第十二話 『感謝とムカつき』


「やっぱり、ベルタさんですよね!」

「え? ユリシアちゃん?」


 どうやら二人は知り合いらしい。

 ユリシアがその名前を口にした瞬間、ベルタの驚きの表情が一変し、ユリシアに対する感情が込み上げたようだった。

 そしてユリシアの顔には、初めて心からの笑顔が広がった。


「大人になったわね!  いくつになったの?」

「今年で二十歳になります!」


 ユリシアは嬉しそうに答え、目をキラキラ輝かせながら、続けた。


「ベルタさんは変わらないですね」

「だって、エルフだもーん」


 とベルタは笑顔で応じ、その瞳にはどこか懐かしさと温かさが浮かんでいた。


 二人の間には、長い付き合いから生まれた深い絆が感じられた。

 まるで昔の友人に再会したような、喜びと親しみが溢れている。

 俺はそのやり取りを傍観するしかなかったが、二人の関係がこんなにも親しいものであることは明らかだった。

 視界の端に俺がいることは、彼女たちの中ではすでに二の次のようだった。

 

 そうだ。

 二人の間の席に座っていた俺は、「動く石」だ。

 動く石だ。

 ……っと。

 危ない。

 オークになるところだった。

 とにかく、二人の邪魔をするのは何か違う気がする。

 このまま、二人の再会を見守ろう。


「それにしても、こんな立派なもの持っちゃって!」

「ちょっと! やめてください……!」


 突然、ベルタはユリシアの胸を無遠慮に揉み始めた。

 ベルタの言う通り、ユリシアも二十歳になり、イシアの遺伝をしっかりと受け継いでいたのだ。

 驚きのあまり、俺は思わず目を見開いたが、その光景以上に心に残ったのは、ユリシアの予期せぬ驚きの声だった。


 彼女の声は、初めは驚きと戸惑いの入り混じったものだったが、その後、困惑と羞恥心が色濃く表れていた。

 彼女の声には、驚きと共にどこか哀しげな響きもあり、その反応は俺の心にも強く残った。


 大サービス、感謝致します。


 そう感謝した瞬間、ふとベルタの方から声をかけられた。


「どんな顔で見てるのよ」


 ベルタの鋭い一言に、俺は慌てて「み、見てないです」と答えた。

 顔が赤くなり、視線を逸らすしかなかった。

 その言葉を聞いたユリシアは、さらに恥じらいの色を深め、頬に紅潮が広がった。

 彼女の目には、恥ずかしさと共に微かに困惑が浮かび、場の空気が一層微妙なものとなったが、その空気を変えるべく、ベルタが俺にこう質問してきた。


「もしかして、お前がルークか?」

「え……そうですが」

「やっぱりね」


 どうやらベルタは、俺のことを知っていたようだった。

 詳しく話を聞くと、彼女こそがイシアが言っていた「助っ人」だということが明らかになった。

 

 ベルタ・フェデン。

 女のエルフだ。

 ロリ体型という言葉がぴったりで、俺には全く興奮を覚えさせるようなものではなかった。

 その体型に加え、話し方もどこか生意気で、上品さとは程遠い印象を与えていた。

 そう、イシアの優雅さとは対照的に、彼女の存在感はまるで対極の位置にあるようだった。

 

「ロックス迷宮の全種族辞典を狙った冒険者が多いらしいですが、俺たちも遅れを取らずに攻略を始めた方がいいのではないですか?」


 ベルタは、昨日この街に到着したばかりだと言ったので、俺はそう質問した。

 特に期待はしていなかったが、せめて状況だけでも知りたかった。


「うーん、その必要はないわ」

「なぜそう思うんですか?」

「実は、昨日一人でロックス迷宮に潜ってきたのよ」


「え?」


 俺とユリシアは驚きの声を上げた。

 彼女はニレニアに着いたその日に未開拓のロックス迷宮に挑むという、まるで無謀なことをしていたのだ。


「感覚だけど、二ヶ月あれば攻略できると思うわ」

「本当ですか?」


 ベルタの言葉はまだ信頼に値しなかった。

 彼女の言い回しや態度からは、全てがあまりにも軽々しく、説得力に欠けるように感じられたからだ。


「合流したばかりだけど、あんたたちが何をできるのか見ておきたいわ」

「もう、夜なんですけど……」


 ついさっき、熱い砂漠を辛うじて歩き切り、ようやく陽が沈んで涼しさを感じ始めたところだった。

 なのに、また砂漠の方角へと足を向ける羽目になるとは。

 ベルタの要求はあまりにも無遠慮で、まるで人の心を持っていないかのように感じられた。

 まあ、エルフだから人の心はないのか。

 

◇◇◇


 俺は片手に剣を握りしめ、ユリシアは魔法の杖を頼りにしていた。

 暗闇の中、ベルタは意外にも大剣を抱え、静かに立っていた。

 彼女はその大剣を引きずりながらここまで歩いてきたのだ。


 突如、足元が不安定な闇の中から、数匹の毒ヘビがベルタの背後に現れ、鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってきた。


「危ないですよ、ベルタさん!」


 とユリシアが叫んだが、ベルタは微動だにせず、その冷徹な姿勢を崩さなかった。

 ヘビたちが彼女の体に噛みつく中、ベルタはまるで何も感じていないかのように、静かにその全てを受け入れていた。


「ルーク、アタシを助けなさい」

「え……」


 ベルタが余裕の表情を見せていたのは、内に秘めた我慢からくるものだったのだろう。

 彼女が毒ヘビに襲われるのを見ながら、心の中で「ざま〜」とつぶやく一方、ユリシアにカッコつけるチャンスと捉えた俺は、即座に行動を決めた。


 アーマードゴーレムの外見変化を施し、毒からの防御を固めた俺は、周囲の闇を切り裂くように剣を振りかざした。

 鋼のような剣は月明かりの下できらめき、華麗な舞を披露するように、次々とヘビたちを倒していった。

 正確無比な一撃で、蛇たちの攻撃をあっという間に無力化し、静寂が再び戻るのを待った。

 

「ありがとう、ルーク」

「いえいえ」


 軽く手を横に振りながら、ベルタにそう言った。

 

「それじゃあ、ユリシアちゃん、毒を抜いてちょうだい」

「分かりました」


 今度はユリシアに助けを求めた。


『闇の影より蠢く疾病を癒し、生命の泉へと還す。

聖光の浄化!』


 奇妙なことに、ベルタは蛇に襲われたにもかかわらず、表情に微動だにすることはなかった。

 そして、そのままユリシアの治癒魔法を受けながら、彼女は穏やかに言った。


「うん、ありがとう。治癒魔法、悪くないわね」

「ありがとうございます」


 ベルタはユリシアへの礼を言った後、俺を見つめ、その口からは意外な言葉が放たれた。


「面白いスキルね」

「ありがとうございます」


 と俺は答えたが、心の中ではその上から目線が煩わしかった。

 助けたにもかかわらず、そんな言葉で片付けられるとは。

 さらに驚いたことに、ベルタは次に予想もしない提案をした。


「ルーク、少し、アタシと戦ってみない?」

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