


「ああ、エリクサーや仙桃も(念の為各10個は)試したけど全然ダメでな。俺はみうにしてやれる希望をダンジョンに見いだせなくなってたんだ。だから辞めた。理事長とのあれこれは、ちょうど時期が重なっただけだな」


「エリクサーでも治らなかったの?! そんな病気があるなんて!」


「今のところ、手の施し様がないって医者にも匙を投げられててさ。でも、九頭竜プロの見よう見まねでスキルを覚えてから、みうの体調が回復したんだ。それでな、危険は承知でみうの体調回復のためにダンジョンにリハビリに来てるんだよ。何かの拍子でスキルを獲得して、また体調が治らないか、藁をもつかむ気持ちでさ」


「そうだったのね。私、そんなこと全然知らなくて」


 すっかり俺の話に親身になってくれている威高さん。


「なんか、ダンジョンの中だと調子いいんだよねー」


「と、いうわけで質問攻めは許してやって欲しいんだ。今は元気に見えても、医者が匙を投げるレベルの難病を持ってて、病院の中ではベッドに縛りつけられてるんだよ。一年のほとんどを病院で過ごし、こうやって外に出れる期間も最近ようやく増えてきてな」


「うん、そうだね。でもお兄たんが毎日面会に来てくれるから、あたし寂しくないよ!」


「みうちゃんてば、なんて健気な子なの!」


 結局ダンジョンでは威高さんに捕まって満足に攻略できなかった。

 迷惑料として依頼の違約金(200円)を払ってもらい、俺たちはそのまま外で買い物をして帰る。


 洋服はこの前いっぱい買ってやったので、今回はちょっとしたアクセサリーに留めた。

 今回他の配信者を見て、自分があまりに重アクセサリーの類を持っていなかったことを痛感したのだろう。


 真剣に選んでいたのを見て、俺はほっこりした。

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