間話① 『プロローグ: えり』
「――あああああぁぁ……あああああああぁぁぁあ……」
夜の静けさを切り裂くように、その悲痛な叫びが歩道にこだました。
耳を塞ぎたくなるような声なのに、なぜか周囲にいた人々は誰一人として彼の目を逸らすことができなかった。
聞いていた人々も、何かに打たれたように、その場で立ち尽くすしかできなかった。
北方えりは、その若さと無限の輝きを纏っていた。
しかし、彼女は死んだ。
たった十七年の人生だった。
神奈川県小田原市の静かな街角で、夕暮れの薄明かりが街灯を照らし始めた頃。
部活帰りの彼女は、彼氏と共に歩いていた。
「今日、東都林大学のスカウトが来てたんだって」
「え、すごいね。東都林って偏差値高いとこだよね。俺行けるかなー」
えりは全国でも名を知られたバスケットボール部のキャプテンだった。
エースとしてもその名を轟かせ、彼女の華々しいプレーは観客を魅了し、大学からのスカウトも彼女に目をつけていた。
ただ、部活に打ち込みすぎたせいか勉強は苦手だった。
だが、そのことを気にする者は一人としていなかった。
なぜなら、彼女は太陽だったからだ。
周りの人々に生きる希望を与えていたからだ。
「同じ大学じゃなくてもいいんだよ? 近い大学でいいじゃん」
「ダメ。俺はえりのことを一番近いところで応援したいから」
「えー、でもいいの?」
「うん、俺がしたいことだから、えりはなんも心配しなくていいよ。バイトも頑張ってるし、高校三年までには私立、通えるくらいのお金溜まる計算だからさ」
彼女には、いつもそばに寄り添い、支えてくれる優しい彼氏がいた。
二人はまさに「美男美女」と称されるほどに完璧なカップルだった。
喧嘩はしたことがない。
言い争いもない。
健全で問題も抱えていない立派な高校生カップル。
彼はえりの試合でいつも最前列に陣取り、彼女を優しく包み込む言葉で支えてくれた。
彼と過ごす時間こそが、えりにとって何よりも大切なものであった。
全国大会への出場という大きな目標でさえ、その時間の前には霞んで見えた。
「うん、それならいいんだけど」
「同じ大学に入学することを今ここに誓います!」
「あはは! 何それ!」
未来を語り合うその時間が、彼女にとってどれだけ愛おしかったことか……
「えりさん。あなたは病める時も健やかなる時も妻として愛し、敬い、慈しみ、俺と共にこれからも歩んでいくことを誓いますか?」
「何それ、結婚式みたいじゃん!」
「だって俺、ブライダルのバイトだし…………で、誓いますか?」
その彼氏は知る由もない。
「……はい、誓いま――」
ドォン――。
彼女は死んだのだから。
飲酒運転をしていたトラックが彼女を襲った。
全ては一瞬の出来事だった。
ぶつかった瞬間に死んだ。
救急処置が必要ないほどに、彼女は呆気なく、死んだのだ。
えりの心には深い疑念が残った。
「法を破った者が生き延び、法を守ってきた私がなぜ死ななければならないのか?」
その問いかけは、彼女の心の中で虚しく響き続けた。
彼女の人生は努力や希望で包まれていた。
それが一瞬にして、無駄になったのだから。
そして、その問いは、誰にも届かぬまま、ただただ消えていった。
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