第五話 『目を閉じてごらん、ユリシア』

 

 翌朝、地下の研究室でアルフにこのことを伝えることになった。

 転生の事実が漏れることを避けるため、俺は《外見変化》スキルでただの友人になりすましたと嘘をついた。


「どうやって発動させたんだ?」

「あの時、なんと言った?」

「というか、私の娘と一体何をしていたんだ?」


 アルフの問いかけに、俺は明確な答えを一つも返せなかった。

 実を言うと、自分でも答えがはっきりしないのだ。

 心の中で混乱が広がり、言葉が出てこなかった。


 既に俺はルクセリオの姿に戻っていたのだ。

 つまり、《外見変化》スキルを使って、中沢煌の姿に戻った可能性が高い。


 そして、発動条件はいまだに謎のままだ。

 しかし、一つだけ確かなのは、俺は一瞬ではあるものの中沢煌の姿に変わったという事実だ。

 さらなる実験を重ねていけば良いのだけだ。

 ああ、問題ないはずだ。


 アルフが「何かスキル発動の心当たりはあるか?」と尋ねてきたとき、俺は漠然とした感覚を持っていた。

 元俳優として、外見を変えて作中の登場人物を演じる方法については誰よりも知っている。


 重要なのは、キャラクター作りの工程だ。


 俳優がただ台本を読み上げるだけでは、演技にはならない。

 原作を深く理解し、キャラクターの感情を読み取り、自分なりの解釈を加える。

 その上で、衣装やメイクを整える。

 そこで初めて演技として成立する。


 そして、俺は中沢煌というキャラクターのことを熟知している。

 何を隠そう、本人そのものなのだから。

 つまり、《外見変化》スキルの発動条件は、もしかするとキャラクター作りにあるのかもしれない。


 そう言うと、アルフの目が輝いた。


 「確かに! その可能性がある! 情報を持っていないと成りきれないのかもしれない!」


 ようやく、《外見変化》スキルをモノにしたと思われた。

 しかし、何度試みても、俺は中沢煌の姿に戻ることはできなかった。


「やはり、何か特別なきっかけがあったのではないでしょうか?」とアルフが問うと、俺は深く頷いた。


「そうみたいですね」


「ルクセリオ君、あの時の言葉を一語一句思い出してもらえますか?」

「どうしてですか、お父さま?」

「もしスキルが発動した理由が、あの時の会話に隠されているのなら、そこに何か手がかりがあるかもしれないと思ったんだ。」

「なるほど、それなら実験してみましょう。」


 俺は頷き、心の中でその瞬間を振り返った。

 まずは、あの時の言葉を思い出そう。

 確か、彼女の目を見つめながら――


『やっぱり好きかもしれない』


……沈黙が広がる。

 期待していた反応はどこにも見当たらない。

 アルフは俺の言葉に疑念のまなざしを向け、片眉を上げていた。


次に、俺が言ったのは――


『目覚めた時は、全てを失ったように感じていたけれど、君がそばにいてくれたおかげで、本当に良かったと思う』


 再び静寂が場を包み込む。

 気まずい空気が漂い、アルフの顔はますます険しくなっていった。

 だが、彼は何も言わなかったので、俺もとりあえず触れないことにした。


 えーっと、確かその後、ユリシアの両手を取って、こう言った。

 『目を閉じてごらん、ユリシア』と。


 だがしかし、そのセリフを口にすることにはリスクが伴う。

 言い訳をする前にアルフに問い詰められるだろう。

 その言葉を試す前に、どうしようもないほどの心配が押し寄せてくる。


 もしこれが《外見変化》スキルの詠唱なのであれば、成功に喜ぶアルフは詠唱の言葉には目を向けないだろうと信じたい。

 だが、もしこの言葉がスキルを発動させなかった場合、「『目を閉じてごらん、ユリシア』って言って、君たちは一体何をしていたんだ?」

と問われる可能性が高い。

 間違いなく問い詰められるだろう。

 予知スキルを持っていないから確実にはそう言えないが、多分合ってる。


 それでも、俺は男だ。

 そんなことで怖じ気づくのは情けない。

 全力でぶちまける覚悟を決めて、大声で唱えた。


『目を閉じてごらん、ユリシア!』


 中沢煌の姿を心に鮮明に描きながら、鏡に向かって力強く言い放った。


 瞬間、俺の全身は光を帯び、アルフは眩しさに目を覆った。


 変化の感触を感じ、鏡に映った自分の姿を見たとき、僕は確信した。

 実験は成功したのだ。

 俺は無事に中沢煌の姿に戻っていた。


《外見変化: 中沢煌……習得しました》


「アルフ、成功だ! やった!」


 興奮を抑えきれずに叫ぶと、


「やったーじゃねえよっ!」

とアルフが俺の頭を力いっぱい殴った。

 鈍い痛みが走り、大きなたんこぶができたが、どうやらそれで気が済んだらしい。


 心から謝罪すると、アルフはあっさりと許してくれた。

 中沢煌の姿に戻った僕は、身長が高くなり、アルフを見下ろすことができた。

 その心地よさに浸りながら、


「成功ですね、ルクセリオ君。」

 とアルフが微笑みながら言った。


「はい、お父さま。」

 と俺は気持ちよく応じた。


 その後、二人は脱力感に襲われ、セラミックで加工された研究室の床にバタリと横たわった。

 疲労感とは裏腹に、顔には自然と笑みがこぼれていた。

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