第十話 『お別れ』
ただ、俺はその熱意に応えるほかに選択肢がなかった。
アルフにはこれまで、《外見変化》スキルの研究をしてもらっていた。
アルフだけじゃない。
迷子の俺を救ってくれた上に、居候までさせてくれたこの家族には感謝の言葉以上のものがある。
だから、これがその恩返しだ。
そう決意し、俺は旅に出ることにした。
ベテンドラの街から馬車で約一週間の距離にあるニレニアへ向かうため、食料や水の荷造りを出発前夜には済ませていた。
そして早朝、俺はワイナレット家に別れを告げた。
ロックス迷宮を攻略し、全種族辞典を持ち帰るだけの旅なのに、ユーリアは泣きながら俺の足元を掴み、決して離そうとしなかった。
「私、もう八歳だから一緒に着いていくもん! お兄さまの為に私、頑張るから!!」
ユーリアは八歳になり、その見た目もそれに伴ってぐっと成長していた。
しかし、俺自身も歳を重ねていたせいか、彼女が二年前とさほど変わっていないように感じられた。
「ユーリア、学校はどうするのよ!」
「学校に行かなくてもいいから!」
イシアがユーリアを叱るように言ったが、彼女はまったく耳を傾ける様子もなく、そのまま動かなかった。
「いいか、ユーリア? 心配しなくてもすぐに帰ってくるから、お父さまとお母さまの言うことをちゃんと聞いて」
「で……でも」
俺はいつからか本当のお兄さまになっている気がした。
やっとの思いでユーリアを説得すると、今度はイシアが俺のもとに近寄ってきた。
「ルーク、ニレニアに着いたら、助っ人を呼んでいるはずだから」
「助っ人? 分かりました……ありがとうございます!」
「うん、じゃあ……気をつけて行ってらっしゃい」
俺とイシアはほぼ師弟の関係にあった。
それと同時に、彼女の面倒見の良さから、まるで母と息子のような絆を感じていた。
だが、イシアに別れのハグをされた瞬間、俺は興奮を抑えきれなかった。
並のグラビアアイドルよりも大きな胸が俺に当たった。
この世界に来てから大して女とヤル機会がなかったから、俺の欲望は溜まっていた。
パンパンに溜まっていた。
そのせいか、興奮は身体全身を火照らせて、不覚にも俺は鼻血を出した。
だが、ここで鼻血を見られたら、まるで彼女の体に興奮してしまったように思われる。
《実際、そうですよね》
だまれぇぇ!!
とにかく、イシアの異常な腕力で俺はハグから逃れる事はできなかった。
鼻血だけが静かに垂れていった。
ズルルルルぅぅぅ!!!
「あら、泣いてくれているの?」
「あ゙、はい゙い゙」
両方の鼻から垂れる鼻血を必死に吸い込もうとしたが、鼻から強く息を吸い続けないと止まらない。
そうするうちに、声はまるでデスボイスのようにかすれ、俺はなんとかイシアとの別れを交わすことになった。
アルフは、うんと頷き、簡潔に俺と別れた。
言葉など必要なかった。
心と心で通じ合っている何かがあったからだ。
彼は俺に何か訴えかけようとしているのが伝わった。
「鼻血出ちゃうよな!」 ……と。
最後に、ユリシアに別れを告げようとした。
彼女とはこの二年余り、多くのことがあった。
何度か、寝込みを襲おうと試みたが、全てが虚しく終わった。
ただ、彼女にさようならを言おうとしたところ、家の外に彼女の姿はなかった。
悲しくないと言えば嘘になる。
しかし、それでいいのだ。
女をしつこく追い続けることは、男の取るべき態度ではない。
追わず、追われずでいいのだ。
俺は馬車の操縦席に腰を下ろし、手綱を引いて馬車を走らせた。
背後には、俺が別れを告げた家族の姿が小さくなり、手を振る姿が遠くに消えていく。
心の中で確かな別れを感じながら、目の前の道が開けていくのを見守った。
あの温かい日々との別れが、今しっかりと心に刻まれていくのがわかった。
◇◇◇
馬車の操縦は初めての経験で、常に集中を切らさないようにしなければならなかった。
三十分ほど進んだところで、体力を回復するために休憩を取ることにした。
外の気温は予想以上に高く、砂埃が舞い上がる中での休息はまさに妥当な判断だった。
熱い風に吹かれながら、息を整え、馬たちにも一息つかせる。
日差しが強く降り注ぐ中で、ひとときの静寂が心に安らぎをもたらした。
ふと、アルフからもらった小さな紙切れを思い出した。
だからこそ、別れの時に何も言わなかったのだろう。
照れくさいやり方だが、それがまたアルフらしい。
俺は小さく折り畳まれた紙切れを慎重に広げ、そこに書かれていた文字を目にした。
『ルーク君、君も色々な意味での治癒魔法が必要だろ』
治療魔法?
確かにパーティーを組む上でヒーラーは必要だが?
それにしても色々な意味で……か。
馬車の木製の荷台の奥には、荷物がぎっしりと積み上げられていた。
荷台への入り口には、重厚な布が垂れ下がっており、外からは中の様子を一切窺い知ることができなかった。
その布を押しのけて中に足を踏み入れると、彼女は茶色い布で作られた目隠しをつけ、小さく座っていた。
狭い空間に静かに身を寄せ、彼女の姿はまるで隠れた秘密のようにそこに佇んでいた。
「ユリシア?」
「は、はい? どなたですか?」
「ルクセリオだけど……? なんでここにいるの?」
「え?」
つまり、ユリシアも旅についてきてくれることを示唆していた。
当の本人はそのことを知らなかったようだが。
なるほど。
理解した。
確かに俺は色んな意味で治癒魔法を必要としていたようだ。
流石はアルフだ。
ありがとう、お父さま。
神様とでも呼びたいものだ。
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ステータス
名前: ルクセリオ=???
種族: 人間
性格: 自信家
スキル:
- 多言語
- 剣術 lv18
『外見変化』:
- 中沢煌
- ゴブリン
- オーク
- スプリントウルフ
- アーマードゴーレム
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