第六話 『外見変化: ゴブリン』


 《外見変化》スキルの発動条件の実験に成功してからざっと三か月が経った。


やはり、何度試しても「目を開けてごらん、ユリシア」以外の詠唱には反応しない。

 そう唱えるたびに、アルフはあの夜の出来事を詳細をしつこく、何度も訊ねてくる。

 一般的に、親は娘の恋愛事情を避けるのが当たり前だと思っていたが、この世界の価値観は少しずれているのだろうか?

 

 希少スキルの実験自体は終わったものの、今は魔物相手に使う想定をしたトレーニングを行っている。


 変化する対象に成り切るためには、その対象の情報を得なければならない。

 それが《外見変化》の発動条件の一つでもある。


 アルフの書斎には医療書や研究のための書物が大量に置かれているとはいえ、魔物に関する書籍はそういくつもない。

 せいぜい、人間と似た身体的特徴を持つゴブリンの本くらいしかなかった。


 よって、またゴブリンだ。

 まあ、既に何回かゴブリンに外見変化をしたことがある。

 そして、それがまあ上手くいく。


 ゴブリンの身体的情報が記された資料に彼らの詳細が書かれていた。

 子供のような体格。

 集団で群れる。

 魔法は通常、使えない。

 そして、知性を持つ(ただし、人間以下の知性)魔物なのだと。


 俳優が演技をする上で最も重要なことは、キャラクターの気持ちを汲み取り、解釈して成り切ることだと言った。

 限られた資料をしっかりと読み取り、解釈する。

 

 人間以下の知性であっても、考える力をゴブリンたちは持っている。

 そして、魔法は使えない。

 つまり、生きていく上で大事な〔生存力〕を兼ね備えていない。

 だから群れるのだ。

 群れて、仲間を増やすことで強い敵にも対抗する術を身につける。

 簡単に言えば……そうだ。

 ビビりとでも呼んでおこう。


 俺はこの臆病で、生命力に乏しいキャラクターを以前、どこかで演じたことがあったのだ。

 そう、あのレイレイこと、高瀬麗奈と共演した恋愛映画『星が降る夜に君と』で俺が演じた主人公の直人だ。

 難病を診断されて、生きる気力を無くした非力で人と話すことをやめたビビり。

 それとゴブリンの特徴がなぜか上手い具合に当てはまっていた気がした。


 地下の研究部屋でアルフを目の前にし、ゴブリンの身体的特徴、そして直人を演じた時のことを探るようにして思い出した。

 そして、いつも通り、あの詠唱を唱えた。


 「目を開けてごらん、ユリシア!!」


 またも、身体が光を浴びた。

 良い感触があったと言えば、あった。

 鏡の元へと駆け足で寄った。

 醜いドブ色の肌で鋭い耳と無駄に高くて長い鼻。

 背はルクセリオよりも少し低くなったほどだ。

 そう、俺はゴブリンになった。


◇◇◇


 ただ、見た目だけがゴブリンになっているだけでは正直のところ、意味がない。

 野生のゴブリンをも騙せるほどにならないと、このスキルの意味がなくなる。

 なので、最近になってはベテンドラの街付近にあるどこにでもありそうな森でゴブリン狩りをしている。


 目的としては、ゴブリンにバレないようにゴブリンとしてのキャラ作りを強化させることだ。

 俺は剣と魔法を使えない。

 ユーリアのことではないが、それこそ戦闘に関しては全くの無知だ。

 だから、念のためにユリシアとユーリアの母であり、アルフの妻のイシア=ワイナレットに森の奥まで着いてきてもらっていた。

 あの巨乳の女だ。

 なぜ着いてくるのがアルフではなく彼女なのかというと、アルフは戦闘に関しては全くの無能だからだ。

 それに対して、イシアはベテンドラの大病院に看護師として勤務する前はどこかの冒険者パーティーの戦士をしていたのだという。

 ただ、全く想像ができない。

 肉つきは良いようだが。

 なんというか、彼女よりも俺の方が強いように見える。

 まあ、イシアの助けはいらないと信じよう。


 訓練の序盤では、野生のゴブリンたちに怪しまれたことが多かった。


「やあ、ゴブリンども。元気にしているかい?」

「なんだぼ? オマエ、ゴブリンだぼか?」

「ぼ?」


 奴らは語尾に「ぼ」をつけるのだという。

 初耳だった。

 なんだか愛らしい。


 そして、何度かの試みで、俺はゴブリン語をマスターしたのだ。

 背後に常に警戒心を露わにしたイシアが、剣を向けて待機しているが、正直その必要はない。

 俺は四匹の小さなゴブリンの群れのところに息を切らせながら、駆けて助けを求めた。


「助けてぼぉぉぉ!!」

「大丈夫ぼ? 息切れしてどうしたぼ?」

「はぁはぁ、さっき南の方角から人間がオラを追いかけてきたんだぼ」

「おー、そら大変だったぼな。

まあオラの背後にいれば大丈夫だぼ。

なんせ俺はゴブリン界の生きる伝説、ゴブ太郎だからぼ、わーっはっはっは」

「憧れるぼ、ゴブ太郎先輩!」

 

 情けない声を出してしまったが、なんとか信頼してくれたみたいだ。

 にしても、こいつらは弱いくせにすぐに調子に乗る。

 まぁ、それは人間でも同じことが言える。

 弱いのに群れる奴らは、調子に乗りやすいのだ。

 ただ、弱い奴らが群がっても結局は、弱小の集まりで、知性のない集団だと言うことを彼らは気づかない。

 今日で「俺はゴブリン界を生きる伝説」って名セリフを聞くのも、もう四回目だ。

 仲間だと完全に思い込まれた俺は、ゴブ太郎と三匹の仲間を先頭に歩かせて、南の方角に向かって歩いた。


「うぐっ……」


 バタっ。


「うっ……」


 バタっ。


 ゴブリンの倒し方は至って簡単だ。

 背後を向けさせた瞬間に、チョークスリーパーをかければイチコロだ。

 今回も楽勝だと僅かな余裕を見せた時、ゴブ太郎は急に振り返った。


 (まずい。仲間の数が減っていることがバレてしまう)


「あれ、他の仲間はどこ行ったぼ?」

「え? 最初からオラたち三匹だけだぼー!」

「…………? そ、そうだったな!

しっかりと、オラの背後にいれば大丈夫だぼ!

人間たちを追い返すぼー!」


 危なかった。

 だが、流石の知能レベルだ。

 同情するほどのものだな。

 

 その後、残りのゴブリンたちも必殺、【調子乗らせて首絞め】の格好の餌食となり、無事に俺はゴブリンの攻略をした。


《外見変化: ゴブリン……習得しました》


◇◇◇


「よくやったわね、ルクセリオ君」

「ありがとうございます!」

「でもあのような技は初めて見たわ。どうやって敵の姿を真似しているのかしら?」

「色々と複雑でして……」

「そ、そう。ルクセリオ君もなんだか大変そうね」

「あ、あの……」

「ん? どうしたの?」


 少し引っかかることがある。

 名前のことで。

 ルクセリオという名前自体は悪くない。

 クソッケツとか言う名前よりは全然カッコいい。

 ただ、少し長い気がするのだ。


「ルクセリオって名前、ちょっと長くないですか?」

「そうかしら?」

「はい、ルクセリオ君と呼ばれるのが少し違和感があって……」

「そうねー……じゃあ、ルークと呼んでいいかしら?」

「ルーク?」


 ルクセリオという名の最初の二文字を取ってルーク。

 短いが、カッコいいままだ。


「いいですね!」

「じゃあ、ルーク。今日はもう遅いですし、家に帰りましょうか」

「はい!」


 今日の訓練は無事、終わった。

 アルフにゴブリンの外見変化を完全に習得したと言ったら、どう喜んでくれるだろうか?

 俺は自慢の息子になりたいように、本当にアルフのことを父親として見てしまう時が時々ではあるが、あった。

 それでも、悪くないと思うのはなぜだろう。

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