第三章 ニレニア編

第十一話 『ベルタという女』


 アルフには感謝している。

 ユリシアを騙す形になってしまったが、彼女と一緒に冒険するという最高の展開になった。

 それにしても彼女は俺と話そうとする素振りを全く見せない。

 俺に悪いと言って、馬車の操縦をやりますと言うので、その要求をやむを得ずに聞いた。

 やむを得ずに聞いてあげた。


 旅に出てから六日が経った。

 特に何も進展はない。

 ついにニレニアの街がある、トルナム王国に到着した。

 だが、ここからが大変だった。

 トルナム王国の境界に足を踏み入れた瞬間、俺たちは異様な静けさに襲われた。

 国は砂漠王国だった。

 そして熱砂の波が果てしなく続く中、一つの問題に直面した。

 馬車が砂に沈み込み、進まなくなったのだ。


 国境を越えたとき、境界の番人が言っていたことが頭をよぎった。

「馬車はやめておいた方がいい」という助言。

 しかし、その忠告を後悔する余裕などなかった。

 照りつける太陽の下、灼熱の砂漠が全ての思考を溶かしてしまいそうだったからだ。


「歩いて行こう」

「そうですね、そうしましょう」


 俺たちは意を決して馬車を捨てた。

 荷台に積まれていたのは、旅の途中で残り少なくなった水と食料だけだったので、それを担いで歩いて行くことにした。


 それから少し歩いたところだった。

 砂漠のど真ん中で、突然地面が割れ、巨大なサソリが飛び出してきた。

 背中に太陽を反射させるその黒光りする甲殻は、見る者に威圧感を与えた。

 しかし、それ以上に俺の中で沸き上がったのは、耐えがたい暑さによる苛立ちだった。


「ふざけやがって……こんな熱い時に出てくんなよ……」


 その瞬間、怒りと疲労が一気に頂点に達し、冷静さが吹き飛んだ。

 そして、ちらりと隣に立つユリシアを見た。

 やはり、カッコつけてしまう。

 彼女の目に映る自分がどう見えているのかを、無意識に考えてしまう。


「俺に任せてください」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、俺は剣を抜き放ち、灼熱の空気を切り裂くようにその刃を構えた。


 イシアとの特訓を思い出せ。

 アルフとの研究成果を振り返れ。

 こんなただ大きいだけのサソリなんか俺の敵じゃない。


 巨大サソリが不気味に光る尾を振り上げた瞬間、俺は鋭い閃光のような予感を感じた。

 鋭い尾の先端から放たれる毒液が、太陽の光を浴びて、輝きながら俺に向かって飛んでくる。


「目を閉じてごらん」

 俺はまた詠唱を唱えた。


 俺の体内に古代の力が湧き上がり、肉体が徐々に変化を始める。

 肌が金属の光沢を帯び、筋肉が鋼鉄のように硬くなっていく。

 鎧のような装甲が瞬く間に全身を覆い、俺はアーマードゴーレムへと姿を変えた。


「シューー」

 

 サソリの毒が俺の身体に直撃する。

 だが、その毒は鋼鉄の装甲を滑り落ち、砂漠の地面に無力に染み込んでいくだけだった。

 猛毒も、この圧倒的な防御力の前では無力だ。

 

 もう一度、詠唱を始めた。


 俺は一瞬でスプリントウルフへと《外見変化》スキルを発動させた。

 次の瞬間、砂漠の広がりを一気に縮めるようにして、巨体を揺らしながらサソリの近くに到達した。


「サッ、サッ」

 

 動きの速さは、まるで風のように速かった。

 巨大なサソリの体を巧みに駆け巡りながら、俺はその巨体に細かく滑り込んでいった。

 サソリの眼に見えないほどの速さで周囲を旋回し、その動きに慌てふためく様子が伝わってきた。

 巨大な顎が空を切り、足元の砂が舞い上がる。

 敵の動揺が、俺の攻撃の好機を演出していた。


 最後の詠唱を唱える。


 俺は動く石。

 ただの動く石だ。

 サソリの背中で、俺は一瞬、無心の境地に達した。


 周囲の音や熱さを感じることなく、ただ静かに集中する。

 俺はオークに変身する力を行使し、体が一瞬で逞しい筋肉と荒々しい肌に包まれた。


 巨大なオークの力を借りて、俺は力強く手を振りかぶる。

 その腕の振り幅は大きく、空気を切る音が伴う。


「ガッ」

と重い音を立てながら、サソリの小さな頭に平手打ちを叩き込んだ。

 頭部に衝撃が走り、サソリの体が震え、力尽きたように大きく揺れた。

 

「さぁ、行きましょう」

「強くなりましたね」


 俺は何事もなかったかのように振る舞い、カッコつけながら一言だけ口にした。

 彼女の言葉はいつも心からの言葉だ。

 俺の心は、彼女の純粋な称賛に触れて、ひとしおの満足感で満たされていった。


◇◇◇


 それから、俺たちはようやくニレニアに辿り着いた。

 暑さと疲労を感じながらも、二時間ほど歩いた後、空はすっかり暗くなり、心地よい涼風が吹き始めていた。

 

 アルフの言葉通り、街は静かで人影もまばらだろうと思っていたが、実際には予想に反して賑やかな雰囲気が広がっていた。


 通りを歩きながら、俺はこの異様な賑わいの理由を探ろうと決めた。

 石畳の道を歩きながら、活気ある酒場に足を踏み入れると、店内は人々の話し声や笑い声で賑やかで、酒の香りが漂っていた。

 俺はユリシアとカウンターに腰を下ろし、隣に座っていた旅人に声をかけた。

 女だ。

 見た目は良い。

 少し、ロリ感を感じられるが。

 そしてなんと言っても耳がとんがっている。

 ックぅーーーー!!

 異世界にきてのファーストコンタクト!

 エルフだ。


「すみません、普段もこんな混んでるものなんですか?」


 女のエルフに聞いてみると、手に持っていたグラスを傾げながら、面倒くさそうにこう返してきた。

 

「ロックス迷宮が発見されたからよ。あんたもそれが目当てなんでしょ?」

「ま、まあ」


「やっぱりね」とでも言いたげな表情を浮かべたエルフは、俺に向かって容赦なく説教を始めた。


「あんたのように、お金のことしか頭にない人間がいるから、この世界は狂っていくのよ」

「えー……」


 その瞬間、俺の中で何かが冷めた。

 この女の上から目線と無遠慮な物言いが、どうしようもなく鼻についた。


「しかも、そんな可愛い女の子を連れているようじゃ、迷宮の攻略なんて到底無理ね」と、エルフは冷ややかに言いながら、ユリシアに視線を向けた。

 ユリシアもその視線を返し、何かを思い出すようにエルフを見つめた。

 そして疑問が混じりながらも、確かめるように彼女は口を開いた。


「……ベルタさん?」

 

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