第七話 『ただの動く石』


 ゴブリンの外見変化をものにした俺は、次の魔物を変化の対象にすることにした。

 今度は「オーク」だ。

 アルフの書籍にはオークの情報を得られるものは特に無かった。

 ただ俺は、以前に演じた異世界転生モノの実写版映画で、このオークと対峙した時がある。

 その時に得た情報を使うことにした。


 筋肉隆々で、牙を持つ豚面の人型魔物。

 成人男性以上の体格で、俊敏性よりも、パワーが取り柄。

 ゴブリンと比べてもそれほど強くはない。

 ただ、ゴブリンとの相違点としては、オークは群れることはない。

 そして知能レベルは皆無だ。


 オークを演じるに当たって、特に時間をかける必要はなかった。

 何故なら、彼らは知能を有していないからだ。

 ただ頭の中を空っぽにする。

 それだけでいいということだ。

 坐禅の修行をしているお坊さんをイメージすればいい。

 邪心もあってはならない。

 つまり、奴らは動く石に過ぎない。

 怖がる必要もない。


 「……目を閉じてごらん、ユリシア……」


 最近では、アルフも何も文句を言ってこなくなった詠唱を唱えた。

 オークだ。

 鏡にちょうど映りきらないほどに大きな巨体。

 背が高くなったのが、すぐさまわかった。

 それにしても顔が大きくてスタイルが悪く見える。

 そして、顔はゴブリンよりも醜い。

 

「ルーク、奴らは本能で生きる魔物だから、弱いからと言って油断は禁物よ」

「はい、わかってます」


 いつもの森にイシアと向かっていた時に、彼女がそう言ってきた。

 俺はもう既にオークの外見変化を遂げていたので、低音を響かせた声で返事した。

 わかっていると彼女に言ってしまったが、俺は既にオークを倒す術を考え出していて、自信を持っていた。

 だから、オークに警戒はそれほどしていなかった。


 イシアは魔物がいる森に入ると常に剣を構えてくれる。

 オーク相手にそこまでの警戒が必要なのだろうか。


「いたわ、ルーク」

「はい」

「気をつけなさい」


 俺は全長二メートル以上あるオークを森の茂みに隠れながら、確認した。

 石。

 俺は動く石。

 「よし」と小さく、低い声を出して、俺はオークの近くに寄っていった。


 豚の鳴き真似をして、相手の反応を伺った。

 そして、家から持ってきていた林檎を一つ、手に持って振り返ったオークに渡すそぶりを見せた。

 そう、ゴブリンの時と同じ作戦。

 仲間と思わせて、近づく作戦。

 結局はこれに尽きるのだ。


「ガァガァ!」

「……!」


 急に鳴いてきた。

 仲間だと思ってくれたのか。

 返しておこう。


「ガァガァガァガァ!」

「ガァガァ! ガァガァ!」


 これは良いかもしれない。

 共鳴している。

 声を出すたびに唾を吐いてくるのは気持ち悪いがな。

 

 またチョークスリーパーで、倒せやしないだろうか。


「りんごォ! あっちィ!!」

「ウォォォォォ!!」


 林檎をあっちで探したと指で示すと喜んでいるのか、大きく遠吠えをした。

 そして、背後を取るために少しばかりかオークと共に歩いた。

 一発目で作戦成功だと確信した。

 アルフに言ったら、「天才ですね」と言ってくれるだろうな。

 ユーリアは、「お兄さまは天才です!」と俺のことを崇拝してくれるだろうか。

 余計な考え事をしていた。

 してしまったと言うべきだろうか。


 《背後……注意》


「ルークッ!!! 後ろォ!!!」


 《ガイド》の声に遅れるように茂みからイシアの声が聞こえた。

 焦っている様子だった。

 背後を確認しようとした。

 しかしながら、それよりも先に、強力な力が俺の上半身にぶつかった。


 ドゴッ!!


 平手打ちをされた。

 オークのあの大きな手で。

 どのくらい遠くに吹っ飛ばされたのかはわからない。

 あの時、完全に背後を取ったオークは俺の目の前にいた。

 だから、俺を叩いたのは別のオークだ。

 動くと、全身に痛みを感じた。

 

 状況確認をするために、左右を見渡した。

 次に自分の身体を確認した。

 オークの姿じゃない。

 ルクセリオの姿に戻っていた。


 俺はやっと失態を犯したことに気がついた。

 林檎を使った作戦が若干ではあるが、成功していたからだ。

 俺は調子に乗った。

 そしてオークを演じることを忘れてしまっていたのだ。

 動く石になることを忘れていた。

 そして、その結果、ルクセリオの姿に戻ってしまった。

 

 ドスっ、ドスっ。


 どうやら、まだ油断はできないらしい。

 背後から襲ってきたオークが俺のもとに寄ってきた。

 それも一体じゃない。

 一、ニ、三、四……

 数字が増えるたびに絶望感が増す。

 オークの数は絶望感に比例していた。


「ウオォォォ!!」


 心なしか、オークたちの遠吠えが無駄に揃っていた気がした。

 群れて近寄ってきたオークの背後からも続々とオークの集団が集まり、俺を囲ってきた。

 オークは群れないのではなかったのか?

 ただの動く石じゃなかったのか?

 持っていた情報とは異なっていた。

 ただ、この時点で焦りはなかった。

 どちらかと言うと、半ば諦めていた。

 人生の中で死を直面することはこれで二度目だ。

 だから、なんとなくわかる。

 俺は、また死んで――


 シュパッ!!

 


 ……え?


 誰だ……

 オークが次々と薙ぎ倒されていく。

 華麗に首を落とされながら。

 速すぎて見えない。

 

 そして、約二十秒のうちに、三十体近くいたオークの群れは、一体残らず、綺麗な切断痕だけを残して倒れていた。


 戦士は立ち止まった。

 身体中が痛みながらも、洗練された動きを繰り広げた主に感謝を述べようとした。

 だが、その感謝の言葉よりも先に、驚嘆の言葉が口から漏れた。

 


「え……イシア?」

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